第六章第52話 アイロール観光
さて、町が平和になったとなると私たちのやることはただ一つしかない。
そう、観光だ。
ただ、この町には文化や宗教的な側面での歴史があるわけではない。この町はあくまでこの魔物の巣食う大森林を通り抜けるための拠点として発展してきた町だ。そのため大きくて立派な神殿があるわけでもなければ古い歴史的建物がたくさんあるわけでもない。
しかしそんなアイロールの町にも名物が一つある。
それはハンター料理と呼ばれる魔物肉を使った料理だ。といっても食べられる魔物肉は限られていて、ビッグボアーやホーンラビットのような魔石がごくごく小さい魔物に限られるのだそうだ。理由は分からないが肉を浄化したうえで熟成するとさらに美味しくなるのだそうで、私は喜んで今回の魔物暴走で大量に狩られたビッグボアーとホーンラビットの肉を浄化した。なお、ゴブリンやフォレストウルフ、オークなどといった魔物は壮絶な味でとてもではないが食べられないそうだ。たとえ飢饉が発生しても食べる奴はいないとまで言われているらしい。
ただ、そうと知られているという事は食べた人がいるというわけで……。
ま、まあ、ゴブリンなんて見るからに見るからに不味そうだし、ジャイアントローチに至っては……いや、うん。そんな感じだ。
ちなみに今回の魔物暴走で甚大な被害を受けたアイロールの町だが、騎士団と残ってくれたごく一部の勇気あるハンター達のおかげで一般市民の死者はレイスにやられた数人だけで、怪我人も多くなかった。そして残された大量の魔物肉と毛皮や牙、魔石などの素材はアイロールの町を大いに潤すことだろう。
さて、そんなわけで私たちは平和になった町へと繰り出した。
「あっ! 聖女様! うちの串焼き食べていってください! アイロール名物ビッグボアーの串焼きですよ!」
「それじゃあ、四人分下さい。ええと、おいくらですか?」
「町を守ってくださった聖女様からお代なんて! どうか召し上がってください」
うーん、別に仕事としてやっただけなんだけどな。
「わーい。ありがとうございますっ!」
そんなことを考えていたらルーちゃんがひょいひょいと食べ物を貰っては次々と食べていく。
「良い食べっぷりだね! エルフのお嬢ちゃん。聖女様にもちゃんと食べさせてあげておくれよっ!」
「任せてくださいっ!」
そして気が付くと私の手は串焼き、サンドイッチ、ポテトフライなどで一杯になってしまっていた。
ま、まあ、ほら。一つ貰っちゃうともういりませんとは言いづらいわけで。
持ちきれなくなった私は仕方なく広場のベンチに腰かける。そして串焼きをパクリ。
あ、おいしい。
まだ暖かいお肉から肉汁がじゅわりと溢れ出し、振られた塩と口の中で混ざりあってうま味が口いっぱいに広がる。
欲を言えばもう少しお肉が柔らかくて胡椒の香りがあるともっと美味しいかもしれない。
そういえば胡椒が使われているのをあんまり見ないけれど、やっぱり貴重品なのかな?
「ルーちゃん、これ、シンプルですけど美味しいですね」
「は、はい。そうなんですけど、その」
ルーちゃんが何やら不安そうに周りを気にしている。
「うん? どうしましたか?」
そう言いながら私がふと辺りを見回すと、いつの間にやら私たちの周りに人だかりができている。
「あ、あれ? ええと?」
「あれはフィーネ様目当てで集まってきた野次馬です。襲われることはないでしょうが……」
あ、なるほど。もしかしてもうこの国だと変装してお忍びというやつをしなきゃダメかな?
うえぇ、面倒くさい。
「これ、どうしましょうね?」
一応、私たちから十メートルくらいの距離から近づいては来ないが、その人数はみるみる増えていき、あっという間に人垣と言える人数になってしまった。
なるほど。動物園のパンダの気持ちがよく分かった。
「あまりこの場に留まり続けるのは良くないかもしれませんね」
「そうですね。この串焼きだけ食べたら駐屯地に――」
「あの、せーじょさまっ」
その声のした方を見ると、真っ赤なお鼻のついたトナカイのぬいぐるみを大事そうに抱っこした小さな女の子が私たちのほうにトテトテと駆けてくる
「あたちのむーちゃんにしゅくふくしてくだしゃい」
あ、これは!
