第五章最終話 前を向く者

私たちは前に将軍とクリスさんが試合をした修練場へとやってきたが、どういうわけか既に数多くのギャラリーが集まっている。皇帝も一緒に来ているせいか、それとも将軍に挑む無謀な奴を見てみようというのか、とにかく随分とざわついている。


どれどれ、どんなことを噂しているのかな?


私は集中して会話を聞き取っていく。


「おおお、皇帝陛下がお見えだ」

「あっ、聖女様もいるぞ」

「ああ、なんとお美しい」

「赤天将軍が聖女様の従者と戦うらしいぞ」

「緑の耳の長い娘、すげぇかわいい。ああいう娘に腹いっぱいメシ食わせてあげてぇ」


おお? ルーちゃんの財布候補が?


「えっ? 確かボコボコにされてなかったっけ?」

「それ、隣の金髪の姉ちゃんだって」

「そもそも女が将軍に勝てるわけねぇって」

「いやいや、将軍とやったら誰だって一撃で死ぬから」

「ああ、罵りながら踏んでほしい」


リエラさん、一名様ご案内です。


「今日は耳と尻尾の女がやるらしいぞ」

「あー、マジモフりてぇ」

「いや、それよりあの抜群のスタイルだって」

「つるぺた聖女たんハァハァ」


おい! 誰がつるぺただ! 発展途上と言え! それに多少はあるんだ!


全く、聞き耳を立てて損した。


「静粛に! これよりレッドスカイ帝国赤天将軍ルゥー・フェィと聖女フィーネ・アルジェンタータ様の従者、ミエシロ・シズク殿の試合を始める。これは御前試合である!」


ざわつく修練場内を男性がよく通る声で一喝する。


クラウブレッツの時もそうだったが、これだけ広い場所によく声を響かせられるものだ。


「拙者はシズク・ミエシロ。聖女フィーネ・アルジェンタータ様の剣でござる。いざ尋常に、勝負!」


シズクさんはシンエイ流らしい納刀状態での独特の構えで将軍の前に立つ。


「御託はいい。帝国最強の武の名にかけて叩き潰してやる!」


それに対して将軍はいつもの槍斧を中段に構えている。どうやら将軍はいつになくイライラしているようで、名乗りも上げずに罵声を浴びせた。


シンと静まり返った修練場をピリピリとした緊張感が包み込む。


そして次の瞬間、将軍が動いた。


キキキキキキキキキン


その刹那、金属音が鳴り響いた。そして、いつの間にか将軍とシズクさんの立ち位置が入れ替わっている。


え? 今何が起きたの? え? 今打ち合った、んだよね?


「ク、クリスさん!?」

「い、いえ、フィーネ様。今のは私にも……」


なんということだ。クリスさんですら全く目で追い切れていないようだ。


ルーちゃんに至っては目を見開き、そして口をポカンと開けて呆けている。


周りの観衆も何が起こったのか分からないようで、少しざわついている。


私は何とか目で追おうと集中する。


次の瞬間、シズクさんが動いた。凄まじい速さで将軍の間合いへと飛び込み、それに合わせて将軍が槍斧を上から振り下ろす。


キキキキン


そこまでは追えたがそこから先は何が起きたのかはちゃんとは分からなかった。何とか分かったことは、将軍の振り下ろしを躱したシズクさんがよく分からないけど一撃を入れに行ったっぽい、というところまでだ。


なんて速さだ!


どうやらゴブリンとの戦いでもシズクさんは相当にレベルアップしたようだ。これはもう確実に人間だった時のシズクさんを超えているだろう。


「これが……存在進化をするという事なんですね……」

「むぅ、あたしも頑張ってマシロを育てないと」

「まさかこのような方法があったとは。しかしフィーネ様、この方法は普通の人間では難しいですね」


確かに。シズクさんは元々国で一二を争うレベルで強かったうえに【降霊術】という血統で受け継ぐユニークスキルを持っていた。しかもそれを水龍王などという伝説級の魔物に捻じ曲げられた結果こうなったのだ。クリスさんの言う通り、普通の人間にはこの方法は不可能だ。


いや、そもそも人間なのにそんな超スピードに対応できる将軍がおかしいのかもしれない。


私はクリスさんの言葉に頷くことで答え、視線を修練場に戻す。


「貴様、力を隠していたな!」

「いや、拙者はフィーネ殿と共にあり、共に成長してきたでござるよ。拙者は一度死に、フィーネ殿の未来を切り拓くための剣として生まれ変わったのでござる。過去に囚われたままの将軍には絶対に負けないでござるよ!」

「ぬかせ! ふんっ!」


将軍が気合を入れると上から下に槍斧を振り下ろし、それをシズクさんはキリナギで華麗に受け流して反撃を加える。そしてそれを将軍が槍斧の柄で受けると再び将軍が攻勢に出る。


