第六章第54話 クリエッリ撤退戦(後編)

「ええい、散開! 迎え撃て! あの帝国兵さえいなければ我々の敵ではない! 民を急いで進ませろ!」


マチアスの号令に応え騎士たちが散っていく。


「シャルロット様、砦まであと少しです。早く避難民の誘導を!」

「ではユーグ様もわたくしと一緒に」

「いえ。ここを抜かれては避難民に大きな被害が出てしまいます。ですのでどうかシャルロット様は避難民を誘導してください」

「そんな!」

「シャルロット様、残った騎士の数もそう多くはありません。こんな時に最大戦力である私が後方に下がるわけには参りません。それに、避難民の誘導はシャルロット様こそが適任です」

「それでも! ユーグ様はわたくしの騎士ですわ。わたくしを守るのが使命ではなくて?」

「はい。ですから、ここで魔物を食い止めるのです」

「ユーグ様……」

「シャルロット様、お約束いたします。私は必ずシャルロット様のもとへと帰ります。そして、全てが終わりましたら必ずあなたを幸せにするとお約束いたします」

「……わかり……ました、わ……」


絞り出すように答えたシャルロットをユーグは優しく抱きしめ、そしてその唇を奪う。


そして僅かな沈黙の後、ユーグはするりとシャルロットから離れた。


「あ……」


名残惜しそうな小さな声がシャルロットの唇からこぼれ、そしてユーグは跪いた。


「シャルロット様、行って参ります」


それからユーグは踵を返すと魔物の群れへと向かっていった。


しばらくの間呆然としてたシャルロットも踵を返し、避難民たちを誘導すべく駆け出したのだった。


****


「ユーグ殿! シャルロット様は?」

「シャルロット様は避難民たちを必ずやガエリビ峠の砦まで連れて行って下さる。我々でその時間を稼ぐのだ!」


マチアスの問いにそう答えたユーグは聖剣を振るってフォレストウルフを、そして遅れて現れたオークたちを次々と斬り捨てて行く。


「魔物ごときに遅れは取らん! 我らが守るは聖女様とそれを慕う力なき民だ! 一匹たりとも通すな!」


ユーグが叫び、それに触発されて騎士たちは気勢を上げると魔物たちを斬り捨てていく。


しかし魔物は途切れること無く襲い掛かってくる。


そして、数時間が経過した。


「く、これはもはや魔物暴走だ」


ユーグは吐き捨てるようにそう言う。


「このままでは……」


マチアスの言葉を聞いたユーグは覚悟を決めた表情でマチアスを見る。


「団長、私が魔物を統率している者を倒してくる」

「なっ!? ユーグ殿、正気か?」

「ああ。これだけの魔物がいるという事は統率している者がいるはずだ。そいつを倒せば魔物は引くはずだ」

「しかし」

「このままではいずれ抜かれてしまう! ここを頼んだぞ!」


そう言うとユーグは一人で魔物の群れへと突撃していく。瞬く間に魔物たちを斬り捨て、魔物たち群れの中にその姿が消える。


「待て! ユーグ殿!」


追いかけようとするマチアス達だがそこに魔物たちが立ちはだかり、往く手を阻む。マチアスは小さく舌打ちをすると追いかけるのを止め、目の前の魔物と戦うのだった。


****


ユーグは魔物の群れの中を一人で突き進んでいく。ユーグの通った後には大量のフォレストウルフ、そしてオークの死骸が積み上げられている。多くの魔物を斬り、その数の多い方へ多い方へと向かっていくと、その中に徐々にゴブリンが混ざり始めた。


そしてホブゴブリン、ゴブリンアーチャー、ゴブリンメイジの姿を見かけるようになり、そして遠くに鉄の鎧を着込み、金棒を持った巨大なゴブリンの姿を見かけた。


「なるほど。魔族かと思っていたが群れの主はゴブリンロードか」


ユーグはそう呟くとゴブリンロードに向けて一気に突撃を仕掛ける。


「グルルルル」


ゴブリンロードが唸ると周囲のゴブリンたちが密集陣形を作るとユーグの前に立ちはだかり、そして一斉に槍を突き出してきた。


しかしユーグはその槍をするりと躱して懐に飛び込むと目の前のゴブリン 3 匹をまとめて切り捨てる。


そこに味方を巻き込む事を気にせずにゴブリンアーチャーとゴブリンメイジが矢を、そして火球を撃ち込んできた。


ユーグは一匹のゴブリンを捕まえて火球に投げつけて魔法を防ぎ、一気にゴブリンアーチャー達との距離を詰め、瞬く間に斬り捨てる。


「ガッ!?」


火球を防がれたゴブリンメイジがキョロキョロと周囲を見渡してはユーグの姿を探す。そんなゴブリンメイジの首をユーグは後ろから近づいて斬り飛ばすと再び駆け出した。


ユーグを見失ったゴブリン、そしてホブゴブリンがキョロキョロと周囲を見回しているが、ゴブリンロードはその手にある金棒を思い切り振り下ろした。


「ふん。一応動きは見えているようだが、所詮はゴブリンだ」


ユーグはそうゴブリンロードに言い放つとそのまま一気に加速する。そして金棒が叩きつけられる前に距離を詰め切るとその太い足を鎧ごと斬り飛ばした。


「グガァァァァ」


片足を失ったゴブリンロードはそのまま地面にひれ伏し、ユーグはその首に聖剣を突き立て冷徹にトドメを刺す。


「グ、ガ……」


そのままゴブリンロードは動かなくなり、周囲のゴブリンたちに動揺が走る。


「あとはこいつらを駆逐すれば!」


ユーグが聖剣を構え直したところで男の声が聞こえてきた。


「ククク、かかったのは強い方の聖騎士か。おや? 弱い方の聖女はどうした?」


ユーグは声のした方を振り返る。


「貴様は?」

「ククク、私は――」


****


「魔物が、引いていきますわ」


避難民を引き連れて砦へと到着したシャルロットは砦の物見台から来た道を見下ろしている。


「聖女様、山の上は冷えます。お風邪を召される前にどうか砦の中にお入りください」

「わたくしはここでユーグ様が戻るのを待ちますわ」


シャルロットは気丈な笑顔でそう答えると冷たい風が一瞬強く吹き、彼女の金色の髪を大きく靡かせる。


「聖女様……」


シャルロットは眼下に広がる九十九折つづらおりの道をじっと、じっと、祈るような視線で見つめている。


しかし、その視線の先にユーグの姿が現れることはついぞなかった。

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