第六章第47話 エビルトレントの恐怖(後編)

「フィーネ様を放せぇぇぇぇ!」


クリスさんが猛スピードで私のほうへと走ってくるのが見える。私は逆さになりながらも状況を確認してみる。


私の左足に木の枝がまるで蔓のように巻きついており、その蔓が私を吊り上げたようだ。


なるほど。発芽していなかった種が残っていたか、もしくは燃え尽きなかったトレントがいたのか。その辺りはよく分からないが、ともかく生き残ったトレントがまだいたようだ。


「ううん。結界を解くのが早かったですね」


【霧化】を使えば抜け出せるのだが、スキルレベルが低いせいで一度使うとしばらく使えないのが玉に瑕だ。


よし、ここはクリスさんに助けてもらうことにしよう。


私がクリスさんのほうをちらりと見遣る。突進してくるクリスさんを捕まえようと木の枝が襲い、クリスさんはそれをことごとく切り飛ばして進んでくる。


そしてわたしを拘束していたトレントの幹を切り倒し、そして巻きついていた木の枝を斬り飛ばして私を救出してくれる。


「ありがとうございます。助かりました」


私はクリスさんにお姫様抱っこをされ、その腕の中でお礼を言う。


「いえ。そんなことより、エビルトレントの姿がありません」

「え?」


私はその言葉に驚き周囲を見渡した。


確かに、他のトレントはいるがあれほど目立っていた巨大なエビルトレントの姿がない。


「一体どこへ?」


私の周りにはクリスさん、すぐ近くにルーちゃんとマシロちゃん、そして少し離れた場所にシズクさんが瞑想をするかのように目を閉じて座っている。


私は地面に降りると、私を拘束したトレントに火をつけて燃やした。


ゴゴゴゴゴゴゴ


すると突然何か地鳴りのような音がしたかと思うと地面が大きく揺れ私はバランスを崩して地面に手をついた。


「地震!?」

「くっ」

「な、何なんですかっ!? これ?」


私たちはとっさに地面に手をついて周りを見渡す。そして次の瞬間、シズクさんの真下から突如巨大なエビルトレントが姿を現した。


「シズクさん、下!」

「なっ!?」


私が叫び声に反応したシズクさんが慌てて飛び退ろうとするが、座って瞑想していたことが災いして動き出しが遅れ、なんとシズクさんはエビルトレントに捕まってしまった!


「シズクさん! シズクさん!」

「くっ、あああああ」


シズクさんの首にエビルトレントの太い枝が巻き付き、そしてその体にもぐるぐると巻きついていく。シズクさんの手からキリナギが零れ落ち、乾いた音を立てて地面に転がった。


「シズク殿!」


クリスさんが救出しようと走り出した。するとエビルトレントは私たちに見えるようにシズクさんを掲げ、そしてその首を絞める。


「ぐあぁ、かはっ」


シズクさんは苦しそうなうめき声を上げる。


こいつ! 木のくせに人質なんて!


「くっ、シズク殿……」


クリスさんは急ブレーキをかけて停止する。


「地下は……予想外でしたね」


私は悔しさと自分の見通しの甘さに唇を噛む。前回でトレントは一筋縄では倒せないと分かっていたのだから、せめて火属性魔術師を一人借りてくれば良かったのだ。


「フィーネ様!」

「姉さま、シズクさんがっ!」


エビルトレントは首を絞められて意識を失ったシズクさんをその太い幹に近づけると、徐々にその体を取り込んでいく。


「あ、あ、シズクさん! ど、どうにかしないと!」


でも、どうやって?


「く、ルミア! 援護しろ!」


クリスさんがエビルトレントへ向かって駆け出す。


「マシロ!」


ルーちゃんの指示でマシロちゃんが風の刃をエビルトレントの少し上のほうへと撃ち込む。シズクさんに当たらないようにだろう。


しかし、エビルトレントはその風の刃に当たるようにシズクさんの体を移動させた。


ブシュ


シズクさんの太腿に命中した風の刃はぱっくりと切り裂き、そして大量の血が流れ出る。


「あ、あ、あ、マシロ、ストップ、ストップ!」


ルーちゃんが慌ててマシロちゃんを止める。


エビルトレントは次に迫っていたクリスさんが切り付けようとしたちょうどその場所にシズクさんを移動させる。


「なっ! ぐっ!」


慌ててクリスさんは止まり、何とか剣を止める。


「クリスさん、危ない!」


私は叫ぶが遅かった。クリスさんの足にはエビルトレントの枝が絡みつきそのまま逆さ吊りにされてしまう。


そしてそのままぐるぐると枝が巻き付くとクリスさんの体を締めつけていく。


「ぐああああ」


クリスさんの絶叫が響き、そしてその手から聖剣が零れ落ちた。


「ね、姉さまっ。あのままじゃクリスさんとシズクさんがっ」


ルーちゃんが涙声で私に訴えてきている。


「こうなったら、火をつけてやります!」


私は覚悟を決めるとエビルトレントに向かって駆け出す。私が丸腰なのが分かっているようで、エビルトレントは私を捕らえようと枝を伸ばしてくる。


「防壁!」


私はその枝を防壁で防ぐと一気にエビルトレントの近くに駆け寄る。


「そこに防壁!」


クリスさんも取り込もうと幹に近づけていたその動きを邪魔するように防壁を作り出すと私は地面に転がり、そしてシズクさんの落としたキリナギを拾う。


「姉さま! 上!」


ルーちゃんの声に反応して私はとっさに防壁を上に展開する。


ガガガガガガガガガ


枝が全て弾かれるが、クリスさんを守っていた防壁は消滅してしまう。


「ああ、もう! キリナギ! あなたの主人がピンチです! 助けなさい!」


私は半ば八つ当たり気味にそう叫ぶと思い切りエビルトレントにキリナギを突き刺した。


ブシュ


木に突き刺した感触とそして柔らかいものに突き刺した感覚がある。そしてその場所から血が流れ出てきた。


こいつ! 木の中でも取り込んだ獲物の場所を移動できるのか!


「ああ、もう! やけくそで浄化!」


キリナギを媒介にして思い切りエビルトレントの体内に、そしてきっとキリナギが刺さっているであろうシズクさんに浄化魔法を叩き込む。


シズクさんには浄化魔法は何の効果もないはずだ。


それによく分からないがなんとなく手応えはある。手応えはあるのだが、ものすごく頑固だ。


「く、ううう。浄化、されろっ!」


フルパワーで浄化を叩き込み続け、そしてあっさり私の MP は枯渇した。


「姉さまっ!」


ルーちゃんの悲痛な声が聞こえる。


浄化の光が消え、そして目の前には何事もなかったかのように佇むエビルトレントの姿があった。

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