第六章第30話 ポーター

「聖女様っ!」


私が結界を解くとアロイスさんが急いで駆け寄ってくる。


「はい。一命を取り留めたのでもう大丈夫です。この女性の傷も全て治って、とても綺麗になりましたよ」


そうは言うものの、この女性の頬はこけているし顔色だってあまりよくない。


「それより、この首輪のようなものなんですが、これに心当たりはありませんか?」


私は真っ二つに割れた首輪をアロイスさんに差し出す。すると、その表情は途端に厳しいものとなった。


「聖女様、この首輪は一体どちらで?」

「え? この女性が身につけていました。治療の邪魔だったので外してしまったんですけど、まずかったですか?」

「いえ、外していただきありがとうございます。まずいのはこの首輪そのものです。これは『吸魔の首輪』と呼ばれる禁制品なのです。この首輪の出所は不明なのですが、一時期ハンターどもの間で出回っていたものですが、その効果は装備している者の体内の魔力を吸い取りめ込み、これの対となる指輪の所持者が自由に引き出して使えるようになるという非道な物です」


ということは、MP を他人に譲渡する的な感じのアイテムなのかな?


「そしてこの首輪が禁制品である理由は、この首輪を身につけた者は対となる指輪の所持者に魔力を使われることが当然と思うように思考を操作されてしまうことです。もちろん自分では外すことはできなくなりますが、本人がその事を疑問に思うことはありません」


ああ、なるほど。そのあたりが呪いだったわけか。


よし、この人は随分と酷い扱いを受けていたようだし、しばらく野戦病院に収容してあげたほうが良いだろう。


「それでは、アロイスさん。この女性を野戦病院に収容しますので運んでもらえますか」

「かしこまりました」


そう言ってアロイスさんは女性をお姫様抱っこすると部下たちに撤収の指示を出す。


うーん、さすがイケメン騎士様だ。女性をお姫様だっこしている姿も絵になる。


うん、イケメンは爆は……いや、まあ今はいいか。


それに私は自分で運んでくださいとお願いしたつもりは無かったのだが……。


こうして思わぬ人助けをして私たちは探索は終了したのだった。


****


あれから助けた女性を野戦病院に搬送した私たちは遅めの昼食をとった。


昼食はもちろん、森で食べそびれたアイロールの特産品がふんだんに使ってあるという特製のサンドイッチだ。ビッグボアーのローストと季節の葉物野菜のサンドイッチとトマトと野菜のサンドイッチ、そしてマロンクリームのサンドイッチだ。


さすが子爵家が持たせてくれただけあって中々の美味だったが、私としてはタマゴサンドも食べたくなる。


そういえばタマゴサンドの存在を一度も見たことがない気がするけれど、あまりメジャーではないのかな?


そんなことを考えながら食後のお茶を楽しんでいると、アロイスさんがやってきた。


「聖女様、ハンターギルドへの照会が完了しました。彼女の名はマリー、ふた月ほど前よりこのアイロールで活動しているハンターのパーティー『紅蓮の白蛇』と専属契約を結んでいるポーター、つまり荷物持ちです」


あの森に入るのは騎士団かハンター以外にはいないため、騎士団関係者ではないマリーさんはハンターだろうということでアロイスさんがハンターギルドに照会をかけてくれたのだが、あっという間に身元が判明したようだ。


だが、私としてはそんな事よりもこの「紅蓮の白蛇」という名前のほうが気になって仕方がない。


その蛇は赤いのか白いのか、はっきりしてほしいと思ったのは私だけではないだろう。


ただ、そんなことはおくびにも出さずにアロイスさんを労う。


「それはご苦労様です。ただ、アロイスさんもお昼はちゃんと食べてくださいね」

「お気遣いいただきありがとうございます、聖女様。ですがきちんと仕事の合間にサンドイッチを頂きましたので問題ありません」


あれ? もしかして、この人ワーカホリックなのかな?


「そうですか。ですが、くれぐれも無理はしないでくださいね」

「ははっ。ありがとうございます」


本当に分かっているのかは怪しいが、まあ良いだろう。


「ところで、そのマリーさんの様子はいかがですか?」

「まだ目覚めてはいないと聞いておりますが、お見舞いなさいますか?」

「うーん、そうですね。夕方からは患者さんの治療がありますし、その前にちょっと様子を見に行きましょう」


そうして私たちはマリーさんの様子を見に行くことにした。


****


アロイスさんに連れられてやってきたマリーさんの病室は野戦病院の二階、その一番奥の部屋だった。


ちなみに現在の野戦病院の病室はほとんど空室だ。


私がまとめて全員治療したためほとんどの人は既に退院しており、残りは怪我のショックを引きずっている数人だけだ。


だがそれもあと数日もすれば退院できるようになるだろうというのがメルヴェイク先生の診断である。


そして私が来ると聞いてやって出迎えてくれたメルヴェイク先生と一緒にマリーさんの病室にノックをしてから入室する。


「こんにちは。具合はいかがですか?」


私がベッドに向かって声をかけるがマリーさんからの返事はない。


かけ毛布が呼吸に合わせて定期的な上下動をしているので、よく眠っているようだ。


「どうやら目覚めていないようですな。さ、そちらに」


私はメルヴェイク先生に促されて病室に備え付けられている椅子に着席する。


「さて、そこのアロイス小隊長から事情は聞きましたぞ。ただ、この患者が立ち直るには相当の時間が必要になるのですぞ」

「というと?」

「理由はいくつかありますが、左足を食われたのを見たことでしょうな。そして呪いによる後遺症、さらにお伺いした傷の状況や吸魔の首輪をつけていたところを考えると……」

「なるほど。そうですね」


私は立ち上がりマリーさんの様子をみる。秋の穏やかな西日に照らされたその顔は安らかな表情を浮かべてみる。


少し暑そうに見えたので影になるように私は窓側へと移動し、そして私は何の気なしにその額に手を当てた。


マリーさんのトラウマが少しでも癒されるように、と願いながら。


すると、不意にマリーさんの目が開かれたのだった。

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