そこから先は追いきれなかったが、とにかく凄まじい打ち合いが行われ、金属同士が打ち合う音が修練場に鳴り響く。


あまりの戦いに私も、クリスさんも、ルーちゃんも、そして皇帝も観衆の人たちも皆見入ってしまっている。


永遠に続くかと思われたこの打ち合いの決着は突如訪れた。


将軍が横薙ぎを放ち、それをシズクさんが腰を落とすとキリナギで上に弾くように打ち上げる。すると将軍がほんの一瞬だけバランスを崩した。


その隙を見逃さずにシズクさんが将軍の右側を走り抜けた。


すると将軍の服には何と三か所もの斬られた跡が残されていたのだ。


目では何が起きたのかさっぱり見えなかったが、服の傷痕を見る限りはおそらく振り下ろし、胴、袈裟斬りを走り抜ける間に叩き込んだのだろう。


それも服だけを斬るという神業でだ。


すごい!


「勝負あり、でござるな」

「ぐっ、くそっ」


シズクさんが自信たっぷりにそう言うと、将軍は悔しそうに槍斧を地面に置いた。


「しょ、勝者! シズク・ミエシロ殿!」


その瞬間、歓声が修練場を包み込んだ。


「すげぇぇぇぇ」

「将軍が負けただと!?」

「やべーぞ、やべーぞ!」

「さすがつるぺた聖じ――」


やかましいわ!


大歓声の中、シズクさんと将軍が何か言葉を交わしながら私たちのところへと戻ってきた。


「シズクさん、お見事でした」


するとシズクさんは私の前に片膝をつく。


「約束通り、この勝利をフィーネ殿に捧げるでござるよ」


そしてとても晴れやかな表情でそう言った。


「ふふっ。それじゃあ。こほん。我が騎士シズクの活躍、わたくしは大変うれしゅう存じます」

「ありがたき幸せにござる……ぷふっ。フィーネ殿、似合わないでござるよ」

「あ、やっぱりそう思います? 私も自分で言ってて背中がかゆくなりました」


そうして私たちは笑いあった。


「えー? でもさっきの姉さま、何だかお姫様みたいでかわいかったですよ? あ、そうだ! あの変なお坊さんにお願いして看板にしてもらいましょうよっ!」

「い、いや、それは勘弁してほしいですね。うん、ルーちゃん、今のは忘れてください」

「えー?」

「忘れてくれたら今度の夕食に西京焼きを一切れ追加してあげましょう」

「忘れましたっ!」

「ルミア殿、早いでござるよ」

「えへへ」


そうして再び、私たちは笑いあう。


そんな中、クリスさんだけは少し浮かない表情をしているのに気付いた私がクリスさんに声をかけようとすると、皇帝から先に声をかけられた。


「ふむ。聖女殿の従者の力、しかと見せてもらったぞ。ルゥー・フェィも、異議はないな?」

「……敗者に語る口はありません」

「ディアォ・イーフゥア、ここへ」

「は、ははっ」


私たちの後ろで控えていたイーフゥアさんが皇帝の前に跪きこうべを垂れる。


「ディアォ・イーフゥア、貴様を管財補に任ずると共に、赤天将軍の目付け役とする。その智を以て赤天将軍の財務を助けよ」

「えっ……」


それを聞いたイーフゥアさんは顔を上げて絶句する。そして数秒フリーズしたのちに弾かれたようにこうべを垂れ何とか口上を述べる。


「つ、謹んで拝命いたします」

「うむ。聖女殿の発案だ。励め。下がってよいぞ」

「は、ははっ」


イーフゥアさんは何のことだかさっぱりわからないといった表情で私たちの後ろへ控える。


「イーフゥアさん、将軍との仲、頑張ってくださいね」


私が小声でそう伝えると顔を真っ赤にして慌て始めた。


ふふ、なんだかかわいいね。


その時だった。修練場に慌てた様子の文官が駆け込んできた。


「陛下! 緊急事態でございます! 魔王警報が! 引き上げられました!」

「何だと!? して、レベルは?」

「レベル 3、準警報にございます。各地で魔物暴走スタンピードの恐れが高まっております」

「左様か」


それを聞いたクリスさんが真剣な表情で私を見てきた。


「なるほど。そういうことでしたらフィーネ様、早く王都へと戻りましょう。準警報に引き上げられたという事は、魔王の候補が絞られてきたということです。キリナギの件もございますし、なるべく早く猊下とお話をされるべきかと思います」

「わかりました。それでは陛下、私たちはこれで」

「うむ。ホワイトムーン王国の聖女はホワイトムーン王国で、が原則であるからな。ノヴァールブールまでは護送しよう」

「ありがとうございます」


こうして私たちは皇帝、将軍、イーフゥアさん達に見送られ、急遽レッドスカイ帝国帝都イェンアンを後にしたのだった。


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