第六章第53話 クリエッリ撤退戦(前編)

フィーネ達がアイロールの町で魔物暴走スタンピードへの対処に奔走していた頃、ホワイトムーン王国南部マドゥーラ地方の中心地クリエッリは炎に包まれていた。


「さあ早く! シャルロット様! 北門から脱出します」

「ええ!」


ユーグはシャルロットの手を引くと北門へと走り出す。


魔物と手を組んだブラックレインボー帝国を追い払うために援軍としてやってきたユーグとシャルロットであったが、その奮戦も実らずクリエッリの町は今まさに魔物とブラックレインボー帝国兵によって破壊されている。


「ええい! どけっ!」


ユーグが聖剣を一閃するごとにブラックレインボー帝国兵の首が一つ、二つと宙に舞い、頭部を失った兵はそのまま倒れる。


「シャルロット様!」

「分かっていますわ!」


二人は倒れた帝国兵の横を大急ぎで走り抜ける。


そして数秒の後、頭部を失ったはずの帝国兵の体がむくりと起き上がると地面に転がる自身の頭を拾っては首の上へと乗せ、そして何事もなかったかのように走ってユーグたちを追いかけ始めたのだった。


「シャルロット様! ユーグ殿も!」


炎の中を走る二人を呼び止めたのは第四騎士団長のマチアス・ド・オラルデーニだ。その周りには十名ほどの騎士の姿がある。


「マチアス様!」

「団長!」


二人は同時にマチアスの名を叫んだ。絶望的な状況から知り合いを見つけられたおかげかその顔にはわずかに喜色が浮かんでいる。


「団長、状況は?」

「主力はほぼ壊滅した。我々にできることは先に逃がした住民を無事に王都まで送り届けることだけだ。さあ、駆け抜けるぞ!」

「はっ」


ユーグはマチアス達の連れてきた馬にシャルロットと二人で乗ると、馬に鞭を入れて一気に走らせる。そして十人ほどの一団は火に包まれた町を北へ北へと駆け抜けていく。


「シャルロット様、正面に!」

「神よ! その御業みわざをもって我らを害する悪しき力を防ぐ壁を与えたまえ! 防壁!」


シャルロットがユーグの後ろで詠唱し、【聖属性魔法】の防壁を発動する。すると道を塞ぐように立ちはだかっていた帝国の弓兵の前に防壁が作り出された。


ヒュンヒュンヒュン


弓兵たちが矢を放つがそれはことごとく防壁に阻まれて落下する。


そして距離が詰まったところで防壁が解除され、騎士たちは帝国兵を斬り捨ててそのまま通過していった。


シャルロットは後ろをちらりと振り返る。


馬に蹴られて頭のひしゃげた兵士が、大きく斬られて重傷を負った兵士が、心臓をひと突きにされた兵士がむくりと起き上がり、そして何事もなかったかのように矢を番える。


「神よ! その御業みわざをもって我らを害する悪しき力を防ぐ壁を与えたまえ! 防壁!」


シャルロットは再び防壁を作り出すと放たれた矢を防いでいく。


「あれは一体どうなっているんですの?」


馬上でシャルロットはぼやく。


「あれは本当にアンデッドではないのですね?」


馬を寄せたマチアスがシャルロットに尋ねる。


「マチアス様、あなたも見ていたはずですわ。わたくしの浄化魔法も司祭様の浄化魔法も効かなかったところを」

「ですが、聖水を掛けた剣で斬りつけた傷の治りは遅かったように見えます」


シャルロットとマチアスの会話にユーグが口を挟む。


「治りが遅いだけで倒せてはいませんわ。きっと、何か別の悪しき力でよみがえっているに違いありませんわ」


そんな会話を交わしながらも一団は帝国兵を、そして魔物を倒しながら門を抜け、そして燃え盛るクリエッリの町を脱出するのだった。


****


「みなさん。聖女であるこのわたくし、シャルロット・ドゥ・ガティルエがついていますわ。ガエリビ峠さえ越えればもう大丈夫ですわ」


町から脱出して避難民たちに追いついたシャルロットは、疲労と故郷を失った絶望感から落ち込む避難民たちを懸命に元気づけている。しかし、女性や子供、それに老人まで含んだ避難民たちの進むペースはなかなか上がらない。そんな彼らをシャルロットは献身的に励まし、そして怪我をした者に次々と治癒魔法を施していく。


「おお、聖女様」

「ありがたや。ありがたや」


感動して涙を流す者、神に祈りを捧げる者など様々だが、シャルロットは自分の行いは当然のことだ言っては彼らを励まし、そして先へと急がせる。


しかしそんなシャルロット達にブラックレインボー帝国の追手が着実に迫ってきていた。


「団長、このままでは明日には追いつかれてしまうでしょう。民を逃がすためにもどこかで足止めをする必要があります」

「しかし、戦ったところで勝ち目はない。ここで兵を減らせば王都すらも危うくなるぞ」


後ろの様子を探っていた斥候からの報告を聞いたマチアスたちはその対応を協議するが、答えは出ない。


「戦う力のない民を見捨てることなどできませんわ。そもそも、このようなときに民を守るために命を差し出すのがわたくし達貴族、そして騎士の役目ではなくて?」

「だがここで兵が全滅してしまえば避難民たちも守れず、王都の民にも被害が出てしまいまずぞ」


シャルロットがそう言うと他の騎士から異論が出る。議論はしばらく平行線を辿り、そしてマチアスが口を開く。


「やはり避難民を置いて行くわけにはいかん。我ら誇り高きホワイトムーン王国第四騎士団の名に懸けて、奴らの進軍を食い止めるしかないだろう。シャルロット様に避難民の誘導はお任せしたい」

「マチアス様? わたくしも!」

「いけません。我が国の誇る聖女シャルロット様をこのようなところで失うわけにはいきません。それにご覧ください。民は我々騎士団ではなく、シャルロット様を慕っております。どうか、彼らを王都までお導き下さい」


それを聞き、遠巻きに見つめている避難民の不安そうな顔を見たシャルロットは悔しそうに唇を噛む。


「誇り高きホワイトムーン王国第四騎士団団長として、お役目は必ず果たして見せましょう」


マチアスがそう言うと側近の騎士たちも覚悟を決めた様子で立ち上がった、ちょうどその時だった。


「敵襲! 後方よりフォレストウルフの大群!追手です!」


背後を警戒していた騎士から敵襲を報せる報告が届いたのだった。

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