第九章第38話 残されし者たち(6)

2021/12/13 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました

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 オリク村で一夜を明かしたクリスティーナたちは、翌朝森へと調査に向かった。オリク村を脅かす魔物の脅威がどれほどのものかを調べるためだ。


「シズク殿。これは……」

「まずいでござるな。まさかこれほどの群れが出来上がっているとは」


 森に入り、ルミアが精霊の力を借りて進んだその先に待ち構えていたのはおびただしい数のオーガの群れだった。


 オーガとは一般のハンター程度では勝ち目がないとされており、アイロールにてマリーの足を食いちぎった恐ろしい魔物である。


「拙者たちが戦って負けることはないと思うでござるが……」

「村の被害を抑えることは難しいな」

「……どうするんですか?」


 ルミアが不安そうな表情で尋ねる。


「まずは村長に報告するでござるよ。あとは村の判断でござるが、あの村はタダでは済まないでござるな」

「タダでは済まないって?」


 ルミアは不安そうな表情のまま、硬い声でそう尋ねる。


「下手をすれば地図から消えるでござろうな」


 シズクは表情を変えず、真剣な面持ちでそう告げたのだった。


◆◇◆


 村へと戻ってきたクリスティーナたちは再び村長の家へとやってきた。


「どうなさいましたかな? 抗議に来たのですか? それでしたらどうぞご自由に犯人たちの首をお持ちください」

「なっ!? 貴様! 村長として! ホワイトムーン王国の村を預かる者としての責任はないのか!」


 クリスティーナはあまりの言い草に声を荒らげる。


「もはや関係ございません。働き手も若い女も失い、この村は滅びを待つのみです。我々を守ってくれぬ王国に忠誠を誓う義理もございませぬ」


 村長は諦めたようにそう言った。


「なっ! 貴様!」

「おや? 今度はこの老いぼれの首をご所望ですかな? すでに迎えを待つ身ですからな。それが少し早まるだけのこと。さあ、どうぞこの首をお持ちくださいませ」


 村長はそう言って首を切断しやすいように頭を少し下げて首筋をあらわにした。


「そんなことは言っていない! それよりも、森の中にオーガの大群がいるのだ! 早く対策をしなければこの村は!」

「はは。今さらそれがなんになりましょう。すでにこの村の命運は尽きているのですじゃ」

「そ、村長!?」


 穏やかに笑う村長に対してクリスティーナは恐怖を感じたのか、困惑の表情を浮かべて後ずさった。


「村長殿。貴殿は村を諦めているでござるが、それは村の総意でござるか?」

「さて、どうでしょうな? もはや詮無きことですじゃ」

「……」


 諦めきった表情を浮かべる村長にシズクも閉口してしまったのだった。


◆◇◆


 村長の説得を諦めたクリスティーナたちは村の道を宛がわれた家に向かってゆっくりと歩いている。


「クリスさん、シズクさん。逃げましょうよ」


 ルミアがそう提案した。


「……そう、でござるな。自ら生きようと思っていない者を助けることが正しいのか、拙者にはよく分からないでござるよ」

「だが! それでも彼らはホワイトムーン王国の民なのだ! 無体を働き、諦め無気力になっていたとしても!」

「そう、でござるな。だが、彼らはそれを望んでいるでござるか?」


 クリスティーナは唇を噛んだ。


「それでも……それでも! ホワイトムーン王国の騎士としての誇りがあるのだ。無辜むこの民を見捨てることなどできん!」


 そう感情をあらわに叫んだクリスティーナに対し、シズクはやれやれといった表情を浮かべた。


「まあ、そうでござろうな。それにフィーネ殿であれば彼らを見捨てるという選択肢はしないはずでござろう。なあ、ルミア殿?」

「え? あ、あたしは……」


 ルミアはそう言って口ごもった。


「そうだ。フィーネ様であれば、魔物に襲われているこの状況で力なき民を見捨てるなどということは絶対になさらないはずだ。ならば私はフィーネ様の聖騎士として! フィーネ様のご意志に背くわけにはいかない!」

「……仕方ないですね。でも、姉さまはそんなこと考えてないと思いますけどね」


 不承不承といった感じではあるものの、ルミアも首を縦に振った。


「ルミア……」


 ホッとしたような表情を浮かべたクリスティーナの肩にシズクがそっと手を乗せた。


「決まりでござるな。あとはどこで戦うかでござるが……」

「さすがにあの数であれば平地のほうが良いな。ルミアの攻撃の射線を確保しておきたい」

「そうでござるな。ルミア殿。それで良いでござるか?」

「はい。でも、残りの矢は五十本くらいしかないですよ?」

「それでも、頼りにしているでござるよ」


 そう答えたシズクに対し、ルミアはやれやれといった様子ではあるものの、ようやくわずかに笑顔を浮かべたのだった。

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