第九章第10話 カルデラ探検

2021/06/23 誤字を修正しました

2021/07/08 誤字を修正しました

=========


 いつの間にかずいぶんと日が傾いていたため、いったん探索をやめて野営の準備をしようとカルデラ内へ降下した。


 これはクリスさんに教えてもらったことだが、野営の準備は暗くなるよりも前にしたほうがよいのだそうだ。そして野営するのであれば海からの強烈な風が吹き付ける山の上よりもカルデラ内のほうが適しているはずだ。


 それにカルデラ内は緑に覆われている。ということは、もしかしたら水だってあるかもしれない。


 もちろん私には【水属性魔法】があるので飲み水に困ることはない。だが、もし飲み水があるならば人が暮らしているかもしれない。


 そう考えて森の中を歩き回っているのだが、やはりルーちゃんなしで森の中を歩くのはかなり大変だ。


 藪が勝手に避けて道を作ってくれるというのは本来不自然なことなのだが、それでも何で避けてくれないのかと不満に思ってしまう。


 やっぱり早くみんなに会いたいな。


 そう思いながら茂みをかき分けると、小さな泉が姿を現した。


 うん。水も澄んでいてきれいそうだし、飲み水として使えるレベルかも知れない。


「リーチェ、この水は飲み水になりますよね?」


 するとリーチェはこくこくと頷く。どうやら私の見立ては間違っていなそうだ。


「え? ここにも種を? そうですね。きれいなままでいて欲しいですもんね」


 魔力をリーチェに渡し、そのままポイッと泉に投げ込む。いずれ、瘴気に汚染されるようなことがあればこの種が芽吹いて浄化してくれることだろう。


 そう考えて自己満足に浸っていると、「ガサリ」と近くの草むらがかき分けられるような音がした。


「え?」


 私はその音の発生源に意識を向けた。すると、タッタッタッという何か小さな生き物の走り去るような音が聞こえてくる。


 ネズミか、それともリスか。きっとそのくらいの大きさの小動物だろう。


 だが、動物が暮らしているということは食べ物があるということだ。これはもしかすると人も住んでいるかもしれない。


 期待に胸が高鳴るが、日がすでに傾いてきているのだ。


 これ以上探検するのは良くない。


「それじゃあ、今日はここで野営にしましょう」


 私のその言葉にリーチェはおー、とその拳を掲げてくれる。


「よいしょっと」


 収納からいつも使っているテントを取り出した。


「クリスさん。お願いしま――」


 あ、しまった。


 はぁ。ずっと漂流していたからクリスさんがいない生活にも慣れていたはずなのに……。


 なんだか、寂しくて涙が出そうになる。


 すると、リーチェが私の頭をいい子いい子と撫でてくれた。


「あ……ありがとうございます」


 うん。リーチェのおかげで少し元気が出てきた。


 よし。頑張ろう。


 そう気合を入れてテントを張ろうと思ったところではたと気が付いた。


 テント、どうやって張るんだっけ?


 ま、まずい。


 よく考えたら私は一度も自分でテントを張ったことがないんだった。


 だ、だって今までは全部クリスさんや周りの人たちがやってくれていたし。


 焦る私の頭をまたもリーチェが撫でてくれる。


「あ……」


 そうだった。別にテントなんか張れなくたって私には寝袋がある。それにパワーアップした結界だってあるのだ。


 そう思い至った私はなんとか落ち着きを取り戻し、その場に腰を降ろすと今日の夕食を取り出した。


 今日の晩御飯はマリーさん特製のサンドイッチだ。腐らない収納のおかげで漂流中も今も、本当に助かっている。


 こうして森の中で絶品グルメを堪能した私は寝袋を取り出すと潜り込む。そして外からの侵入を拒む結界を張った。


 それじゃあ、おやすみなさい。


◆◇◆


 翌朝から、私はカルデラ内の探検を再開した。数日間かけて入念にカルデラ内を探索したものの、見つかったのは小動物ばかりで残念ながら人が暮らしているような痕跡を見つけることはできなかった。


 だがカルデラ内にはいくつかの泉を発見したうえ、斜面から湯気が立ちのぼっている場所まで見つけることができた。


 これはつまり、この島には温泉がある可能性が非常に高いということだ。


 そんなわけで、私は作戦を変更して温泉を探してみることにした。


 だって、こんな大自然の中で入る温泉なんて気持ちいいに決まっているじゃないか。


 クリスさんたちを心配させているだろうから申し訳ないとは思うけれど、少しくらいは寄り道をしても許されるのではないだろうか?


 どうせ結構な期間を漂流していたのだし、一日や二日くらいならクリスさんたちも大目に見てくれるはずだ。


 そう考えた私は再び外輪山の尾根へと登ってきた。海側は断崖絶壁になっており、目の前には相変わらずの大海原が広がっているという光景は知っての通りだ。


 今回はじっと目を凝らしてカルデラ内を確認し、湯気が立ちのぼっている場所がないかをくまなく探していく。


 だが、残念ながらここからわかる場所には私が見つけた場所以外で湯気が立ちのぼっている場所は見当たらなかった。


 いや、だがまだ諦めるにはまだ早いだろう。外輪山の外側や海中温泉が湧いているという可能性だってあるのだ。


 そう考えた私はゆっくりと外輪山の尾根を時計回りに歩き始めた。


 ゆっくりと、一歩ずつ。踏み外して落ちないよう着実に。


 そうしてしばらく歩いていると、私はついに目当てのものを発見した。


 外輪山の海側の崖の中腹あたりから湯気が立ちのぼっており、しかもその近くには水が流れているではないか!


 あれは温泉に違いない!


 そう思った私はすぐに崖を下り始める。蝙蝠化をして降りた私の目の前には求めていた光景が存在していたのだ!


 外輪山の割れ目からちょろちょろとお湯が染み出ている。


 そのお湯を手で掬ってぺろりと舐めてみた。


 これは! 炭酸水素塩泉だ!


 炭酸水素塩泉は別名、美肌の湯とも呼ばれる温泉だ。


 そう。この温泉に入ればお肌がツルツルになるというとても素晴らしい温泉なのだ。


 しかも手で触るとほんの少し熱く感じるくらいという入浴にぴったりな温度というのもありがたい。


 これはもう、私に入浴してくださいと言わんばかりのシチュエーションだ。


 問題は湯船が無いことなのだが……。


 うん。閃いた!


「結界!」


 私は湯船の形に結界を張ると、そこに染み出ているお湯を溜め始めた。


 私の結界は自由に形を変えられるので、こんなことだって簡単にできてしまう。あとはお湯が溜まるのを待つのみだ。


 そう思って私がふと波打ち際に目を向けると、なんと波打ち際からも湯気が立ちのぼっているではないか!


「え? あんなところにも!?」


 この島、もしや温泉天国なのでは?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る