第九章第16話 残されし者たち(2)
2021/07/08 誤字を修正しました
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「なぜですか! マチアス団長! どうして我々は海での捜索には同行できないのですか!?」
クリスティーナは声を荒らげ、第四騎士団長であるマチアスに詰め寄った。
ここはホワイトムーン王国王都にある城の廊下。フィーネ捜索への同行を拒否されたクリスティーナは、南部を管轄するマチアスのところへ直談判をしにやってきたのだ。
そんなクリスティーナにマチアスはぴしゃりと言い放つ。
「邪魔だからだ。船上に慣れぬ者がいたところで邪魔になるだけだ。【収納魔法】をお持ちの聖女様がいらっしゃるなら話は別だが、そうでないなら働けぬ者を船に乗せるわけにはいかん!」
「ぐっ!」
「それとも、貴殿は三人分の食料を余計に積んでいけとでも言うつもりか? 船員の人数が少なければ捜索を行える期間は長くなるのだぞ? それを短くしてでも貴殿は自分たちを連れていけ、と?」
「それは……」
「そもそも、だ。近くにいながら聖女様をお守りできなかった者がよくもおめおめとそんなことを言えたものだ」
「……」
クリスティーナはその一言がひどく堪えたようで、悔しそうに唇を噛んで俯いた。
「では、海でのことは我々に任せてもらおう」
マチアスはそう言って颯爽と立ち去っていった。ブーツが床を叩く音が響き、やがて遠くなっていく。
「……私は……私にもっと力があれば……」
クリスティーナはぼそりとそう呟く。
「クリスさん。行きましょうよ! あたしたちにできることだってあるはずですっ!」
「……ルミア」
「そうでござるよ。フィーネ殿なら意外とどこかに流れ着いているかもしれないでござるよ?」
「シズク殿も……」
「そうですよっ! 姉さまが流れ着いていそうな場所を探しに行きましょうよっ!」
「……ああ。そうだな。行こう」
そう言ってようやくクリスティーナは顔を上げたのだった。
◆◇◆
クリスティーナたちは王都を後にし、セムノスへとやってきた。南部での捜索はマチアスたち第四騎士団に任せ、東の海の玄関口であるセムノスで聞き取り調査を行おうというわけだ。
時刻はすでに昼下がり。朝の早い海の男たちはもう酒場へと向かう時間だ。
ザッカーラ侯爵に許可を得たクリスティーナたちは船乗りたちの集まる酒場へと足を踏み入れた。
その店内にはすでに出来上がった男たちの姿もちらほら見られ、陽気にしゃべる者もいれば不平不満をぶちまける者もいて様々だ。
そんな店内へ明らかに場違いな三人が入ってきたため、店内は一瞬のうちに静まり返った。だが遠巻きにクリスティーナたちを見てくるものの、騎士の恰好をしたクリスティーナに絡んでくるような者はいない。
やがて興味を無くした彼らは再びグラスを口元へと運ぶ。
クリスティーナたちは酔っ払いたちの座るテーブルの間を抜け、カウンター席へと腰かけた。
「いらっしゃい。騎士様。女性だけでこんな場所へいらっしゃるとは、何をお探しですか?」
この酒場のマスターである男が
「漂流者を探しているのだ」
「漂流者、ですか?」
「ああ。海で魔物に襲われ、転落してしまったのだ。流れ着いたという情報はないか?」
「……」
それを聞いたマスターは露骨に顔を
「騎士様。悪いですが、その状況じゃ多分……」
「それでも、だ」
「……左様ですか」
そう言ってマスターはしばらくの間沈黙した。
「この辺りでは、海から誰かが流れ着いたという噂は聞いていませんね。転落したというのはどのあたりですか?」
「ベレナンデウアとクリエッリの中間くらいだ」
「……なるほど。それですとたしかにこちらのほうへと流れてくる可能性はあるでしょう。船乗りたちの話ですと、あのあたりの海は南から北に流れており、その後東へと向かうのだそうです」
「東?」
「ええ。イエロープラネットの南方の海域です。ですがあのあたりにはシーサーペントどもの巣食う海域がありますから……」
「っ!」
マスターは申し訳なさそうに語尾を濁し、そしてクリスティーナは息を呑んだ。
「ええ。ですが、必ずそちらの海域に流されるというわけではありません。ブラックレインボーの軍船と思われる残骸もこちらのほうにも流れてきていますからね。そういう可能性もあるかと思いますよ」
「……そうか」
「ええ。うちで飲んだくれている連中にも話を聞いても構いません。ただ、あまり参考になるかどうかは……」
「……恩に着る」
「いえ」
そう言ってマスターとの会話を終えたクリスティーナたちは酒場の会話に耳を澄ませる。
「なんでも、ブラックレインボー帝国が荒れているらしいぜ」
「流れてくる船の残骸が漁の邪魔なんだよな」
「漁の邪魔っていえば、最近魔物が増えてきたよな」
「たまにしか出ないから今はなんとかなってるがなぁ。これ以上増えたらもう漁は厳しいよな」
「騎士団は何やってるんだろうな」
「まったくだ。領主様は高い税金を持っていくんだ。仕事して欲しいよな」
「おい。騎士様がいるぞ」
「おっと、いけねぇ」
不満をぶちまけていた男たちはクリスティーナの存在を思い出してすぐに話題を変える。
「そういや、海賊の宝島の噂ってどうなったんだ?」
「あ? あんなんただの噂だろ?」
「大海賊のジャック、だっけか? そんな奴がいたかどうかも怪しいもんだ」
「だけどよぅ。面白れぇじゃねぇか。俺は、宝島はシーサーペントの海域にあると思うんだ。あそこは誰も近づけねぇからな」
「バカなこと言ってんじゃねぇよ。あんな海域に近づけるわけねぇだろ?」
「バカじゃねぇよ。近づけねぇからこそロマンがあるんじゃねぇか」
「それがバカだってんだよ。そもそもその宝島は火を噴く島で、しかも島の周りは崖で囲まれていて人間は入れねぇって話しじゃねぇか。だったらそのジャック様はどうやってそんな島に宝を隠したってんだ? シーサーペントの海に崖で囲まれた火を噴く島。んなもん、行けるわけねぇじゃねぇか」
「う……だけどよう」
男たちの会話は続いているが、酔いが回ってきたのかその内容は徐々に要領を得なくなっていった。
やがてクリスティーナたちは席を立った。
「マスター。邪魔をしたな」
クリスティーナは金貨を一枚差し出すと、そのまま酒場を後にしたのだった。
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