第六章第29話 森の調査
「それではよろしくお願いします」
「はっ」
私の言葉に短くそう答えてくれたのは第二騎士団の期待のホープ、アロイス・バルディリビアさん 18 歳だ。
金髪碧眼の超絶イケメンの、いわゆる少女漫画にでも出てきそうな騎士様だ。ただし白馬には乗っていない。
なんでもホワイトムーン王国南西部にあるロンべリア半島、その中でも辺境にある男爵家の三男なのだそうだが、16 歳で家を出て騎士団の見習いとなり、そして僅か 2 年で小隊長に登りつめたらしい。
クリスさんのような例外を除けばかなり出世は早い方で、男爵家出身者としては事実上の最高ポストである中隊長にもあと何年かで手が届くのではないかと言われているそうだ。
軍隊の指揮官を身分で選ぶなんてどうかとは思うが、上位貴族の子息は身分を理由に従わなかったりするそうなのでこれはこれで仕方ないことなのだそうだ。
さて、今はいらない人を野戦病院から追い出し翌朝だ。
怪我人を全員退院させて暇になったので、私たちも森の様子の確認がてら軽く南の森の魔物の討伐に向かうというわけだ。
ただ、気を利かせてくれたのか私たちの誰かが怪我をするという事態に陥った際の責任逃れなのかは分からないが 30 人ほどの小隊が一つくっついてきたのだ。
そしてその小隊の隊長がこのアロイスさんというわけだ。
いらないって言ったんだけどね。はぁ。
「聖女様、まずは斥候を出して探らせるのがよろしいかと存じます」
アロイスさんはごくごく常識的な助言をしてくるが、うちにはルーちゃんがいるのでその常識とは外れた行動を取れる。
「いえ、私たちにはルミアがいますのでその必要はありません。では、ルーちゃん、お願いしますね」
「はいっ」
そうしてルーちゃんが精霊の助けを借りると森が道を開け、私たちを奥へ奥へと
「なっ、これが聖女様の……従者……」
アロイスさんが驚いている。この辺りはカルヴァラの国境警備隊の人たちと同じだ。まあ、エルフと一緒に行動する機会なんてまずないだろうか驚くのも無理はないのかもしれない。
「むぅ、この森、魔物だらけです。姉さま、右から来ますっ!」
「聖女様、お任せ――」
「マシロっ!」
ルーちゃんがそういった瞬間、以前よりもかなり大きくなったマシロちゃんが出現して風の刃を右の藪に打ち込む。
「ギャアアアア」
悲鳴が聞こえ、そして静かになる。
「害獣が 3 匹でしたっ!」
ルーちゃんがそう言ったのを聞いた騎士の皆さんが右の藪を確認し、ゴブリンが三匹倒されていることを確認してきた。
「こ、これが聖女様の従者……」
アロイスさんがまたもや驚愕している。
そういえば、カルヴァラでも似たような光景を見た気がするね。
こうして私たちは森の奥へ奥へと進んでいったのだった。
****
「聖女様、そろそろ正午でございます。お戻りをお考え頂いた方がよろしいかと存じます」
私たちが歩いているとアロイスさんがそう教えてくれる。どうやら森に入ってから大体 3 ~ 4 時間くらいが経ったようだ。
森の中に入ってからというもの、5 ~ 10 分に一回くらいのペースで魔物に襲われている気がする。一番多いのは害獣ことゴブリンで、フォレストウルフ、ビッグボアーが主だ。たまにオークもいるが、チィーティェンの時のように上位種のいる集団には今のところ出くわしていない。
「そうですね。大体どんな感じなのかは分かりましたし、お弁当を食べたら帰ることにしましょう」
ピクニックにしてはずいぶんと血生臭かったが、森の様子も何となく分かったので初日の成果としては上々だろう。
私は適当な場所を探して腰を降ろすと、マンテーニ子爵が持たせてくれた特製サンドイッチを収納から取り出そうとした、ちょうどその時だった。
