第六章第46話 エビルトレントの恐怖(前編)

2021/12/12 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました

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「あ! 気付かれました!」


私たちがアイロールの町へと撤退を始めてから少しすると、ルーちゃんが短く声を上げた。


私がトレントたちの方を振り返ると、トレントたちが一斉に枝を振って粉のようなものをまき散らした。そしてその粉は風に乗って私たちのいる方へと漂ってくる。


なるほど。もしかしたら私たちは最初から気付かれていて、私たちという獲物が風下に来るのを待っていたのかもしれない。


「マシロ!」


ルーちゃんがマシロちゃんにお願いして風を吹かせて粉を吹き飛ばす。


「ルーちゃん、ナイスです」

「はいっ! でも、このままじゃ」

「フィーネ様、早くこの場から離れましょう! ここにいてはいずれ眠り粉に!」


そう言った瞬間、ひと際大きいエビルトレントの枝に何か黒っぽい果実が一つ、まるで早回しの動画でも見ているかのように実り、そして爆発するかのように弾けた。


弾けた実からは無数の黒い弾丸のようなものが飛んできては私たちに降り注いぐ。


「結界!」


私は弾丸を結界で防ぎ、私の結界によって弾かれた弾丸は周囲の地面に散らばった。


そして、その散らばった弾丸からにょきにょきと芽が生え、あっという間に高さ 1 ~ 2 メートルほどの若木となった。周りの木や草がまるで養分を吸い取られたかのように枯れていく。


「ううっ。トレントっ!」


驚く私の隣でルーちゃんが怒りの声を上げている。


「あいつらはああやって周りの木を枯らすんですっ! 森の敵ですっ!」


マシロちゃんが風の刃を放ちトレントの若木を根元から斬り飛ばす。しかし切り株になったにもかかわらずあっという間に幹が生えてきてトレントの若木は元の姿に戻る。


「ううっ」


やはり燃やすか引っこ抜くかしないとダメらしい。


ガガガガガガガガガ


エビルトレントが再び種の弾丸を私の結界に撃ち込んできた。そして、弾かれた種は周囲に飛び散り、結界の周りには新たなトレントが生えてくる。


「くっ、これでは! フィーネ様、すぐに離脱を!」


クリスさんが焦りの声を上げるが、時すでに遅しだ。既に私たちの周囲はトレントの若木で囲まれてしまった。そして若木は一斉に枝を振ると大量の眠り粉をまき散らす。


私たちの逃げ場は完全に失われてしまった。


「シズク殿! スイキョウに操られていたとはいえ、あの時シズク殿は【狐火】を自在に使いこなしていた。シズク殿ならばできるはずだ」

「ううっ、しかし拙者は……」


やはりシズクさんはこの【狐火】のスキルに関しては自信を無くしている。シズクさんは自分でも努力はしていて、私もシズクさんが色々な詠唱や身振り手振りを夜中にこっそり試していたのは何度も目撃している。


しかしながら、シズクさんは未だに正解へと辿りつけていないようだ。やはり、誰も使ったことのないスキルだけに一筋縄ではいかないのだろう。私が最初にその姿を見かけたのはテッサイさんの道場でのことなので、かれこれ半年ほど行き詰っていることになる。


ちなみに、私が普段やっているように「【狐火】スキルを使って、炎よ出ろ」みたいに適当に念じるのもダメだったそうだ。


「シズクさん」


わたしはシズクさんの目をまっすぐに見据えて話しかける。


「シズクさんが操られて【狐火】を使ったとき、シズクさんは詠唱をしていませんでした」


シズクさんは小さくうなずいて、そして私の目を見つめ返してくれる。その瞳に浮かんでいる色は果たして何なのだろうか?


怯え?


悔しさ?


私にはよく分からなかったが、少なくとも自信のある表情ではない。だが、ここで攻撃手段として使える炎のスキルを持っているのはシズクさんしかいない。


「そして、このスキルはシズクさんと融合した黒狐のスキルなので、きっと黒狐の力を引き出せば使えると思うんです」

「黒狐としての力、でござるか?」

「はい。きっと、シズクさんの中に眠っている黒狐を探し出して下さい。それまでは私たちで何とか足掻いてみます。結界の中には入れさせませんし、私もレベル 1 ですけど【火属性魔法】のスキルを持っていますから」


私がそう言うと、シズクさんは小さく頷いて瞳を閉じた。きっと、自分の中の黒狐を探すために集中したのだろう。


私は素早く周りの状況を確認する。


結界の周りは生い茂るようにトレントの若木が生えており、一部はもうすでに成木へと成長しているようだ。そして結界の周りには眠り粉が充満しており、その視界は少し霞んでいる。そしてエビルトレントたちはゆっくりと私たちの方へと移動しているようだ。


このまま行けばジリ貧だ。私の MP が尽きて結界が解けた時が私たちの最後だ。


それならば!


私は収納から調理用のオリーブオイルが入った樽をり出すと結界の外にぶちまけ、容赦なく火をつけた。


「ルーちゃん! 風で炎を煽ってください。後で結界で消火します!」

「う、は、はいっ!」


ルーちゃんが風で炎を煽ると枯れた草木に引火して瞬く間に燃え広がる。


赤く煙を上げる炎に巻かれてトレントは苦しそうに動き回り、そして引火して白い煙を上げ始める。


しばらくして鎮火すると、私たちを囲っていた若いトレントたちは焼け落ちた。私たちの周囲は黒焦げとなり、炎は周囲の森へと延焼している。


「姉さまっ! 森が!」

「く、結界を!」


私は自分達を守りために張っていた結界を解き、そしてこれ以上延焼しないように広く通り抜けできない結界を広く張る。


「これで後は結界の中が燃え尽きるのを待てば火は消えるはずです」


私がそう言うと、ルーちゃんは安堵したような表情を浮かべた。


「とは言え、エビルトレントは残っていますからね。まだ終わっていませんよ」

「はいっ!」

「フィーネ様っ!」


その時だった。クリスさんの悲鳴にも似た叫び声と共に私はいきなり左足を思い切り引っ張られ、そのまま何が何だか分からないままに逆さづりとなったのだった。

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