第六章第27話 野戦病院の惨状
「あれ、想像していたよりも大変なことになっていますね」
騎士団の人たちに案内されて到着した駐屯地の野戦病院は、まさにその名前から想像される通りの
私が野戦病院の中に入ると、私の姿をローブを見た患者さんたちが「おお、まさか」などと言っている様子から察するに治癒師がかなり不足しているのだろう。
「ようこそおいでくださいました、聖女様。わたくしめはこのアイロールの野戦病院の院長をしておりますドミニク・ブランデールでございます」
そう言ってドミニクさんは私のことをジロジロと値踏みするようないやらしい視線で舐めまわすように見てくる。
「わたくしめは栄えあるブランデール男爵家が――」
「はい。フィーネです。一番重症な人から順に治療していきます。案内してください。それと、軽傷者は一ヵ所に集めておいてください」
私は無駄に長い自己紹介をしようとしたドミニクさんの会話を遮ると必要なことを指示した。
「は、はい。かしこまりました」
「あと、毒や病気、呪いの類は大丈夫ですか?」
「え? え? そ、そのような報告は、ええと」
どうやらこいつは使えないやつで間違いなさそうだ。そう判断した私は手近な白衣を着ている医師
「すみません。そこのお医者様」
「む? 何かね? ワシは今忙し……聖女様!?」
「はい。フィーネ・アルジェンタータと申します。本日よりお手伝いをさせていただきます。それで、聞きたいのですが今、毒や病気、呪いといった問題は発生していますか?」
「は、ははっ! 呪いについては分かりませんが、疫病は今のところ発生しておりません。毒も今のところやられた者はおりませんが、毒を持った魔物が出てくればどうなるかはわかりません」
「そうですか。ありがとうございます。お医者様、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「は、ははっ! ワシはメルヴェイクと申しますですでございますですぞ!」
何だか敬語がおかしなことになっている。
「メルヴェイク先生、これからよろしくお願いします。それと、普通にお話しいただいて大丈夫ですよ」
「か、かしこまり……わかったですぞ」
私がメルヴェイク先生とそんな会話をしていると使えないドミニクさんが割り込んできた。
「ええい、聖女様のお時間を無駄にするな! この変人が! さっさと仕事に戻れ」
そうして追い払われたメルヴェイク先生は私に失礼します、と挨拶をして立ち去って行った。
「全く、この俺に挨拶をしないとは礼儀知らずの平民が」
使えないドミニクさんがぼそりとそう呟くと、再び私のほうに向き直って気持ち悪い笑顔を貼り付けた。
「聖女様、あの者は礼儀も知らぬ変人、いや狂人なのでございます。怪我人を手当てするにしても、傷口を洗え、手を洗え、さらには食事をする前にも手を洗えと、それしか言わないのです。しかも貴重な酒を妙な釜で煮ては怪しげな液体を作ってそれを使わせているのです。何の根拠もないことを我々貴族に強要するなど許されることではございません。奴は町の医者でして、強制召集で紛れ込んできてしまったので中々追い出せなかったのですが、聖女様にご無礼を働いた際はすぐに追い出しますのでどうぞご安心下さい」
「……」
私はその言い分に呆れてしまった。こいつ、使えないドミニクさんじゃなくていない方がましなドミニクさんだった。
そもそも、お酒を蒸留して取り出されたアルコールはフィーネ式消毒液なんて別名があるのを知らないんだろうか? ああ、知らないんだろうなぁ。
それにしても、流石にこの言い草は失礼だよね? さすがの私もちょっと頭にきた。
私がちらりと皆の様子を窺う。
クリスさんのあの表情は確実に怒りを我慢している時の表情だ。シズクさんは言っている意味が分からないといった感じかな。
ルーちゃんは……うん、興味ゼロだ。
「いな……こほん、ドミニクさん、今日の治療が終わったら医師と治癒師を集めて話を聞かせてください。先ほどのメルヴェイク先生も必ず同席させてください」
「! かしこまりました。ようやくあのヤブ医者を追い出せるというものです」
いない方がましなドミニクさんは弾んだ声でそう言ったが、私は余計なことをされたくないので黙っていることにしたのだった。
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※)この世界において医師は神様から授けられる職業ではありません。ホワイトムーン王国においては、所定の薬を調合できて国家試験に合格した人が医師を名乗ることができます。看護師(婦)も同様に国家試験に合格する必要がありますが、自ら薬を調合できる必要はありません。
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