第十章第13話 王都の家族

 神殿を出た私たちはお城へと戻って神託の内容を王様に伝えた。するとそのままお城に泊めてもらえることになったため、その滞在中にシャルへの手紙をしたためてルイさんに託しておいた。ルイさんは必ずシャルに渡すと約束してくれたので、きっと本人の手に渡るはずだ。


 翌日の夕方、厳重な警備で守られた私たちはジェズ薬草店へとやってきた。本来は王都の実家であるここに泊まりたかったのだが、私たちが滞在していると完全な営業妨害となってしまう。そのため、やむを得ず今日の夕食だけごちそうになることにしたのだ。


 奥さんも親方も、きっとそんなことは気にせずいつまででもいていいと言ってくれるに違いない。だが、いつまでも奥さんと親方の優しさに甘えているわけにはいかない。


 お店の前には親方と奥さんがちょっとよそ行きの服装で立っていて私たちを出迎えてくれている。そんなお店の周囲を大勢の騎士たちが警備してくれていて、さらにその騎士たちを群衆たちが取り囲んでいた。


 私はクリスさんのエスコートで馬車を降りると二人に声をかけた。


「ええと、ただいま。親方、奥さん」


 すると二人はぎこちないながらも紳士と淑女の礼を執った。きっと騎士たちに教えられたのだろう。


 そして親方は似合わない恭しい口調で私に歓迎の言葉を述べた。


「聖女フィーネ・アルジェンタータ様。ようこそジェズ薬草店にお越しくださいました。どうぞ、こちらへ」

「あ……はい」


 予想だにしていなかったこの他人行儀な挨拶はとても悲しいが、きっと仕方のないことなのだろう。


 そのまま案内されて店内に入る。閑古鳥が鳴いていたあの頃と何一つ変わっていない懐かしい光景だ。


 私たち四人が入店したのを確認した奥さんは入口の鍵を掛け、ブラインドを降ろした。


 そして……。


「はぁーっ。やっぱり堅苦しいのはダメだねぇ。フィーネちゃん。おかえり! 無事でよかったよ!」


 そういって強烈なハグをしてくれた。


「あ……奥さん……」


 よかった。他人行儀に接せられたどうしようかと思っていたけれど、奥さんは変わらずに私を見てくれている。


 懐かしい強烈なハグとその温もりに安堵し、私は奥さんをそっと抱き返した。


「もう! 本当にどうなるかと思ったよ。そんなに危険なら聖女様なんて辞めていいんだよ? フィーネちゃんが幸せに暮らせるのが一番なんだから」

「はい。ご心配をおかけしました。奥さん」


 そうして私たちはそのまましばらくの間、抱き合っていたのだった。


◆◇◆


「さあ、たんとお上がり」


 アイロールに向かう前と同じように懐かしの食卓に懐かしい料理が並べられている。メニューはもちろん、私の大好物である奥さん特製のベシャメルシチューだ。


 少しクリーム色をした白いシチューの中にはざく切りのニンジンとジャガイモ、そして鶏肉が入っている。今は旬ではないからか、茹でたカリフラワーは添えられていない。


「はい。いただきます」


 私はベシャメルシチューを口に運んだ。前に食べときと変わっておらず、安心できる優しい味がする。じんわりと甘みがあり、塩味と肉と野菜のうま味のこの絶妙なハーモニーはやはりおふくろの味だ。


 収納のおかげで時折食べていたとはいえ、やはり作ってくれた奥さんと一緒に食卓を囲んで食べられるのはこの上ない幸せだ。


「ああ、美味しいです……」


 そんな私の想いがつい口をついて出てしまう。


「おやおや。フィーネちゃんったらそんな泣くほど美味しかったのかい?」

「え?」


 言われて初めて私は自分の目から涙がこぼれていたことに気付いた。


「あ……」

「フィーネ様……」


 そんな私をクリスさんが心配そうに見つめてきた。


「あ、えっと。大丈夫、です……」


 私はなんとかそう言葉を絞り出す。


 ああ、そうか。いくらリーチェが、それにヴェラたちだっていてくれたとはいえ、それでもアイリスタウンでの暮らしは心のどこかで不安だったのだろう。あれほど穏やかな時間を過ごせていたにもかかわらず、それでも帰らなければという気持ちがなくならなかったのはきっとそういうことだったのだ。


「フィーネちゃん、辛かったろうね。でも、家に帰ってきたんだからもう大丈夫だよ。ここにいれば、どんなことからだって守ってあげるよ」

「はい……」


 奥さんは席を立って私の後ろに立つと、いつもとは違ってそっと優しくハグしてくれた。


 その優しさが嬉しくて、心に染みて……。


「ありがとうございます」

「いいんだよ。何せ、フィーネちゃんあたしたちの娘なんだからね。母親が娘を守るのは、当たり前だよ」

「……はい。その、おかあ、さん」

「うん。フィーネちゃん」


 そんな私を奥さんは、そのままずっとハグし続けてくれたのだった。


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