「姉さまっ! あっちで戦闘がっ!」
それを聞いた瞬間私たちは弾かれたように駆けだす。そしてそんな私たちの様子に気付いたアロイスさんたちが大分遅れて追いかけてくる。
「あれは! フィーネ様、あれはオーガです」
茂みをいくつか潜り抜けた先にほんの少し開けた場所があり、そこには角を生やした 4 ~ 5 メートルほどの大きさはあろうかという巨人が 3 体、人間の集団と戦闘になっていたようだ。
なっていた、というのは、すでに動いている者は誰もいなかったからだ。そこにあるのはすでにオーガ達に殴られて潰された肉の破片か血だまりばかりだ。
凄惨な光景に眉をひそめていると、まだ動くものを発見した。
「ひっ、あ、あ、あ゛……」
わたし達から一番遠い場所にいるオーガの口元だ。仮面? のようなものを被って全身をマントで覆った人間のお尻から上がその口から覗いている。
右足はオーガに捕まれており、恐らく足を捕まれて口まで運ばれたのだろう。
大きさと声からして恐らく女の人だろう。
ぶちり
まるで噛み切れない肉を無理矢理千切るかのようにオーガは力ずくでその右足を引っ張り、そして引きちぎった。
「え゛……お゛……」
オーガの顔面が返り血で真っ赤に染まり、そして声はしなくなった。
「拙者が!」
シズクさんが飛び出すと手前にいる二体のオーガの片足をそれぞれ斬り飛ばしてその動きを封じ、さらに奥のオーガへと迫る。私たちはシズクさんの意図を察知してすぐにその後を追う。
「その人を離すでござるっ!」
シズクさんは残る女性の胴体を食おうとしていたオーガの両足、両腕をそれぞれ一太刀で斬り飛ばした。オーガそのままぐらりと体勢を崩し、というか支えを失って地面に落下する。シズクさんはその崩れ落ちるオーガの首を一撃で
私たちはシズクさんが足を斬り飛ばして動きを封じたオーガにトドメを刺してからシズクさんと合流する。
「大丈夫ですか!」
私は地面に横たえられた女性に声を掛けるが返事はない。生きてはいるようだが気を失っている。
「せ、聖女様! っ! その状態ではっ! もう……」
追いついてきたアロイスさんがあまりの惨状に言葉を失う。左足の太ももから先が失われているだけではなくお腹からもかなり出血しており、これはどうやら何者かにナイフか何かで刺された傷のようだ。
「治癒!」
私は急いで治癒魔法を掛ける。足丸ごと一本とはいえ、これだけ時間の経っていない欠損なら【回復魔法】のレベル 6、いや 7 もあれば確実に再生できるはずだ。
女性の体が柔らかい光に包まれ、オーガに食いちぎられた左足が付け根からボコボコと再生していく。しかし、どうにも治癒魔法のかかりが悪い気がする。
「なっ、欠損が!?」
アロイスさんが何か言っているが今はどうでもいい。まずはこの人を治すことに集中するんだ!
・
・
・
そして数分で食いちぎられた左足は綺麗に再生された。その他にも打撲や骨折、それに何故かあった刺し傷も一緒に治ったはずだ。
しかし、これは一体どういうことだろう?
まず妙に MP を使わされてしまった。まるで穴が開いていてどこかに治癒魔法の魔力が抜けていっているような感じだ。
そしてもう一つ、何故か私の治癒魔法は未だに手応えがあるままなのだ。
私は一旦治癒魔法を止める。
「聖女様! お見事でございます。まさかあれほどの欠損を回復させてしまうとは」
「うーん、なんか変ですし、まだ終わっていないんですよね」
一命は取り留めたようで、顔色は悪いが命を落とすことはないだろう。レベル 7 相当で治らないとなると、欠損以上の重大な怪我ということになるだろう。
となると、脳とかかな?
