第六章第41話 アイロール防衛戦(6)
私たちが夕食を終えたが、あの二人はまだ立ち話をしているようだ。これはやはり爆発しろと願うべきかどうかという重大な問題を考えていると、外から慌てたような声が聞こえてきた。
「聖女様! 聖女様はどちらにっ!」
どうやら私を探しているようだ。また重傷者でも出たのだろうか?
「フィーネ様」
「そうですね。やっぱり病院ですかねぇ?」
私が声のする方へと向かおうとしたとき、食堂の扉が開けられて血相を変えた騎士が私のところへと走ってきた。
「聖女様! こちらでしたか! 大変でございます。大量のアンデッドどもが!」
「アンデッドだと!? どうして
クリスさんが驚きのあまりかなのか、私を呼びに来た騎士を問い詰めるように聞き返した。
「わ、わかりません。ですが、今日倒した魔物どもの死体がゾンビとなり、そして森の奥からスケルトンやレイスが! さらにジャイアントローチの大群まで現れ、門が破られるのは時間の問題かと!」
「うっ! ジャイアントローチでござるか!?」
シズクさんが珍しく嫌そうな顔をしている。
「シズクさん、ジャイアントローチって何ですか?」
「ああ、50 cm ほどの大きさのゴキブリの魔物でござるよ。ゴキブリらしくなんでも食べるので
「うえぇ」
50 cm のゴキブリとか、想像しただけで鳥肌が立ってきた。
「一応、魔物としては弱いのでござるが、見た目が黒光りしていて気持ち悪いのと大量発生するのでござるよ。きっと、大量の魔物の死骸を求めてやってきたんでござろうな」
うげぇ、そんなのと戦うくらいならドラゴンと戦った方がマシかもしれない。
ちらっとルーちゃんを見遣ると完全に固まっている。ピクリとも動いていない。
「ルーちゃん? ルーちゃん?」
私がしばらく肩をゆすっていると突然意識を取り戻した。
「ゴゴゴゴゴゴキブリはいやですっ!」
ルーちゃんが涙目になりながら私に抱きついてきた。
「あいつら黒くてカサカサして、それに前にあたしのごはんにぃ~」
そう叫ぶとルーちゃんは私のささやかな胸に顔をうずめて泣き出してしまった。
ああ、なるほど。トラウマの理由はよく分かった。それは私も耐えられない気がする。
「ほら、ルーちゃん、大丈夫ですよ。私が結界で守ってあげますから」
「ううぅ、ほんとですか?」
私の体を離さずにルーちゃんがくぐもった声で聞いてくる。
「はい。本当です。任せてください」
「ほんとにほんとに?」
「はい。ルーちゃんは私のかわいい妹分ですから」
「ううぅ、はい」
背中をポンポンしてあげて落ち着かせると、私は気乗りしないながらも戦いに向かう。全員着替える前だったのですぐに出られるのは不幸中の幸いだろう。
はあ、本当に気乗りしないけれど。
私たちが外へと出ると、なんと既に白っぽい半透明な幽霊がこちらへと向かってきているのが見える。
どうやらあれがレイスで、既に侵入を許してしまったようだ。
「う、あああ、あれは! フィフィフィフィーネ様、ははは早く浄化を」
クリスさんが怯えながらも私に浄化を促している。周りを見渡してみると、結構な数が侵入しているようだ。
「それじゃあ、とりあえず、この駐屯地と野戦病院を、浄化!」
私は軽く浄化魔法を放つと騎士団の施設をまとめて浄化する。
「聖女様!」
その光を見つけたラザレ隊長が私たちのところへとやってきた。
「状況はどうなっているんですか? どうしてアンデッドに入り込まれているんですか?」
「そ、それが魔物暴走に備えていたのでまさかアンデッドがこれほど出るとは思っておりませんでした。奴らは森からやって来ているそうなのですがこの町には力のある聖職者がおらず……」
「なるほど。じゃあ、町中に広がっているうえに、森の中にもいるかもしれないんですね?」
「は、はい。その通りです」
ということは、私が全部やるしかないのか。
「じゃあ、クリスさん、シズクさん、MP を全部使って町から近くの森までまとめて浄化するので、残りのゴキブリはお願いしていいですか?」
「は、はい」
「仕方ないでござるな」
二人は明らかに気乗りしていない表情を浮かべている。私としてもパーティーが別れるような事態はできる限り避けたいのだが、ここまで幽霊に入り込まれてしまった以上は仕方がないだろう。
「あ、えっと、あたしは?」
「ルーちゃんは私の護衛をしていて下さい。ゴキブリが襲って来たら私を起こす役です」
私がそういうとパッと顔を輝かせて頷いた。
「じゃあ、いきいますよ」
私は浄化する範囲をイメージしていく。
ここから、町全体を、建物の陰から中まで、上空も、そして外に広げて、町から500 メートルくらいの範囲を、まとめて、全部!
「浄化!」
私を中心に強烈な光が発せられた。その光はアイロールの町をそして森をまるで昼間のように明るく照らし出す。その光に飲み込まれるかのように町中を彷徨っていたレイスたちが浄化されていくのを感じる。
「おおおお」
「まるでトゥカットの時のようでござるな」
「いや、フィーネ様のお力はあの時よりも強くなっている。これでアンデッドたちは全て浄化されるだろう」
「姉さま……」
そして浄化の光は城壁の外へと広がり、次々と浄化していく。何やら一ヵ所に大量に集まっていたようだがそれもまとめて浄化してやった。
そして城壁を離れても南、それも特に南西にはまだまだ手応えがたくさんある。
私は手応えのない北側を止めて南側へと集中する。
「くっ、ううっ」
そして範囲を広げていき、何か大きな塊を浄化したところで私の MP は底を突いてしまった。
光は突如消え、あたりを静寂が包み込む。
「姉さまっ!」
MP を全て使い切り、ふらついてしまった私をルーちゃんが抱きとめて支えてくれる。
「フィーネ様、お見事でした。後は私たち二人にお任せください」
「ああ、拙者たちでゴキブリは始末するでござるよ」
相手がゴキブリということでやや顔が強張っているが、ここは素直に二人に任せることにする。
「はい、お願いします。MP 回復薬が効くレベルまで回復したら私たちも加勢に行きます」
というのも、MP が本当にゼロになるまで完全に使い切ってしまった場合、MP 回復薬はあまり効果がないのだ。なので今の私が一緒にいけばきっと足手まといになってしまうだろう。
ゴキブリがダメなルーちゃんもあの反応だと戦うのは難しいだろうし、ここは二人に任せて休むことにする。
それにゴキブリという事は
私は駆け出した二人を見送ると、ルーちゃんの肩を借りて自室へと戻るのだった。
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