これはクラウブレッツの時と同じシチュエーションだ。しかもぬいぐるみもその名前も同じだったような気がする。
しかもクラウブレッツの時とよりも遥かに人が密集しているうえに警備員もいない。こんな状況で付与なんてしたら行列どころか事故になりそうな気がする。
だが、この子はものすごくキラキラした目で私のことを見上げている。
ちらりとクリスさんを見遣ると、さすがのクリスさんも迷っているようだ。昔のクリスさんなら後先考えずに付与させようとしただろうが、やはり随分と変わったように思う。
「あ、だめ、なの?」
小さな女の子は目にうるうると涙を溜め、今にも泣き出しそうな表情をしている。
ううぅ、いくらなんでもこれは反則だ。
「いいですよ。それじゃあむーちゃんとあなたがずっとお友達で居られますように」
わたしはむーちゃんの真っ赤な鼻に浄化の魔法を付与してあげる。
「ありがとー、せーじょさま」
その子は満面の笑みを浮かべてお礼を言うと両親のところへと危なっかしい足取りでトテトテと走っていた。
うん、かわいいね。
そして私たちを取り囲んでいた人の一人が私に話しかけようと近づいてくる。するとそれに釣られるように他の人も歩き出して、それを見た人が小走りに駆け寄ってきて。
「あ……」
「お前たち、止まれ!」
「寄るなでござる!」
反応して足を止める人もいた。しかし一度大きく動き出した人の波はそう簡単には止まらない。
足を止めた人は後ろから来た人に押されて転んでしまう。
そして、怒号と悲鳴が交錯する。
「おい! 何しやがる! う、ぐあっ」
「痛い! やめて!」
「押すな!」
私は覚悟を決めて私たち自身を守るために結界を張った。
その直後、人の波が私たちを目指して押し寄せて来た。そして彼らは私たちから 50 cm ほどの距離に張った結界によって押し止められる。
しかし、その後ろの人たちは止まることなどできずに先頭の人たちを押す形となってしまい。
そうして広場は阿鼻叫喚の
****
「ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
私はラザレ隊長と皆さんに謝罪する。
その後、誰かが通報してくれたのか衛兵たちがやってきて、群衆を強制的に帰宅させてくれた。そしてラザレ隊長と共にやってきた騎士団の皆さんに救出され、私たちは何とか駐屯地へと戻ってくることができたのだった。
不幸中の幸いだったのは、広場全体に治癒魔法をかけ続けていたおかげか死者を出さずに済んだことだ。しかし、それなりの数の怪我人が出てしまったと聞いている。
「いえ、聖女様と皆様がご無事で何よりでした。ただ、こうなってしまった以上は皆様だけでの外出はお控えください」
「はい」
私はラザレ隊長の言うことに素直に頷いた。
それに、いくら小さい子に頼まれたとしても、大人である私たちが時と場合を考えて対応しなければいけなかった。
元々、危ないかも、とは思っていたのだ。群衆が動き出すタイミングが早ければあの子も巻き込まれていたかもしれない。
「ラザレ隊長、駐屯部隊の撤収はいつ頃を予定している? 現状を見る限り、フィーネ様のお力が必要な段階は終わったのではないか?」
クリスさんがそういうとラザレ隊長は少し考えてから首を縦に振った。
「魔物の数も目に見えて減りましたし、その通りですな。数日のうちに応援に来てくれていた騎士たちの一部が撤退するでしょうから、彼らの護衛で王都へとお戻り頂くのがよろしいでしょう」
「ああ。そうさせてもらおう。フィーネ様、よろしいでしょうか?」
「はい。攻められているという南も気になりますからね」
こうして私たちはアイロールを離れて王都へと戻ることが決まったのだった。
しかしこの時の私たちは、王都であんな報告を聞くことになるとは夢にも思っていなかったのだった。
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