砂漠の国

第七章第1話 新たなる依頼

私たちはそのままの勢いでマドゥーラ地方の中心地であるクリエッリを奪還した。ブラックレインボー帝国の不死の兵も対策さえ分かってしまえばどうという事はない。鎧袖一触がいしゅういっしょくに蹴散らせてしまった。


しかしクリエッリには捕虜になったはずのユーグさんの姿はなかった。それどころか、他の騎士達の姿すらもどこにもなかったのだ。


そこで逃げ遅れた住民の生き残りに話を聞いた結果、ブラックレインボー帝国軍は周囲の町や村を襲っては若い男性を中心に捕らえては船に乗せ、そのままどこかへと連れて行っていたそうだ。


その理由はよく分からないが、戦える若い男性を連れていくことでその町から抵抗力を奪い取るといったところなのだろうか?


また、このクリエッリ奪還戦でおよそ 5,000 と言われていたブラックレインボー帝国兵のほぼすべてを文字通り塵へと変えたことで侵略軍はその能力を喪失した。


そのため、これ以上二人の聖女を前線に残しておく必要はないということとなり、王様から私に帰還命令が下った。


もちろん、私はこの命令を拒否できるし、一緒にいて励ましてあげたい気持ちはある。


しかし、私にできることはそう多くはない。


それに本当にシャルが心から笑えるようになるにはユーグさんを取り返すことだろう。


そう考えた私は後ろ髪を引かれる思いではあるがシャルを残して一足先に王都へと帰還したのだった。


そして王都へと戻った私たちは早速お城へと呼び出された。今回も謁見の間ではなく前回と同じ会議室だ。


「フィーネ嬢、そして聖騎士クリスティーナ、そしてシズク殿とルミア殿もよくぞやってくれた。おかげで魔物に魂を売ったブラックレインボー帝国の侵略を食い止めることができた。礼を言おう」

「いえ。私たちとしても王都の、それにこの国の人達が蹂躙されるのを黙って見ているわけにはいきませんから」

「左様か」


私の返答を聞いた王様は満足そうに頷いた。


「それで、私たちは何故呼ばれたのでしょうか?」


私の質問に王様は鷹揚に頷くと口を開いた。


「うむ。一つ頼みを聞いてほしくてな」

「頼み、ですか? 何でしょう? できることなら引き受けますよ」

「うむ。海を挟んだ隣国であるイエロープラネット首長国連邦へと渡り、ブラックレインボー帝国の件について説明をしてきてほしいのだ」

「ええと?」


私がイマイチ状況を飲み込めずに聞き返す。


「奴らは海を渡って侵略戦争を仕掛けてきたが、その動機は不明だ。それに我が国よりもイエロープラネットのほうが距離はあるとは言っても、海を渡れば侵略は可能だ。もしイエロープラネットに拠点を作られてしまえば、我が国は東西の交易路にくさびを打ち込まれた形になる」


なるほど。それは大変そうだ。海賊みたいなことをされたら大変だし、ノヴァールブールとかが侵略されたら東西交易がストップしてしまう。


「そこで、聖女であるフィーネ嬢に余の親書を託したい。我が国の使者としてイエロープラネットに渡り、首長たちにその危険性を説明し、そして出来れば彼らの武器にも浄化魔法を付与し彼らにも対抗できる力を与えてやってほしいのだ」

「ええと? それって私が行かなくてもここで付与したものを輸出すれば良いんじゃないですか?」

「うむ。残念ながら我が国とイエロープラネットは今のところ戦争状態にはないが、かと言って仲が良いわけでもないのだ。いや、はっきり言えばかなり仲が悪い。だが聖女であるフィーネ嬢であれば間違いなく歓迎されるであろう」

「なるほど。そういう事ですか」


私は考えるそぶりをしながらクリスさんたちを見遣る。


「フィーネ様、私は問題ないかと思います」

「拙者も良いと思うでござるよ。貰えるものはきちんと貰っておくべきではござるが」

「んー、その国にも美味しいものがありますよね?」


なるほど。三人とも賛成なようだ。


「分かりました。では使者のお役目、引き受けましょう。ですが、まずはこれまでの報酬の精算からお願いしますね」


私がシズクさんを見遣ると力強く頷いてくれた。


「フィーネ殿、任せるでござるよ。かなりたくさん働いたでござるからな」

「う、うむ。交渉はそこの大臣に任せる。お手柔らかに頼むぞ」


こうして私たちはホワイトムーン王国の使者として、イエロープラネット首長国連邦へと旅立つこととなった。


****


そして王様が退出して私たちと大臣さんの交渉が始まった。ちなみにルーちゃんは興味がないそうなので別室でメイドさんにお茶とお菓子を貰いに行ってしまった。


「では、大臣殿。これが今回の請求書でござるよ」


シズクさんが明細書付きで請求書を手渡す。


「なっ! こ、このような高額な請求になろうとは……」


ちなみに、シズクさんの作った今回の請求明細はこうだ。


────

アイロール救援:

