第六章最終話 決意
王都を襲った魔物とブラックレインボー帝国兵を撃退したのち、王様の依頼で私たちは急ぎガエリビ峠へと援軍に向かった。任務は二つ、これからマドゥーラ地方の奪還を行う騎士たちの剣に付与を与えるのと、そして恐らく大量に出ているであろう負傷者の治療だ。
しかし、私たちが砦に着くとすでに戦闘は終了しており、シャルとアランさん、それに砦の守備隊長さんが私たちを迎えてくれた。
「撃退したんですか?」
「そうですわ。邪悪な魔物に組する帝国など敵ではありませんでしたわ」
そう言ってシャルは気丈に胸を張る。
良かった。少しは元気を出してくれたようだ。
「しかし、あの帝国兵を相手に砦はよく持ちこたえましたね」
「倒せぬのならと数で取り押さえ、穴に落としました」
「なるほど。ところで、状況はどうなっていますか? 負傷者の治療と付与を王様に依頼されたんですけど」
「 234 名の負傷者が出ましたが、全てシャルロット様がお一人で治癒魔法をかけてくださいました」
おお、すごい。本当にレベルアップしている。
「あ、ただ手の施しようのない者が一名……」
「どういう状態なんですか?」
「そ、それが……」
「じゃあ案内してください」
こうして私たちは砦の中の医務室へと案内され、そして患者さんと対面する。
「ああ、これは……」
ベッドに寝かされている騎士は両足が
「フィーネ、この方の傷はいくら治癒魔法をかけても傷が少しずつ開いてしまうんですわ」
シャルが私にそう説明してくれる。
なるほど、それでまだ血が止まっていないのか。
「傷口に纏わりついてる黒い靄が見えますか? これはレッドスカイ帝国で死なない獣にやられた村人たちの傷口に纏わりついていたものとそっくりです。村人たちは記憶を失っていましたが、こちらはきっと傷を治らなくするという類のものなんだと思います」
「そんなものが……」
「はい。ところで、切れた足って残っていたりします?」
私は医務室のスタッフに尋ねるが、スタッフは残念そうに首を横に振る。
「そうですか。じゃあ、頑張るしかないですね」
「え? フィーネ?」
「大丈夫です。治せますよ」
私は患者さんの包帯を綺麗に剥がしてその両足を露出させる。
「解呪! 浄化! 洗浄! 病気治療! それで最後に、治癒!」
死なない獣の時と同じように小さな手応えと共に呪いが解呪され、そして大きな手応えと共に浄化が行われる。そして洗浄で綺麗になった傷口に治癒魔法がかかり、ボコボコと失われた両足が再生していく。
そして一分ほどで綺麗に両足を生やすことに成功したのだった。
「ふぅ。やっぱりこの人はあの変な首輪をしていないのでちゃんと効きますね」
そう小さく呟いた私にクリスさんが労いの言葉をかけてくれる。
「フィーネ様、お疲れ様でした」
すっかり顔色の良くなった患者さんから周りに視線を移すとシャルをはじめとする私たち以外の全員が目を丸くしている。
「な、な、な、フィーネ、あなた欠損の再生までできるんですの?」
「え? あ、はい」
「ぐっ。わたくしもまだ修行が足りないという事ですわね……」
シャルが悔しそうに唇を噛み、俯いてしまう。小さく「一体フィーネの【回復魔法】のレベルはいくつですの?」などと言っているが、努力して手に入れたわけではないので MAX ということは黙っておこう。
「あとは、祝福ですね」
「その前に、フィーネの力を借りたいのですわ」
「え?」
「いいからついてらっしゃい。アラン様、例の場所まで案内してくださる?」
「ははっ」
何が何だか分からないが、やたらと真剣な表情のシャルたちにきっとただ事ではないことが窺える。私たちはそのまま連れられて砦を出ると、峠の南側へと向かった。
そしてそのまま数時間歩いて森の中の開けた場所に到着した。よほど激しい戦いがあったのだろう。あちらこちらに血痕が残されており、周囲の木々は根元から斬られていたり折れていたりしている。それに焼け焦げた跡や何かが爆発したかのように地面が抉れている場所もある。
そしてその開けた場所の中心に一振りの剣とマントが無造作に放置されている。
「あれは! フリングホルニ! ではユーグ殿は!?」
クリスさんが驚きの声を上げる。
「我々がブラックレインボー帝国軍を押し返した後にユーグ殿の捜索を行ったのですが、聖剣フリングホルニとこのマントだけが残されていたのです」
アランさんが私たちにそう告げる。
「どうして回収していないんですか? 野ざらしのままというのはさすがに……」
「フィーネ様、おそらくは」
「回収しないのではなく、できないんですわ。フリングホルニはわたくしにすら持たれることを嫌がっているんですの」
シャルは悲しそうに俯いている。
ああ、そういえば聖剣ってそういう捻くれ者なんだっけか。
私は歩いてフリングホルニに近づくとその柄を握って持ち上げる。その瞬間、強烈な聖なる力が私に流し込まれてきた。
ああ、なるほど。これが、聖剣が拒絶するっていうことか。
しかし【聖属性吸収】を持つ私には何の効果もないどころかどんどん元気になる。
──── ちょっと! このバカ剣! 一体こんなところで何いじけてるんですか!
私はフリングホルニを握る右手に聖属性の魔力を込めつつ語り掛ける。
その瞬間、ピタリと流し込まれる聖なる力が止まり、すぐに更に強烈な力が流し込まれてくる。
──── そんなことをしても私には何の効果もありませんよ?
私がそう呼びかけると流し込まれてくる力がピタリと止まる。
──── で、ユーグさんはどうしたんですか? 死んでしまったんですか?
フリングホルニは何も答えない。
──── じゃあ、連れて行かれたんですか?
その瞬間、再び力が流し込まれてくる。
──── ということはまだ生きているんですね?
すると今度はちかちかと点滅するかのように断続的に力が流し込まれてきている。
──── なるほど。だったらあなたの持ち主の選んだ聖女にくらい持たせなさい。持ち主がやられたからっていじけてんじゃない!
いじけているのかどうかは知らないが、私がそうやって叱りつけると再び反発するかのように聖なる力が流し込まれてくる。
──── だからそんなこと意味ないですよ? 浄化してあげましょうか?
私がかなりの量の聖属性の魔力を右手に込め、そしてすぐに霧散させる。
──── シャルに持っていてもらえば、再会したときにすぐにユーグさんに渡してもらえますよ?
私がそう語りかけるがフリングホルニは反応を示さない。
──── い・い・で・す・ね?
私がそう言うと少しの沈黙の後、断続的に力が流し込まれてくる。
これは了承したという事でいいのだろう。
どうやら説得に成功したようなので、私はシャルの方へとフリングホルニを運んでいく。
「はい、どうぞ。どうやら、ユーグさんはここで戦って敗れ、連れ去られたみたいです。まだ生きているらしいのでシャルの手からユーグさんに返してあげてください」
そうして私はシャルにフリングホルニを差し出す。
するとシャルは狐にでもつままれたかのような表情でフリングホルニを受け取る。
「え? あれ? 拒否されない? え? え?」
「フリングホルニはシャルの手でユーグさんに返されたいみたいですよ?」
「あ……」
シャルは手に持ったフリングホルニと私との間で交互に視線を動かす。
「ええ。ええ! 任せなさい! わたくしが必ずユーグ様を見つけ出して、手渡して差し上げますわ!」
シャルは私をまっすぐに見て、そして強い意志の光が宿った瞳でそう宣言した。そんなシャルの頬には一筋の涙が伝ったのだった。
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