第六章第28話 いらない人
野戦病院に入院していた患者 213 人全員を治療し終えた私は、野戦病院の一室でスタッフの皆さんとのミーティングに臨んでいる。
ちなみに、なぜこんなに早く治療が終わったのかというと、重症の患者さんは私たちが来る前に既に亡くなっており、【回復魔法】のレベル 4 が必要な重傷者はたったの 1 名しかいなかった。そしてレベル 3 の必要な患者さんも 57 人で残りの 155 人はレベル 2 で十分だった。なのでレベル 3 の患者さんは一人一人治療し、そして残る 155 人は全員まとめて治療した。
これだけの状況でも病気が蔓延していないのは徹底した消毒のおかげだろう。
この野戦病院のスタッフは、医師がメルヴェイク先生の他に 3 名、看護師が 7 名、そして治癒師に至ってはたったの 1 名だ。この体制でこの人数を受け持つのはさぞかし大変だったことだろう。その証拠に全員の顔には疲労の色が濃く現れている。
「よく集まってくれたな。知っての通り、我が国が誇る聖女フィーネ・アルジェンタータ様のおかげで全ての怪我人が退院した。そして聖女様よりお言葉を頂けるそうだ。皆の者、心して聞くように。くくく。おかしなことをしていた無能がいなくなるかもなぁ」
いない方がましなドミニクさんがメルヴェイク先生に聞こえるように嫌味を言う。正直言ってものすごくウザい。
ちなみに、この会議には第二騎士団のアイロール駐屯部隊の隊長で領主の次男のラザレ・マンテーニさんも参加している。
こんな会議に参加するってことはもしや、いない方がましな上にものすごくウザいドミニクさんを追い出してくれって言って欲しいという事なのかな?
うん、きっとそうに違いない。
いくらなんでもこいつは仕事の邪魔になりそうだし、やっぱりここはご退場頂くのが良いだろう。
「みなさん、はじめまして。フィーネ・アルジェンタータと申します。まず、これまでよく頑張ってくださいました。特に手や傷口の消毒を徹底して頂いたおかげで院内感染から患者さんを守ることができました。物資が不足する中、患者さんたちのことを第一に考えて下さった皆さんに敬意を表したく思います。ありがとうございました」
私がそう言うと集まってくれた皆さんは目を見開いたりのけ反ったりと反応は様々だが、一様に驚いているようだ。
でも、それってそんなに驚くことなのかな?
普通はここまで頑張ってくれた人たちを労って感謝するのは当然のことなんじゃないのかな?
あ、看護師さんの一人が涙を流している。ええと、なになに?
「やっと、やっと分かってくださる方が……」
絶対誰にも聞こえないであろうごくごく小さな声で呟いた看護師さんの声を私は聞き取る。
なるほど。どうやら頑張っても認めて貰えなくて辛かった、といった感じかな?
「さて、ところでこの手洗いや傷口の洗浄などを進めたのはどなたですか?」
そう私が質問した瞬間にスタッフたちの間に緊張が走った。
あれ? 褒める文脈で言ったつもりなのにどうして?
「そ、それは全員で――」
「聖女様、そこのメルヴェイクという藪医者でございます。その者がわたくしめの管理する病院におかしな風習を持ち込んだせいで怪我人の治癒が遅れたのです!」
メルヴェイク先生とは別の若い医師が発言している最中に、いない方がましな上にものすごくウザいドミニクさん、うん、言いにくいからいらない人でいいや、が被せるように発言をしてメルヴェイク先生のせいにしている。
どうやらメルヴェイク先生のことがよほど気に食わなかったようだ。
「せ、聖女様! これは我々スタッフが全員で話し合って決めたことです! メルヴェイク先生の独断ではありません!」
先ほどいらない人に発言を被せられた若い眼鏡の先生が慌てて訂正する。
「おい、ブロント。誰が発言を許可した? それに貴族であるこの俺の言葉が間違っているとでも言うのか?」
おいおい、私の目の前で恫喝とか、頭わいてるんじゃないのか?
