第九章第37話 変態疑惑

「そういえば、ベルードはアイリスさんの昔からの知り合いなんですか?」

「ん? どうした? 藪から棒に」

「いえ。ただ、ベルードはアイリスさんを大変な困難の末に助けたと聞きました。だから昔からの知り合いだったのかな、と」

「いや、違うな」

「ではどうしてアイリスさんを助けたんですか?」


 私の質問にベルードはじっくりと考え込むような素振りをみせた。


「そうだな。理由はフィーネ、貴様だな」

「え? 私?」

「ああ。あの時フィーネは精霊を召喚してあの村の瘴気を消滅させてみせた。であればエルフを仲間に迎え入れればその力の一端が分かると思ってな。それで里の外で人間に捕まっているエルフを探したのだ」

「それがたまたま、アイリスさんだったんですね」

「ああ、そうだ」

「他には見ませんでしたか? 私の妹分の子の妹を探しているんですけど……」

「いや、知らんな。貴様の妹分というのは、あの時の緑の髪のエルフか?」

「はい」

「なるほど……」


 ベルードはそう言って何かを思い出そうとしている素振りしたが、すぐに首を横に振る。


「いや、心当たりはないな。すまない」

「いえ、ありがとうございます。私たちもそう簡単には見つかると思っていませんから」

「どこかでそういった話を聞いたら伝えよう」

「ありがとうございます」


 なんだか、話してみるとベルードは意外と悪人ではないかもしれない。


 女湯を覗く変態ではあるけれど。


 って、思い出してしまった。


「そういえば」

「なんだ?」

「ベルードはどうして私に殴り飛ばされた後、海に浮かんで晴れやかな表情を浮かべていたんですか?」

「んなっ!? ち、違う。私は断じて変態なわけでもなければ貴様に殴られて喜んでいたわけではない」

「はぁ。あまり蒸し返すのも悪いとは思いますけど、やっぱり気にはなってしまいますね。それに、ベルードはアイリスさんの恋人なんですよね? だったらアイリスさんにもベルードをビンタしたほうが喜ぶって教えてあげたほうがいいかなって思いまして」

「いや、違う! 違うのだ!」

「はぁ」


 ここまで必死に否定されると変態疑惑はますます深まっていく。それを私の表情から察したのか、ベルードは諦めたように小さくため息をついた。


「分かった。アイリスにまでそんなことを吹き込まれたのでは敵わんからな」


 そうは言っているが、単に性癖を隠しているだけなのではないだろうか?


 それならアイリスさんをリエラさんに紹介して、女王様の極意を叩き込んでもらうのも良いかもしれない。


「何を考えているのか知らんが、私はドMではないからな」


 むむむ。どうして考えていることがバレたのだろうか?


「魔王は瘴気による衝動を引き受けているということを話しただろう?」

「はい」


 いきなり真面目になった。


「私も魔王を目指している以上、大量の瘴気とその衝動を引き受けているのだ」


 なるほど。それはたしかにそうなのだろう。


「その私に貴様はあれほどのバカげた出力の浄化魔法を撃ち込んできたのだ。そのおかげで一時的に瘴気による衝動が解消されたのだ」

「はぁ」

「なんだ。その気のない返事は」

「でも、魔物に浄化魔法を使っても倒せないじゃないですか」

「それはそうだろう。魔物はそもそも実体化しているのだ。そう簡単に浄化などできん」

「じゃあ、ベルードはどうしてですか?」

「貴様の浄化魔法の出力がおかしすぎるのだ! 一体何をどうすればあんなバカげた出力になるのだ。しかも見事な拳を入れよって。聖女とは治癒師の流れをんだ戦闘力の一切無い職業ではなかったのか?」

「あはは。一応、吸血鬼ですから。身体能力だけはそこそこあるんです」


 私がそう言うとベルードは小さく舌打ちをした。


「そういえば、アイリスさんに掛けられた隷属の呪印を無効化したって聞きましたけど」

「ああ、その話か。進化の秘術を使って呪印に干渉しただけだ。消すことはできなくてもその本質を変えることはできるからな」


 なるほど。解呪以外にも本当に選択肢があるのか。


 ということは、進化の秘術は正しく使われれば無限の可能性を秘めているのではないだろうか?


「先に断っておくが、私はアイリスを無理矢理縛ってなどいないからな。あいつがどこかの里に行って暮らしたいというならいつでも送り出してやるつもりだ。今あいつが私のもとに残っているのはあいつ自身の意志だ」

「そうですか。……じゃあ、アイリスさんがそう言った場合は私に教えてください。私は隷属の呪印を解呪できますから」

「そうか。ならばその時は頼む」


 ベルードはそう言って優しい微笑みを浮かべた。


 うん。どうやらベルードは本当にアイリスさんを大切にしているようだ。


「それとな。世話になっているのは私のほうでもあるのだ」

「え?」

「あいつはな。私に歌を歌ってくれるのだ。その歌はな。瘴気の衝動に苛まれている私の心を落ち着かせてくれるのだ」


 ああ、たしかにアイリスさんの歌はすごかったもんね。


「あいつの過去の話は聞いたことがあるか?」

「はい。人間の奴隷にされた、というくらいでしたら」

「ああ。そうだ。人間の奴隷にされていたとき、無理やり歌姫の職業に変更させられたそうだ」

「職業を変更? 神様にお祈りしなきゃダメなのにですか?」

「隷属の呪印の強制力はそれほどまでに強いということだ」


 そう言われて初めて会ったときのルーちゃんを思い出した。


 たしかに、あれはひどかった。あんな外道なことを許してはならないと強く感じたのをまるで昨日のことのように覚えている。


「だが、アイリスはその力を使って歌ってくれているのだ。心が落ち着くように、穏やかであるようにという祈りを込めてな」

「なるほど……」


 そんなやり方もあるのか。


 魔法薬師の次の職業は歌姫もありかもしれない。歌に乗せて色々な効果を届けられるならその効果は絶大のような気がする。


「アイリスさんの歌って、これですか?」


 私は習った歌を歌ってみた。ベルードは目を閉じてそれをじっくりと聞いてくれている。


 やがて一曲歌い切った私にベルードは拍手を送ってくれた。


「なるほど。これが聖女の歌か。フィーネの副職業は歌姫なのか?」

「いいえ、違いますよ。でも、戻ったらそうするのはありかも知れないと思いました」

「そうか……。そういえば戻りたいと言っていたな? ならば、私が送ってやろう」

「え? 良いんですか?」


 何ということだ! 渡りに船とはこのことだ。


「ああ。ただ、この島の場所を誰にも言わないことが条件だ」

「わかりました。この島の場所は秘密にします」

「いいだろう。明日、ワイバーンを寄越すからそいつに行き先を言え。といっても人里の近くには送れないがな」

「ありがとうございます。十分です」


 こうして私はついにこの島を出られることになったのだった。

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