第十章第2話 海辺の夜

「そういえば姉さま。存在進化したんですよね。何か新しいことができるようになりましたか?」

「はい。【妖精化】という新しいスキルが使えるようになりましたよ。ほら」


 私は妖精に変身し、ルーちゃんの前に浮いてみせた。


「わぁ! すごいですっ!」

「これは……」

「完全に妖精でござるな」

「鏡で見たことがないのでわかりませんが、そうなんですね」

「はい。フィーネ様をそのまま小さくして、羽根を生やしたようなお美しいお姿です」

「そうでしたか。町に戻って鏡で見るのが楽しみです」

 

 ちなみに【妖精化】はアイリスタウンで毎日使っていたおかげか、いつの間にかスキルレベルが3に上がっていた。なんとなくだが、結構な時間飛び続けられるような気がしている。同じように【蝙蝠化】のほうも3に上がっている。


 私は【妖精化】を解除して元の姿に戻ると、汚れた食器を洗浄魔法できれいにして収納の中にしまう。


「さて、私はそろそろ寝ますね。ああ、そうそう。結界は私が寝ても解けなくなったので、見張りはしなくても大丈夫だと思いますよ」

「え!?」


 クリスさんは驚いた様子だけれど、解けないものは解けないのだから気にしても仕方ないだろう。最高レベルの【聖属性魔法】と【魔力操作】で張られた結界を破れる相手が来たら多分抵抗するだけ無駄だと思うし、ぐっすり寝るほうが健康に良いと思う。


「久しぶりのテント。楽しみです」

「あ、あたしもっ!」


 私がテントに入るとルーちゃんが一緒にくっついてきた。なんだか子犬が後をついてくるみたいでちょっとかわいい。


 でも、これはきっとルーちゃんにものすごい心配をかけたせいもあるのだろう。


「ほら、ルーちゃん。一緒に寝ましょう?」

「はいっ!」

「ああ、そうだ。マシロちゃんも一緒に」

「っ! はいっ!」


 ルーちゃんがマシロちゃんを召喚すると、久しぶりの白いモフモフが現れた。相変わらずのずんぐりむっくりしているウサギだが、この気持ちよさはアイロールで体験済みだ。


 その気持ちよさはもちろん健在で、私はマシロちゃんに顔を埋めるとあっという間に眠りに落ちたのだった。


◆◇◆


 翌朝目を覚ますと、私は頭をマシロちゃんに預けていた。どうやら一晩中枕になってくれていたらしい。


「おはようございます。マシロちゃん。重かったですよね? 枕になってくれてありがとうございました」


 なんとなく、気にするなと言われたような気がした。もしかしたら、精霊には重いという概念がなかったりするのだろうか?


 そんなことを考えつつも私はテントからのそのそとはい出ると、外ではクリスさんがしっかり見張りをしてくれていたようだ。


 もちろん、私の結界は健在のままだ。


「クリスさん? おはようございます」

「おはようございます。フィーネ様」

「あの、もしかして見張りをしてくれていたんですか?」

「はい。シズク殿と交代ではありますが……」

「そうでしたか」


 やはり、心配だったんだろうね。


「もちろんフィーネ様の結界を信じてはおりますが、やはり朝起きたら周囲を魔物に囲まれているという状況は避けたいと思いまして」


 なるほど。その気持ちはなんとなく理解できる。


「たしかにそれはあるかもしれません。クリスさんたちと合流する前に、起きたらゴブリンが結界に群がっていたことがありましたから」

「……どうされたんですか?」

「どうって、普通に倒しました。存在進化したときに【水属性魔法】のスキルレベルも上がったので、水の矢を作ってこう」


 水の矢を空に向かって放ち、実演してみせる。


「これは! 素晴らしいですね。熟練の魔術師が放つような見事な水の矢です。しかも無詠唱とは……」

「そんなにすごいんですか?」

「はい。フィーネ様の水の矢は宮廷魔術師にも引けを取らないものです。いえ、無詠唱なことを加味すればフィーネ様のほうがレベルが上と言えるでしょう」

「そうですか……」


 この世界はスキルレベルが3になれば一人前だ。ということは、宮廷魔術師ともなればきっと4や5はあるだろう。となると、レベル3の【水属性魔法】にレベル10の【魔力操作】がなんらかの影響を与えて実際のスキルレベルよりも上に見えていることだろう。


 現に【魔力操作】のレベルがカンストしたおかげで、結界も防壁も驚くほどスムーズに発動できるようになっているのだ。


 まあ、私は宮廷魔術師と張り合うことはないと思うので関係ないけれど。


 そんな話をしていると二人が起きてきた。


「姉さま。クリスさん。おはようございます!」

「はい。おはようございます」

「ああ、おはよう」

「おはようでござる。そろそろ朝食の準備でござるな」

「そうですね。じゃあ、収納の中からサンドイッチを……あ、もう残っていませんでしたね」


 あれだけたくさんあったというのに、ついに食べつくしてしまったようだ。


 これは、急いで補充をしなければならないだろう。


 あ、でもマヨネーズ味のサンドイッチはアイロールに行かないとダメなんだっけ?


 そんなことを考えいたら、ルーちゃんから不思議そうな顔で私を見つめられてしまった。


「姉さま?」

「あっと。そうですね。それじゃあ材料を出すのでみんなで作りましょう」


 私は普通の食パンを取り出すと、サンドイッチを作り始めるのだった。

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