第六章第40話 アイロール防衛戦(5)
フィーネ達から持ち場を引き継いだ騎士たちは、暗くなったのに合わせて跳ね橋を上げて籠城戦の構えを取っていた。暗い森の中に怪しく光る無数の魔物の瞳が城壁の上に立つ兵士たちをじっと見つめている。
今日だけで数百、いや数千の魔物を倒しているはずだ。それでも一向に数が減らない点からも、この
しかし、アイロールの町はこれまで魔物たちの侵入を拒んできた自慢の城壁と水堀の二つで守られている。懸念されていたオーガの姿もなく、危なかったブラッドクロウの群れも聖女の機転により全滅させた。
やはりアイロールの町は堅固だ。
そんな安心感からか、城壁の上では談笑する騎士たちの姿も見て取れる。
「しかし、すごい数だよな。あんだけいて上位種があんまりいないってのはどうなってるんだろうな?」
「さあな。でもその方が楽でいいんじゃねぇか? 上位種いなきゃバカばっかだからな」
「ちげぇねぇな。はははは」
そんな騎士たちを隊長が注意する。
「おい! 何を無駄話をしている!」
叱られた騎士たちは慌てて敬礼すると持ち場に戻るが一度緩んだ雰囲気は変わらない。
しかしその時だった。
「隊長、あそこに何かおかしなものが」
「んん? 何だ?」
隊長がその騎士のもとへ行き暗闇に目を凝らす。
「ん? 何か動いている気はするが、あれはなんだ? 照らせないか」
「ははっ」
部下の騎士が松明を長い棒の先に括りつけてずいと前に差し出す。
ガサガサガサガサ
「うえっ」
「うおっ」
二人は同時に声を上げる。
松明の明かりに照らし出されたのは黒光りする巨大なゴキブリの大群であった。
「まずい! 魔物の死骸にジャイアントローチが群がっている! 早く火属性魔術師を連れてこい!」
「は、ははっ!」
隊長の声に弾かれるように一人の騎士が走って休んでいる魔術師を呼びに行く。
「クソッ。よりにもよってジャイアントローチまでいるなんて!」
「隊長、確かに気持ち悪いっすけど、そんなにヤバいんすか? ここはこんなに高いんすし、大丈夫なんじゃないっすか?」
状況を理解していない若い騎士が呑気な声で隊長に質問する。
「バ、バカ者。あいつはな……飛ぶんだ」
「え?」
ブブブブブブ
その時、一斉にジャイアントローチの群れが大きな羽音と共に宙を舞うと広い水堀を飛び越えて城壁に取りついた。そしてそのままカサカサと気持ち悪い動きで城壁を登ってくる。
「う、うわぁぁぁぁ」
「バカ者! うろたえるな!」
悲鳴を上げる若い騎士を一喝する。そして冷静に指示を下していく。
「全員、上がってくるジャイアントローチを叩き落とせ! こいつらは火に弱い! 松明でもいいから燃やせ! 町の中に入れるな! 食料を食いつくされるぞ!」
「「「「ははっ!」」」」
騎士たちは何とか上がってくるジャイアントローチたちに松明の火を押し当てる。
その瞬間、ジュッと焦げるような音と共にジャイアントローチの表面が火に包まれて落下していく。
「ハ、ハハハ。クソッ。脅かしやがって。これなら全部燃やしてやる!」
その様子を見た若い騎士も他の騎士に倣って松明を押し当てようと手を伸ばす。
しかしその脇をするりと抜けたジャイアントローチはその騎士に顔面に張り付くとガリガリと兜を噛み千切ろうとしてくる。
「ええい! 離れんか!」
隊長が剣でジャイアントローチの腹を突き刺して引き剥がすとそのまま城壁の外へと投げ捨てる。落下したジャイアントローチに別のジャイアントローチが群がる。
「くそ、あいつら共食いもするのか! おい! 大丈夫か!」
隊長が若い騎士に声をかけるが既に放心状態なのか、返事がない。ジャイアントローチにかじられた兜が少し欠けているが命に別条はないはずだ。
「くそっ! 穴を埋めろ。ん? あれは?」
そう指示を出した隊長は森からぼんやりとした白っぽいものがこちらにやってくるのを見つける。
「レ、レイス!? 何故レイスがこんなところに!?」
そのレイスと歩調を合わせるようにゾンビが、スケルトンが、そして今日倒したはずの魔物のゾンビがこちらへと向かってやってくるではないか!
「ば、馬鹿な。一体何が!?」
レイスたちは水堀の上を何事もなかったかのように渡り、そして城壁をさも当然のようにすり抜けると町の中へ侵入した。
ゾンビたちもまるで吸い寄せられるかのようにまっすぐと町を目指し、そのまま水堀の中へと転落していった。それでも次から次へとゾンビたちは水堀の中へと飛び込んでいき、やがてゾンビたちの体で水堀に橋が架けられてしまう。
「あ、あ、あ、で、伝令! 伝令! 至急聖女様をお呼びしてアンデッドどもを浄化していただくんだ! それと、ジャイアントローチの侵入に備えるようにラザレ隊長に伝えろ!」
「ははっ!」
命令を聞いた伝令が大急ぎで駐屯地へと走り出す。町の中には既にレイスたちが侵入して町の人たちに襲い掛かっており、家の中からは助けを求める悲痛な叫び声が聞こえてくる。
その声に一瞬立ち止まった伝令の男だったが、迷いを振り払うかのように頭を振ると駐屯地へと向けて走っていったのだった。
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