だがここから先は勉強した書物にも何も書いていなかったので私もよく分からない。となると診察してみるしかないだろう。
私は女の人の服を脱がそうとしたところでふと視線を感じて手を止める。
「あの、アロイスさん? ちょっと外して貰えますか? 相手は女性ですので」
「っ! も、申し訳ありませんっ!」
弾かれたようにアロイスさんはわたし達から離れると、他の騎士たちに指示を出して周囲を警戒させる。
「じゃあ、結界」
私は外からの視線を遮るようにして結界を張り、仮面を取る。
「っ! これはっ!」
その仮面の下から現れたのは何かに引っかかれたような大きな傷痕で、その傷で左目を失ったのだろう。さらにその傷の周りには無数の火傷があり、皮膚がケロイド状になっている。
「ひ、酷い。どうしてこんなことに……」
さらにその人の服装はボロボロで、下手をすると数週間は洗っていないのではないかと思われる異臭を漂わせている。
ただ、その首にはボロボロの服装には似合わない金色のチョーカーがつけられている。いや、これはチョーカーというよりも首輪と言った方が良い太さかもしれない。
正面には大きな赤い宝石があしらわれている。細かい彫刻も施されており、これはこれでかなりの高級品に見える。
私はそのボロボロの服を脱がせて全身を確認する。するとその全身にも凄惨な傷痕が残されていた。
引っかかれたような顔面の傷は体にも続いており、それが胸から腰にまで達している。そして更に全身には火傷の跡、切り傷の跡が残されており、傷ついていない場所は服から出ている手の先くらいだ。さらにその体はガリガリに痩せており、十分な栄養も取れないままにこの危険な森へと入ったことが
「一体何なんですか? なんでこんなことに?」
「いくらハンターが怪我を負うことは自己責任とはいえ、これにはさすがに酷いですね。いや、だがこの傷は? 一体何故?」
クリスさんは沈痛な面持ちでそう言った。
「これは戦いで負った傷ではござらんな」
「あの、姉さま、こういう人、その、あたしが捕まっている時、他の捕まっている人で……」
シズクさんは眉を
「フィーネ様、シズク殿の言う通り、戦いでこのような傷を負うとは考えにくいです。それに、この女の装備は戦うためのものではありません」
クリスさんもそれに同意する。
「ということは、日常的に切られたり火傷したりしていた?」
「しかし、一体誰が何故そのようなことを?」
「うーん? でも女性の肌がこんなになってしまうのはかわいそうですよね。ちょっと臭いますし血糊で酷いことになっているのでまずは綺麗にして、それから治療しちゃいましょう」
私は洗浄魔法をかけてこの女性を綺麗にすると、フルパワーの治癒魔法をかける。
洗浄魔法の時は何も感じなかったが、治癒魔法はまるでバケツに穴が開いているかのように魔力が失われ、十分な効果を発揮してくれない。
「ううん、何かに私の治癒魔法が邪魔されているみたいなんですよね」
一度魔法を止め、【魔力操作】で【回復魔法】の魔力を操作してこの女性をじっくりと診察していく。女性の体に治癒魔法として流し込まれた私の魔力がその体を巡っていき、そしてそれのかなりの部分がどこかに吸い込まれて消えていく。だが、【魔力操作】でまだ私のコントロール下にあるその魔力を追いかけることは可能だ。
魔力の行き先を慎重に探っていき、そして私はその行き先を見つけた。
「あ、これですね」
私はその女性が身につけている首輪を指さす。
「クリスさん、治療に必要なのでこの首輪を外してくれますか?」
「はい」
クリスさんは女性の頭を持ち上げて外そうとするが、手間取っているようで中々外せないでいる。
そしてクリスさんは私に顔を向けると首を横に振った。
「フィーネ様、この首輪には継ぎ目がありません。持ち主の意思で外せる物なのかもしれませんが、そうでないとするならば違法なアイテムです。これを装着させた者は処罰されます」
「違法なアイテムってことは、呪いのアイテムですかね? えい、解呪!」
私は解呪魔法をその首輪にかけて解呪を試みる。すると、パキンと軽い音を立てて首輪は宝石の部分から真っ二つに割れた。
宝石からは吸い込んだであろう魔力がじわじわと漏れているようだが、暴発するような気配はない。これなら、放っておいても危険はないだろう。
原因を取り除いた私はもう一度、今度はフルパワーで治癒魔法をかける。
眩いばかりの治癒の光がこの女性を包み込み、古傷が、傷痕が癒されていく。そして数分が経つとその女性の傷痕はすっかり綺麗に消えた。
「ふぅ」
私は一つ大きなため息をつくと親方と一緒に作った MP ポーションを口にした。MP 回復薬のあの不味い味は残っているものの、随分とマシになった上に飲む量も劇的に少なくて済む。
これは便利なものを手に入れたと私は心の中でガッツポーズをしたのだった。
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