第六章第39話 アイロール防衛戦(4)

その後も私たちは門の上から魔物たちへの対処を行い、そして日没を迎えることとなった。私たちの担当した西門での犠牲者はゼロ、初日としては上々の結果だろう。


だが、町の周囲はおびただしい量の魔物たちの死骸で溢れている。本当は燃やしておきたいところだが、そんな悠長なことをやっている余裕はない。


私たちは交代でやってきた騎士団と入れ替わりで駐屯地へと戻ることになったのだった。


「聖女様、お疲れ様でした。ご無事で何よりです」


ラザレ隊長が私たちを出迎えてくれる。一緒に来ていたアロイスさんは敬礼をしてから駐屯地の中へと足早に消えていった。


「実は、東門で重傷者が出てしまいまして、お力をお貸し頂けませんでしょうか?」

「あれ? ポーションでもダメでしたか?」

「はい。かなりの重傷でして」

「わかりました。野戦病院ですね?」

「はい」

「ではもう一仕事ですね」


そうして私たちはラザレ隊長と別れて隣にある野戦病院へと向かったのだった。


****


「重症の患者さんはどこですか?」

「せ、聖女様! こちらです!」


私の姿を見た看護師のお姉さんはすぐに私を案内してくれる。やはりここのスタッフは優秀だ。


「失礼します!」

「誰かね! 今は診察ちゅ、聖女様! 間に合った! おお、神よ!」


メルヴェイク先生が神様にお祈りをキメ始めてしまった。


いや、ええと、うん、キレもないし腕も曲がっていたから 5 点かな。もう少しがんばりましょう。


じゃなくて!


私はメルヴェイク先生の奥の診察台に横たわる人を見遣る。ガチムチスキンヘッドの青年が脂汗をかき苦しそうな表情で横たわっている。あの人は確か、ハンターのグレッグさんだったかな?


顔色は悪く、確か相方のハンターのディオンさん、だったかな? 彼も心配そうに見守っている。


「聖女様! お願いします。どうか、どうかこいつを! グレッグを助けてやってください」


私の姿に気付いたディオンさんが必死に懇願してくる。


ええと、治すからそこをどいて欲しいんですけど……


「ほら、君、聖女様が困っておりますぞ? そこをどきたまえ」

「! す、すみませんでした!」


まあ、気持ちは分かるけどさ。


私は診察台に行くと包帯を剥がす。


なるほど、これは普通なら助からないレベルの重傷だ。腹に大きな刺し傷があり、どうやら腸も傷ついてしまっているようだ。この傷はスイキョウにやられたあの時のルーちゃんと同じタイプの傷だが、今回のはもっと鋭利な何かで刺されたようで刺し傷自体は小さい。


「これなら助かりますよ。治癒!」


私は治癒魔法で傷口を、そして傷ついた腸を、血管を治療していく。ついでに他の切り傷も治療していく。


「ふう」


一分とかからずに私は治癒を終える。


「せ、聖女様! ありがとうございます! ありがとうございます! こいつ、俺の幼馴染で! 一緒に町を守るって!」


そう言いながら私の手を取ろうと近寄ってきたディオンさんをクリスさんが体を入れて制止する。


「な、何を!」

「フィーネ様はお前が触れる許可をお出しではない」


ディオンさんがショックを受けている様子だが、そもそもまだ治療も終わっていないので邪魔しないでほしい。


「ディオンさん、でしたよね? 治療はまだ終わっていないので静かにしていてもらえますか?」

「え? は、はい……」


ディオンさんはそのまましゅんとしてしまった。まるで小動物になったかのように小さくなったその姿はちょっとかわいいかもしれない。


「解毒、病気治療、それから最後に洗浄っと」


私はいつもの魔法をセットでかけていく。傷ついた腸から流れ出たであろう毒素と病原菌を体から取り除き、最後は清潔にして終了だ。


「はい。終わりました。それじゃあディオンさん、ちゃんと彼を安静にさせておいてくださいね」

「は、はいっ」

「メルヴェイク先生、他に私の治療が必要な患者さんはいますか?」

「いえ、おりませんな」

「分かりました。それでは私たちは駐屯地に戻っていますので何かあったら呼んでください」

「わかりました」


こうして私たちは野戦病院を後にした。遠くのほうでディオンさんが大声でお礼を言っているのが聞こえてきたのだった。


****


「ごっはん~♪」


ルーちゃんがご機嫌で今にもスキップし始めそうなテンションだ。それもそのはずで、お昼は冷めたシチューとパンだったため出来立てが食べられるが嬉しいのだ。


私たちが食堂に入ると、アロイスさんが離れた席で一人で食事をしている。いや、ちょうど食べ終わったところのようだ。自分でトレーを持って返却して、そしてその奥にいる誰かと何かを話している。


ええと、なになに?


「マリー嬢の料理は本当に美味しい。マリー嬢の料理であれば毎日食べたいと思えるほどです」

「そ、そんなこと……」


ほほう? マリーさんは病室から出られるようになって仕事までできるようになったと?


しかもあのイケメン騎士様の胃袋を掴んだと?


ほうほう? なるほどなるほど?


私は治療の成果が出ていることに満足しつつ、カップルになるかもしれない微笑ましい二人を横目に見ながら夕食をとったのだった。

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