第九章第17話 乾燥豆

 畑のお手伝いをした――というか妨害行為を止めただけなのだが――おかげで私はすっかりアイリスタウンの魔物たちに受け入れてもらえた。


 もともと好意的に接してくれてはいたが、たったあれだけのことしかしていないのに魔物たちは尊敬のまなざしで私を見てくれているのだ。


 ただ畑の作物はリーチェがいるおかげか、思っているよりも随分と生育が良い気もする。これならばもしかするとそう遠くないうちにお芋を収穫できるかもしれない。


「フィーネ。今日の食事ゴブ」

「ありがとうございます」


 ゴブリンが差し出してきたのは乾燥した豆だ。


「ええと……」

「ん? 食べないゴブ? 美味しいゴブよ?」


 そう言いながらゴブリンは自分の分の豆を口に放り込んだ。


 がりがりとものすごい音をたてながら乾燥した豆を噛み砕いていく。


 うん。さすがは魔物だね。


 私に噛み砕けるだろうか?


 ずっと柔らかいものばかり食べていたから顎は鍛えられていないし、そもそも吸血鬼は血を吸うから硬い食べ物は得意じゃない気もするけれど……。


 ええい。女は度胸。


 それにせっかく好意で貰ったものを断るのも気まずいものね。


 私は意を決して豆を口の中に放り込むと恐る恐る奥歯で噛み砕こうとしてみる。


 ガキン!


 まるで岩でもかじっているかのように硬く、とてもではないが噛み砕くことなどできそうにない。


「えっと、すみません。ちょっと私はこれを噛むのは硬くて無理そうです。水で戻して煮たりできませんか?」


 私は口の中の豆を収納に放り込むとゴブリンに尋ねる。


「戻す? 煮る? それは一体何ゴブ?」

「え?」


 うーん。そこからなのか。


 ベルードももう少し色々と教えてあげればいいのに。


 いや、でも町長はアイリス様だから彼女の仕事なのかな?


 でもお姫様だったら家事とかできなそうだよね。


 よし。ここは一つ、私がいろいろと教えてあげよう。


 まあ、私も詳しいわけじゃあないけれどね。


 私は収納の中から空の鍋を取り出すと乾燥した豆を入れ、そこに水を入れる。


「すごいゴブ。何も無いところから出てきたゴブ。それは何ゴブ?」

「これはお鍋ですよ。これでお湯を作って豆を煮るんです」

「お湯? 一体どうやるゴブ?」

「まあ、見ていてください。きっと水煮ができますよ」


 そうは言ったものの、私も水煮をどうやって作るのかは知らなかったりする。でも、水煮というくらいだから水で煮ればいいんだよね?


 私たちは火を使えそうな場所へ移動すると乾燥した木を集めてきてもらうと、魔法で火をつけた。やはり【火属性魔法】のレベルは1のままなのにかなり魔法の発動がスムーズになっているようだ。


「ゴブっ!? フィーネは火の魔法も使えるゴブ? すごいゴブ!」

「あはは。ありがとうございます」


 とはいえ私の力は努力して手に入れたものではない。だから褒められるのは少し微妙な気分ではある。


「そういえば、ええと……名前はなんて言うんですか?」

「名前? 名前なんてないゴブよ」

「え? でも不便じゃないですか?」

「? みんな、お前とか言うゴブ。それで通じるゴブよ?」

「はぁ。そうですか。ただ、それだと私が不便なんですよね。適当に名前を付けて呼んで良いですか?」

「ゴブ?」


 私がそう提案するとゴブリンは首を傾げた。


 これは、私の言っていることはおかしなことなのだろうか?


「ゴブ! 良いかもしれないゴブ。フィーネやアイリス様のように女の子らしい名前が良いゴブ」

「!?」


 この子、女の子だったの?


 あ、いや。偏見は良くないね。うん。種族が違うと男の子か女の子かはわかりづらいってだけだ。


 よし。頑張って良い名前を考えよう。


 ゴブリンだから、えっと、ゴブ子。


 いや、こういうのじゃない気がする。


 ゴブリンだからリン、いやそれもダメだね。


 なんというか、「ゴブはリンゴブ」なんて自己紹介をされたら絶対に笑ってしまいそうだ。


 よし。こういう時はイタリア語で考えよう。


 ゴブリンは緑色だから、イタリア語だとヴェルデだね。


 よし、これを女の子っぽい感じにして、それから短く……。


 うん。これにしよう!


 私は久しぶりの営業スマイルを浮かべるとゴブリンちゃんに提案する。


「ヴェラ、どうですか?」

「ゴブっ! ヴェラ、気に入ったゴブ! ゴブはヴェラゴブ!」


 あ、やっぱりリンにしなくて良かった。もしリンにしていたらまたもや腹筋を試される事態になっていたと思う。


「はい。よろしくお願いしますね。ヴェラ」

「ゴブっ!」


 ヴェラはとても嬉しそうにそう答えたのだった。


 ちなみに水煮はというと何時間か煮てようやく噛める程度には少し柔らかくなってくれたのだが、私が想像していたようなものにはならなかった。


 私の知っている水煮はもっと口の中で簡単に崩れるはずだったのだけれど……。


 うーん? どうしてだろうね?


 何かやり方が間違っているのかな?


 あ、それでもヴェラたちにはものすごく感心されたよ。でもさ。こう、ね。何だかモヤモヤするのでもっと柔らかくできるようにトライしてみようと思う。

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