第六章第49話 帰還

「シズク、さん?」


私はまるで憑かれたかのようにエビルトレントを執拗に攻撃した後、残った魔石を呆然と眺めるシズクさんに恐る恐る声をかけた。


シズクさんはくるりと私に向き直る。その表情は険しく、そして強烈な殺気が放たれている。


地面に尻もちをついた私を見下ろすシズクさんの金色で縦長の瞳に私の姿がはっきりと映る。そしてその金色の瞳で私を睨み付けたままシズクさんはキリナギを振り上げた。


「フィーネ様!」「姉さま!」


まるで獰猛な獣のようだ。


でも、何故かは分からないけれどシズクさんは私を攻撃しない、そんな気がした私は立ち上がるとシズクさんの方へと歩き出す。


「シズクさん、いえ、黒狐さんですか? 早く治療をしないとダメですよ?」


シズクさんは近づいてくる私に混乱しているのか、キリナギを振り上げた姿勢のまましばらく固まっている。私が更に近づくと突然目がぐりんと回って白目を剥き、そしてそのまま後ろに倒れた。


「シズクさん!」


私は慌ててシズクさんのところに駆け寄ると急いで体を調べる。


シズクさんはお腹と太腿の傷のせいでかなりの血を失っている。どうやらこのせいで失神したのだろう。ただ、クリスさんと違って骨折はほとんどないように見える。これならばすぐに治療できるだろう。


「治癒! 解毒! 病気治療! 最後に洗浄!」


私はいつもの四点セットでシズクさんを治療し、そしてクリスさんの治療の続きをした。


「ね、姉さま。シズクさんは……?」

「とりあえず、無事です」

「でも、まるであたしたちの事が分からないみたいで」

「そうですね。もしかしたら、シズクさんではなくて黒狐の方の意識が出ていたのかもしれません」

「じゃあ、シズクさんは?」

「わかりません。でも、黒狐だってシズクさんなんです」

「フィーネ様、それは一体……」


この感覚はきっと魂に触れた私にしか分からない感覚かもしれない。でも、龍神洞で感じたシズクさんと融合したもう一つの魂は決して消えたわけではない。


これまでは人間としてのシズクさんが強かったからずっと今までのシズクさんだったわけで、本来は融合した黒狐だってシズクさんでもあるのだ。


「シズク殿……」


クリスさんは何とも言えない複雑な表情をしている。


私にはその胸中はうかがい知ることはできないけれど、クリスさんがシズクさんの事を認め、大切に思ってくれていることだけは間違いないと思う。


「クリスさん、帰りましょう。私は自分の甘さがよく分かりました。クリスさん、ルーちゃん、それにシズクさんを危険な目に遭わせてしまってごめんなさい」

「フィーネ様……」

「姉さま」


しんみりとした空気が漂う中、私はシズクさんを背負うと森の中を歩き始める。


「フィーネ様、シズク殿は私が」

「いえ、私にやらせてください。それと、クリスさんはまだたくさんいるはずの魔物から私たちを守ってください」

「はい」

「ルーちゃんも、マシロちゃんも、魔物をお願いできますか?」

「はいっ!」


こうして私たちはアイロールの町へと向かった。魔物たちを薙ぎ払いアイロールの町に私たちが到着したのはどっぷりと日が暮れた後の事だった。


****


「聖女様! 聖女様がお戻りだ!」

「おおお、神よ!」

「開門! 開門!」


私たちが西門の前に姿を現すと上を下への大騒ぎとなった。


暗くなっても私たちが戻ってこなかったため、騎士団の間では私たちが討ち死にしたという噂が広まっており、士気がかなり下がっていたのだそうだ。


まあ、実際に死にかけたわけなので討ち死にしたというのも大体合っている気もする。


「聖女様! よくぞ! よくぞご無事で!」


私たちが西門をくぐって中に入るとラザレ隊長が駐屯地から馬に乗ってすっ飛んできて、そしてそのままものすごい勢い私に跪いた。


「ラザレ隊長、立ってください。森の奥でグレートオーガとエビルトレントを討ってきました」

「グレートオーガに、エビルトレント、ですか?」

「はい。それとエビルトレントのいた場所のすぐそばに祭壇のようなものを見つけました」

「祭壇、ですか?」

「はい。気になるので調べて欲しいんですが、ちょっと今は見ての通りボロボロですので先に休ませてください」

「ははっ!」


そしてそのまま駐屯地内にある私たちの部屋に辿りついた私たちはそのまま泥のように眠りについたのだった。

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