第六章第26話 森林都市アイロール
王都を出発してから 10 日後、私たちは第二騎士団の護送部隊に守られながら森林都市アイロールへとやってきた。
アイロールは、ホワイトムーン王国の北部と西部に位置するコレディア地方の中でも西部の大森林地帯と呼ばれる深い森の中央に位置している。王都を経由してセムノスの港町まで注ぐ大河の支流に当たるアイロール川沿いに西海岸と中央の平原を結ぶ宿場町として築かれたのがこの町の始まりだそうだ。北にはゾコンラン山脈の山並みが高くそびえ、秋も深まるこの季節、その頂きは真っ白な雪に覆われている。
そんなアイロールの町だが、どことなく馬車の車窓から見える町は驚くほど活気がない。汚職のせいで全面封鎖されていたカルヴァラ程ではないが、道行く人々の表情は皆一様に暗く、どこかピリピリした雰囲気を漂わせている。
そして武器を携行している人が多いのも新鮮だ。そんな人たちを観察しているとクリスさんが説明をしてくれた。
「フィーネ様、あの者どもはハンターです。くれぐれもあまりお近づきにはなりませんよう」
なるほど。稼ぎに来たハンターたちということらしい。
「はい。分かりました。ハンターたちは荒くれ者なんですよね?」
「その通りです。どんな卑劣な事をされるかわかりません」
私としてもイルミシティといいクラウブレッツといい、ハンターたちに良い印象があるわけではない。こちらから積極的に関わる必要はないだろう。
そうこうしているうちに私たちは領主の館に到着した。
「聖女様、聖騎士様、ようこそおいでくださいました。わたくしめはクロヴィス・マンテーニと申します。陛下より子爵位を賜り、ここアイロールを任せて頂いております」
「フィーネ・アルジェンタータです。よろしくお願いします」
玄関で出迎えを受けた私たちは手短に挨拶を済ませると応接室へと通される。
「して、子爵殿。町にハンターどもが溢れており随分と町の雰囲気もピリピリしているように見えたが、今の状況はどうなっているのだ?」
と、クロヴィスさんに質問したのはクリスさんだ。
「はい。これまでもかなり魔物の数が増えておりこのままいけば 12 月にも
「どういうことだ?」
「突然、魔物の数がこれまでの経験ではあり得ない勢いで増えているのです」
「そのようなことがあるのか? いや、だが、原因は分かっているのか?」
「いえ、それがさっぱり分かっておりません。ただ、南側の森でより魔物の数が増えておりますので、現在騎士団とハンターギルドが共同で魔物退治の任に当たっております」
「ハンターギルドとか。これは面倒なことになりそうだな」
そう言うとクリスさんは深くため息をついた。
「クリスさん、魔物を倒してくれるならハンターギルドの皆さんも頼りになるんじゃないですか? 性格的にちょっと問題のある人が多いことは分かりますけど」
「フィーネ様がお優しいのは存じております。しかし、ハンターどもは平気で騎士団の人間を盾に逃げ出すのです。それにもし南の森の異変が魔物暴走直前の状態であることが明らかになれば、ハンターどもは我先にとこのアイロールから逃げ出すでしょう」
「え? でもハンターには有事の際には町の防衛に協力するという義務があるんですよね?」
「はい、ございます。ただ、実際には抜け穴も多く、例えば隣町までの護衛依頼を受けて移動するハンターを止めることはできないのです。それを逆手にとって身内で護衛依頼を出して移動するのです」
「な、なるほど。あ、でもハンターが出した依頼はダメってことにしたらどうですか?」
しかしクリスさんは首を横に振る。
「既にそのようになっております。ですが、ハンターはポーターと呼ばれる民間人の荷物持ちを雇っていることがよくありますし、懇意にしている行商人がいたりもします。それにやはり魔物暴走から逃れて他の町の親戚の家に避難したいという者も多くおります。そういった者たちからの依頼を制限することはできません。それを制限するにはカルヴァラのように都市への出入りを全て禁止する必要がありますが、物資の搬入や搬出も全て止まるわけですからなかなか難しいでしょう。本当に魔物暴走の直前でないとできません」
「そ、そうですか」
まあ、私がパッと思いつくことなんて既にやっているか。
「それでは、クロヴィスさん。私たちは、魔物暴走への対応に協力してほしいということでここに来たわけですが、まずは何をすれば良いでしょうか?」
私は切り替えてクロヴィスさんに話を振る。
「は、はい。騎士団の怪我人の治療と慰問をお願いしたく」
あれ? そんなものしかないの? それなら私たちが来る必要はなかったんじゃないかな?
「そのくらいであれば構いませんよ。後は騎士団の方とお話すればよいですか?」
「はい。是非そのようにお願いします」
「わかりました。すぐに案内してください」
こうして私たちはクロヴィスさんのお屋敷を出発して騎士団の救護所へと向かったのだった。
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