治療:

・レベル 4:17 回、@金貨 10 枚 = 金貨 170 枚

・レベル 3:981 回、@金貨 1 枚 = 金貨 981 枚

・レベル 2:3,592 回、@銀貨 1 枚 = 金貨 359 枚と銀貨 2 枚

浄化:

・1 回、@金貨 1,000 枚 = 金貨 1,000 枚

ポーション作成:

・521 個、@金貨 5 枚 = 金貨 2,605 枚

出張料:

・聖女:37 日、@金貨 20 枚 = 金貨 740 枚

・従者 3 名:37 日、@金貨 5 枚 = 金貨 555 枚


クリエッリ奪還:

治療:

・レベル 6:1 回、@金貨 100 枚 = 金貨 100 枚

付与:

・レベル 3:476 回、@金貨 1 枚 = 金貨 476 枚

出張料:

・聖女:11 日、@金貨 20 枚 = 金貨 220 枚

・従者 3 名:11 日、@金貨 5 枚 = 金貨 55 枚


その他:

付与:

・レベル 3:5,321 回、@金貨 1 枚 = 金貨 5,321 枚


割引:銀貨 2 枚


合計:金貨 12,582 枚

────


何というか、積み上げてみたら凄い金額になった。日本円に換算すると 6 億 3,000 万円弱だ。ぼったくりのような気もしないでもないが、一つ一つの項目を説明されるとそんなものかという気もする。


ちなみにこの出張料というのはシズクさんが勝手に入れていた。何でも、私たちはわざわざ出向いたのだから当然請求するべきなのだそうだ。


私はよくわからないけど、そういうものなのかな?


「い、いきなりこのような金額は……」

「おや? フィーネ殿がいなければアイロールの町はグレートオーガやエビルトレントに踏みつぶされたでござるよ? それに王都だってブラックレインボー帝国に蹂躙されていたのではござらんか?」

「そ、それは……」

「フィーネ殿は貧しい者には自ら進んで施しをなさるが、貴国のように富める者には積極的にお金を請求するでござるよ。たったこれだけのお金で民が守れたのなら安いのではござらんか?」


大臣さんが青い顔をして脂汗を垂らしている。


「このように明細を出して神殿の定めた適正価格に準じて請求しているでござるよ? 拙者は良心的だと思うでござるがなぁ」

「し、しかし……」

「何か納得できないものがあるでござるか?」


渋る大臣さんに畳みかけるシズクさんはまさに商人といった感じだ。大臣さんは青い顔をしながら明細を確認する。


「こ、この浄化一回で金貨 1,000 枚というのは……」

「それは夜中に町中にレイスに入り込まれ、さらに辺り一面を埋めつくさんばかりのアンデッドの群れに襲われたでござる。それを全てフィーネ殿お一人で浄化したのでござるよ?」

「なっ?」

「それなら一匹あたり浄化魔法 1 回で計算してみるでござるか? アイロールの町がすっぽりと包囲されるレベルだったでござるゆえ、少なくとも万単位のアンデッドがいたはずでござるが……」


それを聞いた大臣さんはがっくりと項垂うなだれた。


「……わ、わかりました」

「では決まりでござるな」


さすが商人のシズクさんだ。でも大臣さんがなんだか可哀想な気がしてきた。


「あのー、どうせなのでこのお金の一部は被害に遭った人達に寄付したいなー、と」

「ほ、本当でございますかっ? 寄付額はいかほどに?」


項垂れていた大臣さんが一気にきらきらの笑顔になって私を見つめてくる。


「え? ええと……」

「大臣殿、まずはお支払いいただいてからこちらで決めさせてもらおう」


シズクさんがぴしゃりと言うと、大臣さんは「はい」と再び項垂れたのだった。


================

一応補足しておきますと、この世界では所得税という概念はないので受取金額が天引きされることはありません。世界の歴史を振り返ると所得税の導入は 1798 ~ 1799 年、ナポレオン戦争の時にイギリスで導入されたのが始まりと言われています。こういった話を詳しく描写するつもりはありませんが、この国では中世の世界と同様に人頭税、市場税、通行税、固定資産税、ギルド税などによって税収が賄われています。なお、お貴族様は税を徴収する側ですので免税となります。

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