第六章第50話 激戦の後
そして翌朝、私が目を覚ますと既にシズクさんが起きており、ベッドの上で上体を起こしていた。瞳はいつもの黒い、そして普通の丸い瞳に戻っている。
「おはようございます。シズクさん」
私がベッドの中からそう挨拶をすると、シズクさんはピクリとどこかぎこちない反応をしながらこちらを向いた。
「ああ、フィーネ殿。おはようでござる」
よかった。いつものシズクさんだ。
私はベッドから起き上がるとシズクさんのところへと歩いていき、ベッドサイドの椅子に腰かける。
「シズクさん、昨日はすみませんでした」
「え?」
私が謝るとシズクさんは何を言っているのか分からないといった表情で聞き返してきた。
「どういう事でござるか?」
「私が判断を間違えて、三人を、パーティーを危険な目に遭わせてしまいました。シズクさんがあそこで【狐火】を使ってくれていなければ、私たちは全員エビルトレントの養分にされていました」
私がそう言うと、シズクさんは困ったような表情を浮かべた。
「やはりそうでござるか。何となくトレントたちを倒したような記憶はあるでござるよ。夢を見ていたことは覚えていてもその内容がはっきりとは思い出せないような、そんな感じでござる」
「そうでしたか。じゃあ、やっぱりシズクさんではなくて黒狐の方が表に出てきていたんでしょうね」
シズクさんは胸に手を当て、何やら懐かしい記憶を思い出しているような、そんな優しい表情を浮かべる。
「狐殿はちゃんと拙者の中にいたのでござるな」
「シズクさん……」
私はそんなシズクさんにどんな言葉をかければ良いのか分からなくなり、そのままその表情を見つめていた。
すると、シズクさんが急にパチンと手を叩くと明るい声で私を急かすように言った。
「フィーネ殿、朝食に行くでござるよ。健康の基本は食事からでござる。さあ、早く着替えるでござる」
そう言って私の手を取ると椅子から立ち上がらせる。そして急かされるように着替えると、熟睡しているクリスさんとルーちゃんを置いて食堂へと向かったのだった。
****
私たちが食堂に入ると、もうすでに朝食の時間は過ぎていたのか綺麗に片づけられた後だった。当然食事をしている人は誰もいない。
「むむ、拙者たちは寝坊したでござるな」
「そうですね。昨日は遅かったですし。ちょっと厨房の人たちに何か貰えないか聞いてみましょう」
そう言って私たちは食器返却口から厨房の中を覗くがやはり人影はない。水音は聞こえるので人はいるのだろう。
私は奥の入り口の扉を勝手に開けて中を覗き込むとマリーさんが後ろを向いて必死にお皿を洗っているのが目に入った。
「すみませーん」
私の声にマリーさんがピクリと反応する。そして、ギギギと錆びた音でも立てそうな感じでぎこちなくこちらを向く。
その顔はまるで幽霊でも見たかのように驚き目を見開き、そしてポロポロと涙が溢れていく。
おかしい。一体どうしてマリーさんはこんな反応をしているのだろうか?
「せ、せい、じょ、さま?」
「ええと、おはようございます、マリーさん」
私がそう言うとそのままマリーさんは声を上げて泣き始めてしまった。
「え? マリーさん? どうしたんですか?」
「うっ、うぅぅ。聖女様、もうダメかもって……ううぅ」
あれ? やっぱり私たちの死亡説が流れていた?
ああ、確かに昨日戻ってきたのは夜だし、大体の人たちは寝てただろうしなぁ。
「ええと、はい。ちゃんと生きていますよ。昨日は帰るのが遅くなって心配をかけてすみません」
「ううぅ、聖女様ぁ」
これだけ心配されるとなんだかすごく申し訳ない気分になってくる。でも、あんなにおどおどしていたマリーさんがこんな反応をできるようになるなんて、実は結構回復してきているんじゃないかな?
これはやっぱりイケメン効果ってやつかな?
「フィーネ殿」
私がそんなことを思いながら心の中でにやけていると、シズクさんに言われてここに来た目的を思い出す。
「ところでマリーさん。そんなわけで私たちは寝坊してしまったんですが、何か食べられませんか?」
「えっ? あ、は、はい! ええと、朝の残りもので良ければすぐに。ええと、お二人分ですか?」
「できれば四人分貰えると嬉しいです」
「わかりました。任せてください!」
マリーさんはニッコリと笑ってそう言ってくれた。
うん。やっぱり治療した人がこう、生き生きしているのを見るのっていいよね!
****
その後、マリーさんの作ってくれたスクランブルエッグとカリカリに焼いたベーコン、それと野菜サラダとパンを頂いた私たちは起きだしてきた二人と合流し、ラザレ隊長の部屋を訪ねた。
「おはようございます、ラザレ隊長」
「おはようございます。聖女様。昨日は本当に、ご無事で何よりでした」
「いえ。こちらこそ心配をかけてすみませんでした。それで、状況はいかがでしょうか?」
「はい。確実に
そう言いつつも、ラザレ隊長は納得のいっていないような表情をしている。
「どうしたんですか?」
「いえ。状況を考えればそうなのですが、魔物がこれだけ多くの種類の魔物を従えるという話は前例がありませんので」
「ああ。そういえばそうですね」
「はい」
確かに、今回の魔物暴走はチィーティェンの時とは随分と違って見えた。私は思っていた疑問をそのまま口にする。
「そもそも、今回の魔物暴走は誰かに率いられていたんですか?」
「え? 聖女様、それは一体どういうことでしょうか?」
「私たちはレッドスカイ帝国でゴブリンキングに率いられた魔物暴走を体験しました。その時は確かに、ラザレ隊長の仰る通り明確に指揮している魔物がいました。ですが、今回はとてもそうは見えなかったんです」
ラザレ隊長は眉をピクリと動かすと怪訝そうな表情を浮かべる。
「アイロールを襲ってきた魔物たちはまるで連携も取れていませんでしたし、それは私たちのパーティーが森の奥へと進撃した時も変わりませんでした。グレートオーガとエビルトレントが連携をしていたわけでもありませんし、それぞれがバラバラに動いているように見えました」
そう、もっと魔物たちが連携して動いていたら私たちはあんなに森の奥深くまでは行かなかったはずだ。
「それに、私たちがグレートオーガやエビルトレントといった上位種と戦う頃には、私たちの周囲に魔物はほとんどいなかったんです」
「なんですと!? 魔物暴走を率いる魔物は周囲に部下である魔物に守らせるのが普通です。それがいなかったというのですか!?」
「はい。なので、おかしいんです。魔物の数は凄まじかったですが、それは単に数が多いだけで、チィーティェンの時のようないやらしさが全くありませんでした」
「むむむ、それは確かに」
ラザレ隊長は眉間にしわを寄せて悩んだ様子だ。そして吹っ切れたような表情で口を開く。
「かしこまりました。では調査いたしましょう。聖女様は昨晩、祭壇があったと仰っていましたな?」
「はい。エビルトレントのいた辺りの妙に開けた場所がありました」
「それでは、明日にでも調査隊を送りましょう。今日中には魔物どもは片付きそうですからな。その際はどうぞよろしくお願いいたします」
「はい」
こうしてラザレ隊長との会談を終えた私は野戦病院へと向かい、凄まじい人数の負傷した騎士たちを治療したのだった。
ちなみにアロイスさんもやられたらしく左腕を骨折していたのだが、命に別条は無かったのは幸いだった。
よかったね。マリーさん。
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