「メルヴェイク先生、お二人の見解が食い違っているようですが、いかがでしょうか?」
「聖女様、ワシはご許可いただきましたし普通に話しますぞ。この消毒はワシが持ち込んだことで間違いないですな」
するといらない人が鬼の首を取ったように勝ち誇る。
「ほら、聖女様、本人も認めました。これでこの藪医者をついほ――」
「ところでドミニクさん、手洗いや傷口の消毒には、お酒を煮て作ったものを使ったんですよね?」
私は笑顔を貼り付け、このいらない人に質問をする。
「その通りです。酒があれば気付けにも使えるというのに、それを無駄にしたのです」
「そのお酒を煮て作った無駄なもの、それは酒精と呼ばれているものなんですが、それが作られたのは一年半、いえもう少し前なんですが、そのきっかけはご存じですか?」
「いえ、存じ上げておりません。よろしければ聖女様の叡智をお授け賜りたく」
いらない人はどうやら立場が上の者には徹底的に媚びていくスタイルのようだ。
これはこれで処世術として通用しているようだから責任者になっているのだろうが、これはどうなんだろうか?
「ではドミニクさん、酒精には王都では別の呼び名があるんです。ご存じありませんか?」
「いえ、存じ上げておりません。こちらも聖女様の叡智をお授け賜りたく」
私は小さくため息をついた。
うん、こいつと話しているだけやっぱり時間の無駄だ。
「それじゃあ、どなたかご存じの方はいらっしゃいませんか?」
するとメルヴェイク先生、それに他の医師二人ともが挙手した。
なるほど、つまりそういうことか。
「どうぞ、メルヴェイク先生」
私はメルヴェイク先生を指名する。
「酒精は、別名フィーネ式消毒液と呼ばれておりますな。そしてこのフィーネ式消毒液が作られるようになったきっかけは、王都をミイラ病が襲った時にこちらにいらっしゃる聖女フィーネ様が考案され、ミイラ病の源を断つ奇跡の薬と話題になりましたな。さらに申し上げますと、ワシの使っている釜は『フィーネ式酒精抽出法』を魔法無しでもできるようにと開発された王都の薬師協会認定の専用抽出窯ですぞ」
それを聞いた瞬間、いらない人が一気に青ざめた。
「と、まあそういうわけなんですよ。ドミニクさん。さて、私の消毒液は無駄なものですか。そうですか。やっぱり、無駄なものを作るような無駄な人間はいては邪魔でしょうかね? あ、でも私としても王都をミイラ病から救うために必死で努力したものをこんな風に言われるのはちょっと嫌ですね」
私はわざとらしく間を取る。
「そうだ、クリスさん。これって私の名誉が傷つけられたことになりますよね?」
「はい、フィーネ様がそのように思われた場合は、そうなりますね」
「私が許せないって思った場合、この国ではどうやって解決すればいいんですか?」
「ドミニク殿は貴族ですがフィーネ様は聖女でらっしゃいます。このような場合ですと陛下、もしくは教皇猊下に仲裁を求める、もしくは決闘にて解決するという選択肢が一般的でございます。もし決闘となった場合はもちろん、フィーネ様の代わりに私が戦いましょう」
「だそうですけど、ドミニクさん。どうやって解決しましょう?」
「ひっ」
いらない人はそうやって情けない声を上げると椅子から転げ落ちる。
全く、そんななら最初から真面目に仕事すればいいのに。
「ラザレ隊長、ご覧の通りこの男はこの病院にとって悪い影響を与えているようです。良きように計らっていただけませんか?」
「はあ、仕方ありませんな。この男もここなら問題を起こさないと思ったのですが……。おい、ドミニク、お前は聖女様に対する侮辱の罪で当面は謹慎処分だ。罪状が罪状ゆえ、正式な沙汰は上に報告したうえで追って下されることになるだろう」
ラザレ隊長はゴミを見るような表情でドミニクにそう処分を伝えると私の方へと向き直った。
「聖女様、これでよろしいですか?」
「はい。ありがとうございます。さて、それでは皆さん、明日以降の体制について話し合いましょう」
こうしていらない人の排除に成功した私たちは今後の患者の受け入れ体制やシフト等について話し合ったのだった。
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