第六章第48話 覚醒

「あ、ダメ、でしたか……」


私はその場にへたり込む。MP が枯渇したときの典型的な症状だ。こうなってしまったら【霧化】で逃げることも叶わない。


私の体にエビルトレントの枝が巻きついてくる。そしてそのまま持ち上げられると次に首を絞められた。


「姉さまっ!」

「あ、ルーちゃん、逃げて」


遠のく意識の中、必死に逃げるように伝える。きっと森の民であるルーちゃんなら逃げ切れるはずだ。せめて、白銀の里には辿りついてほしい。


そのまま私の視界が塞がれ、そして真っ暗になる。ルーちゃんの声ももう聞こえない。


このままきっと私はエビルトレントの養分になるのだろう。


情けない最後だ。それにあれだけ偉そうなことを言って飛び出してきたけれど、結局油断していたのは私たちだった。


ああ、こんなことならもっと温泉に入っておきたかったな。


熱めの硫黄泉とか、この世界ではまだだったし。きっと気持ちいいしみんなと一緒に入ったら楽しかっただろうに。


そう、こんな感じに肌にピリピリとくる温泉も。


って、熱い! 熱い! 熱い!


私は突然体を襲う熱さに悲鳴を上げる。


「け、結界! 水!」


私は自分の周りに強引に結界を張り、体に水をかけて慌てて冷やす。


次の瞬間、私の周りがボロボロと崩れ、そして目の前には焼け焦げた森が広がっている。


「ぐっ、げほっ。うえぇぇぇ」


私は思わず吐いてしまった。どうやら MP が枯渇していたのに無理に魔法を使った反動のようだ。


「う、げほっげほっ」


ひとしきり胃の中のものをすべて吐き出して落ち着いた私は周りを見渡す。


私の右隣にはひしゃげて壊れた鎧を着て、そして顔に手足にと火傷をしたクリスさん、そして正面にはマシロちゃんを抱っこしてトレントの群れに囲まれて震えているルーちゃんの姿がある。


あのトレントたちはきっと私の結界が消えたせいでこちらにやってきたのだろう。


そして私の左隣にはお腹と太腿から血を流しながら青白い炎を纏うシズクさんの姿があった。


「アァァァァァァァ」


シズクさんがまるで獣のような咆哮を上げるとルーちゃんの方へと走り出した。その右手にはキリナギが握られている。


怪我の影響か、シズクさんはいつもと比べるとキレのない動きだが次々と青白い炎を生み出しトレントたちにぶつけていく。そしてキリナギにその青白い炎を纏わせてトレントを斬り捨てる。


斬り捨てられたトレントは瞬く間に炎上し、そしてそのまま炭となり動かなくなる。


私は収納から無理矢理 MP ポーションを取り出すと吐き気を我慢してそれを呷る。きっと飲まないよりはマシだろう。


「う、気持ち悪い」


飲み干すと凄まじい吐き気が襲ってきて今飲んだ MP ポーションを全て吐き出してしまいたくなるが必死に堪える。


すると飲まないよりはマシ程度という予想に反して MP が少し回復したのだ。どうやらこれが MP 回復薬と MP ポーションの違いらしい。


ほんの少しだけ MP の回復した私はよろよろとクリスさんのところへと移動する。そしてもう一本 MP ポーションを飲んで無理矢理 MP を回復させると、私はクリスさんに治癒魔法をかける。


火傷、そして全身の骨折もあるようだ。結構大がかりな治療になり、もう少し遅れていたら危なかったかもしれない。


「クリスさん、大丈夫ですか?」

「う、フィーネ、さま?」


クリスさんが目を覚ました。


「はっ! エビルトレントは!? うっ」


まだ治療が終わっていないのに立ち上がろうとしたクリスさんは痛みに顔をしかめる。私はクリスさんを寝かせるとその質問に答える。


「私も捕まったのでよく分かりませんが、どうやらシズクさんが助けてくれたようです」

「シズク殿が?」


怪訝そうな顔をしたクリスさんに私はシズクさんの方を指さすことで答えた。


「あれは……【狐火】……ですか?」

「おそらく……」


そうこうしている間にルーちゃんを囲んでいたトレントたちはシズクさんによって残らず炭となったようだ。


「これで終わり、でしょうか?」


痛みに顔をしかめながらクリスさんが私にそう言ってくる。


「はい。多分」


そう言った瞬間、私はまた左足を捕まれて逆さづりになった。


「エ、エビルトレント! フィーネ様! ぐぅっ」


クリスさんが立ち上がろうとして、激痛に顔を歪めてうずくまる。そして足元に落ちていた聖剣を手に取ると体をプルプルと震わせながら無理矢理に立ち上がった。


まだ骨折が治っていないのに!


「フィーネ様! いま、お助け、します」


私を助けるべくおぼつかない足取りでエビルトレントに立ち向かおうとするクリスさんに私は慌てて声をかける。


「クリスさん、無理はダメです!」

「く、ううぅ!」


うめき声を上げるクリスさんの向こう側でシズクさんがこちらを見遣った。


いつぞやのようにいくつもの青白い炎を従えている。


しかしその瞳はいつもと違って金色に輝いており、そしてまるで狐のように縦長だった。


「アァァァァァァァ」


再び獣のような咆哮を上げてシズクさんがこちらに向かってきた。そして私が囚われていることなどまるで気にしていないかのように青白い炎を撃ち込んできた。


「シ、シズク殿が! フィーネ様が!」


しかしシズクさんの表情はまるで変わらず、そしてエビルトレントは私を炎の前に動かしては盾にする。


私はギリギリのタイミングで【霧化】を使い、拘束から抜け出す。


そして私という盾を失ったエビルトレントはその炎をまともに受け、そして炎上した。


シズクさんは燃えるエビルトレントを執拗に、そうまるで滅多切りという言葉がぴったりなほどに切り付け、そして燃やしていく。


そうしてエビルトレントは完全に炭となり、魔石だけが残されたのだった。

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