第六章第25話 それぞれの出立
誕生日をお祝いしてもらった後、私とシャルはホテルに部屋を借りてお泊りをし、夜遅くまで語り合った。
私も旅の思い出をたくさん話したし、シャルも私が旅に出た後のホワイトムーン王国のことをたくさん話してくれた。シャルの話の半分以上はのろけ話だったわけだが、とにかく深く愛し合った二人がお互いに政略結婚をしなければいけないという立場を乗り越えて結ばれることになったことは素直に祝福したいと思う。
ただ、ユーグさんはあのルックスなのでそれでも寄ってくる女の子が沢山いるのが悩み事らしいけれど。
うん、やっぱり爆発しろ。
あ、いや、でもシャルとはいい関係だし、末永く幸せに爆発してほしい。
そして、ついにシャル達の出立の時が来てしまった。今回は私が見送る番だ。
「それでは、シャル、それとユーグさん。どうかご無事で」
「フィーネ、大袈裟ですわよ。戻ってきたら、また別のレストランに案内して差し上げますわ」
「約束ですよ」
そうして私たちは抱擁を交わすと、シャルは騎士団の護衛する馬車へと乗り込んでいったのだった。
「フィーネ様、今日はいかがなさいますか?」
「今日は久しぶりに何もせずに親方と奥さんと過ごそうと思います」
「はい。かしこまりました」
クリスさんは少し優しい表情でそう言ってくれたのだった。
****
そして私はジェズ薬草店に帰ってきた。
「ただいま」
「あらお帰り、フィーネちゃん。どうだったかい? 楽しんできたかい?」
「はい。いっぱいおしゃべりしちゃいました」
「そう、それは良かったねぇ」
「それに、プレゼントも沢山もらっちゃいました」
「そうかい。いいお友達をたくさん持ったねぇ。さ、お上がり」
「はい」
そして私は居間へと上がりこむ。
「……戻ってきたか」
「はい。ただいま戻りました」
お昼にするにはずいぶん時間が早い気もするが、親方も居間にいる。
「あ、あの、親方」
「何だ?」
「あの、渡しそびれちゃったんですけど、これ、お土産です」
私はそう言ってゴールデンサン巫国で買った『巫国薬学大全』と薬草を手渡す。
「これは?」
「東の果てのゴールデンサン巫国で使われている薬に関する本です。私が見た限り、こちらの物とは違うものがかなりあったので喜ぶかなって」
私がそう言うと親方は私のほうをじっと見つめると、「ああ」と言って私の頭を軽く撫でてくれた。
「ほら、それじゃ伝わらないよ。ちゃんと言葉にしな!」
「あ、ああ。フィーネ、ありがとう」
奥さんに言われた親方はぶっきらぼうにそう言うと、恥ずかしそうに俯いた。
「それと、奥さんにはこれを」
私は赤い漆塗りの
「まぁ、ありがとう。これは何だい?」
「これはゴールデンサン巫国の女王様御用達の職人が作った櫛です。この鶴の絵柄は長寿と夫婦円満を願う祈りが込められているそうです。それに、私も祝福をしておきましたから、毎日使ってくださいね」
櫛にあしらわられた飾りの部分にとても高級な金箔が使われていたので、細かい絵柄のそれぞれひとつひとつに私は付与を与えた。浄化、病気治療、解呪、解毒、治癒と思いつく限りの付与を施したのだ。
「それはありがとうね。フィーネちゃん。嬉しいよ」
そういって奥さんは私をハグしてくれた。いつも通りにぎゅっと苦しくなるくらいのハグ攻撃だが、今回はそこまで苦しくないのでされるがままにされている。
そしてしばらくすると奥さんは私を放してくれたが私は少しぐったりとなってしまった。
「あら? ちょっと強く抱きしめすぎちゃったかねぇ? そんなことよりフィーネちゃん」
「はい」
そんなことよりで済ますあたりはアレだが、愛情をたっぷり注いでくれていることが分かるのでさりとて嫌な感じはしないのが奥さんの良いところだ。
「フィーネちゃんも、昨日で 15 歳になったんだろう? あたしからも誕生日のプレゼントがあるよ。ほら」
そう言って奥さんは奥へ一度消え、そして戻ってきたその手には畳まれたハンカチが握られていた。
「ま、フィーネちゃんに貢いでる人たちに貰うものと比べたら安物かもしれないけどね。ここ王都では 15 歳になる娘には母親が刺繍をしたハンカチを贈るのさ」
そう言って渡してくれたそのハンカチはどう見てもシルクだ。それに刺繍にだって銀糸が使われている。これが二人にとっても安くない出費だったことは容易に想像できる。
そう思うとまた涙が溢れてきてしまった。
「お、お゛ぐざん゛~」
そんな私を奥さんはぎゅっと抱きしてめてくれたのだった。
****
しばらくしてようやく涙の止まった私は今日一日はここで過ごしたいと伝え、久しぶりに親方の仕事を手伝うことになった。
久しぶりの工房は何もかもが懐かしく、暖かい思い出がまるで昨日のことのように鮮明に蘇る。
朝早くに起きて必死にお薬の調合をして、店番をして、そしてアルコールの抽出もをたくさんして。
とても大変だったし辛くて投げ出したいと思ったことも一度や二度ではないが、そんな思い出も全て大切な大切な宝物だ。
そんな思い出のたくさん詰まったこの工房で私は魔法薬師として初めての【薬効付与】を行い、ポーションを作った。事前に勉強していたのでポーションは簡単に作れたが、これはかなりの優れモノだ。
傷薬には即効性が無く、すぐに効くのは MP 回復薬くらいだ。ただ、それでも怪我に治癒魔法を使った時のように MP が一瞬で回復するのではなく、じわじわと回復していく感じだ。
しかし【薬効付与】のスキルを使って作られたポーションはそうではない。即効性がある上に、飲んでもかけても効果がある。治癒のポーションであれば傷がすぐに治るし、MP ポーションであれば MP が一瞬で回復する。
適切な薬があればそこに【薬効付与】をするだけでポーションに早変わりするのだ。
ちなみに、【薬効付与】は SP を使って既にスキルレベルを 2 にしてある。ただ、3 にするには手持ちの SP が足りないのでしばらくは普通に練習することになるだろう。
こうして私は親方と一緒に日が暮れるまでポーションづくりをしたのだった。
****
「それじゃあ、いってきます」
「ああ。気をつけてな」
「はい、親方」
「フィーネちゃん、気を付けるんだよ? それからちゃんと食べるんだよ? 好き嫌いしたり、食べ残したりしちゃダメだからね?」
「はい、奥さん。お腹いっぱいになるまでちゃんと食べます」
「うん、そうだよ。ちゃんと食べないと大きくならないからね」
そう言って奥さんはまた私をぎゅっとハグしてくれた。
それからしばらくしてハグから解放されると、私たちは迎えの馬車に乗り込む。こうして私たちは親方と奥さんに見送られながら私の王都での実家、ジェズ薬草店を後にしたのだった。
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