第五章第46話 戦う理由

翌日、私たちは再び皇帝との会見に臨むこととなった。今回はいつもの謁見の間ではなく小さな会議室のような場所だ。無関係の者には聞かれたくない、ということらしい。


この場に同席しているのは皇帝、ルゥー・フェィ将軍、私、クリスさん、ルーちゃん、そしてシズクさんの 6 人だけだ。


「聖女殿。ルゥー・フェィをお救い頂いたこと、心から礼を言おう。ルゥー・フェィ、貴様も礼を言うがよい」

「……くっ。感謝する」


将軍が明らかに渋々、といった感じで私にお礼のような何かを言ってきた。


まあ、私としてはどうでもいいので聞き流すことにする。


「そんなことよりも陛下、何故将軍を止めなかったのですか? 七星宝龍剣が聖剣とご存じということは、聖剣に選ばれていない者が無理に持とうとすれば命を落とす可能性があることだってご存じでしたよね?」

「左様であるな」


皇帝は鷹揚な態度で私の質問に肯定を返した。


「では、何故?」

「朕がルゥー・フェィとそのように約定を交わしたからだ」

「約定?」

「うむ。こやつを召し抱える時に、聖剣の担い手となる機会があったならば必ず参加させ、そして決して止めぬ、とな」

「だから、死にそうになったとしても止めなかったんですね」

「左様」

「じゃあ、なぜ将軍はそんなにしてまで七星宝龍剣に選ばれたかったんですか?」


しかし将軍は険しい表情のまま押し黙っている。


「ルゥー・フェィ、話すがよい」

「……吸血鬼どもを滅ぼすには聖剣が良い、そう聞いたからだ」


な、なんだってー!


「俺は全ての吸血鬼どもを滅ぼすために武を磨いてきた。吸血鬼は俺の故郷を、家族を皆殺しにした。その吸血鬼どもへの復讐が俺の目的だ」

「……じゃあ、私と一緒に旅をしたいというのは……」

「そうだ。貴様は既にツィンシャで吸血鬼を滅ぼしている。そして聖女である貴様は吸血鬼と戦う機会も多いだろう。そうすれば俺は多くの吸血鬼と戦い、殺すことができる」

「……そ、そうですか」


何やら背中を嫌な汗が伝う。これ、バレたら確実に殺されるやつじゃないか!


「そ、それで、将軍の故郷を滅ぼした吸血鬼は誰なんですか?」

「知らん」

「え?」


将軍はきっぱりと言い切った。


「俺が夜中に物音で目を覚ました時には全てが終わっていた。焼け落ちる村の中で吸血鬼に殺された家族と吸血鬼となった友人の姿を見た。それに村の連中の死体もだ。そして俺は炎の中で金の長い髪の女の後ろ姿を見た。俺の村にはあんな金の髪の女などいないからそいつが村を襲った吸血鬼で間違いないだろう」


なるほど。将軍には将軍なりの事情があるようだし、故郷を滅ぼされたという事には同情する。だが、私としてはそれだけで全ての吸血鬼を滅ぼすという話は看過できない。


「そうですか。でも、悪いのは将軍の村を滅ぼしたその金髪の吸血鬼であって他の吸血鬼には罪はありませんよね?」

「何だと!? 聖女の貴様が吸血鬼をかばうのか?」

「私は見ての通り、人間ではありません。なので私は人間だけのために活動しているわけではありません。聖女だって行きがかり上やっているだけですから」


私はそうして自分の少し尖った耳を見せる。


「それに、金髪の吸血鬼だと、シュヴァルツも確か金髪でしたよね?」

「はい、フィーネ様。そうでしたね」

「とすると、金髪の吸血鬼は多分たくさんいますので、それだけでは将軍の村を滅ぼした吸血鬼を特定するのは大変ですね」

「ならばすべての吸血鬼を殺せばいい。簡単な話ではないか!」


将軍は声を荒らげるがやはり私とは考えが合わない。


「将軍、私の考えは先ほどお伝えした通りです。復讐なんてやめろ、などという事を言うつもりはありませんが、関係の無い者まで巻き込むことを私は正義だとは思いません。それに、そのような考え方をしている限り、私と将軍は相容れないと思います」

「……ちっ」


おいおい、舌打ちですか。もはや意味が分からないよこの人。


「将軍は武道における技と体は非常に優れていると思います。ですが、心がまるで未熟なように思えます。一度、ご自分よりも力の弱い人と真摯に向き合って、人の心を、思いやりを学んでみてはいかがですか?」


将軍は完全に不服なようだ。私のことを睨みつけている。


「そうですね、陛下。私たちはこのまま西へと旅立ちますので、私たちのお世話をしてくれたイーフゥアさん、ええと、ディアォ・イーフゥアさんを将軍のお目付け役としてみてはいかがですか?」

「なっ! あいつをだと!?」

「ほう。ルゥー・フェィがそのような反応をするとはな。よかろう。そのディアォ・イーフゥアとやらを赤天将軍担当の財務周りでもやらせてやろう」

「なっ! 陛下っ! あいつはっ!」


よしよし、怪しい流れになりかけたけど、私が吸血鬼という話も言わずに済んだし、イーフゥアさんに将軍を押し付ける作戦も上手くいきそうだ。これってもしや完璧な流れなんじゃないかな?


「じゃあ、そういう事でいいですね? 将軍も、イーフゥアさんを大事にして弱い人の心に寄り添えるようになったら聖剣も認めてくれるかもしれませんよ」


私は何となくそれっぽい感じにして会話を終わらせにかかる。


「なっ、ぐっ」


将軍が顔を真っ赤にしている。


「拙者も一言良いでござるか?」


ちょうどよい流れで終わりそうになったところでシズクさんが割り込んできた。


「はい。どうぞ」

「将軍、拙者もかつて将軍のように力のみを追い求めていた時期もあったでござるよ。将軍のように明確に復讐を、と考えていたわけではござらんが、生まれながらに決められた事から逃れるためにも、ひたすら強くなりたいと願っていたでござる」

「……」

「しかし、拙者はこのフィーネ殿にお会いし、正しい力の使い方を教わったでござるよ」


いやぁ、別にそんな大層な事をしているつもりはないんだけどね。というか、普通は目の前で助けられる人がいたら助けるんじゃないかな?


「そして拙者はフィーネ殿のおかげで先祖代々続いてきたミエシロ家の悪習と決別し、そして前を向けたでござるよ。しかし、将軍は未だに過去に囚われたままでござる」

「……だからどうした! 綺麗事を言ったところで俺の家族は! 故郷は! 戻ってきやしない! ならば! 俺は! この手で! 吸血鬼どもを!」


将軍は怒りを露わに怒鳴り、そしてシズクさんを睨み付ける。


「将軍、勝負するでござるよ。フィーネ殿が命を拾ってくれたおかげで得たこの力で、将軍に勝ってみせるでござるよ」


将軍の剣幕も睨み付けるような視線をものともせず、シズクさんは不敵に笑った。


「なんだと!?」

「えっ? ちょっと待ってください。何も戦わなくたって――」

「よかろう。朕が許可しよう」


私が止めようとしたが皇帝が許可を出してしまった。


「ありがたき幸せにござる。フィーネ殿、安心するでござるよ。必ずや、フィーネ殿に勝利を捧げて見せるでござる」

「ええぇ」


せっかく上手く押し付け作戦が成功しそうだったのに!


こうして私がまともだと信頼していたシズクさんのまさかの脳筋発言により、言葉による話し合いのはずが肉体言語による話し合いとなってしまったのだった。

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