第五章第45話 諦めない将軍
私たちは用意された椅子に座り、皇帝や他の文官たちと七星宝龍剣の主を決める儀式を観覧している。
「では、次の者」
「はっ」
呼ばれた若い剣士の男性が七星宝龍剣の前に歩み出る。そしてこの聖剣の主になろうとその柄を握り持ち上げる。いや、持ち上げようとした。
「ぐぎぎぎぎぎ」
どうやら彼の場合は重くて持ち上がらないパターンのようだ。
必死の形相で七星宝龍剣を持ち上げようとするが、どれだけ力を込めたとしてもそれを持ち上げることは叶わない。
「うむ、それまで」
「ああっ、くそっ」
ダメだった彼は落ち込んだ様子ではあるものの、しっかりと皇帝、そして私に一礼して退出していく。
先ほどからこの呼ばれて試してそして失敗するという一連の流れを繰り返している。
そしてそのループを延々と観察していて気付いたのは、この七星宝龍剣に拒絶されるのには三つのパターンがあるということだ。
まず一つは先ほどの彼のように重くて持ち上がらないパターン。そして次のパターンは――
「ぐあぁぁぁ!」
お、次の人がちょうどそのパターンだったようだ。電気ショックのようなものを受けて触ることすら許されないパターンだ。
「それまで」
「ぐっ、く、くそ。ちくしょう」
彼は悔しさのあまりか、皇帝にだけ小さく一礼すると逃げるように退出していった。
そして最も危険なパターンは、持った瞬間そのまま倒れてしまうパターンだ。これはまだ一度しか出ていないが、その倒れた男はかなり危険な状態になっていた。もし私が回復魔法をかけるのが少し遅れていたら死んでしまっていたかもしれない。
やはり、聖剣というのは相当な危険物であることは間違いないようだ。
そして最後、将軍の番となった。正直将軍はやってもやらなくても同じなのでやる必要はないと思うんだけどね。
「では最後、ルゥー・フェィ将軍」
将軍は頷くと無言で聖剣の前に歩み出る。そしてそのままむんずと掴んで聖剣を持ち上げた。そして剣を鞘から抜……こうとして力を込めている。
顔を真っ赤にしながら無理矢理鞘から引き抜こうとしてプルプルしている。
「……将軍は強い敵と戦いたいだけ、と言っていましたけど、何で私にあそこまで言われてもついてきたがるんでしょうね?」
「さて、どうでござろうな? 強い相手と戦って修行したいという事については理解できるでござるが、それなら拙者のように修行の旅に出れば良いだけでござるしな」
「そうですよね……」
「姉さま、あいつなんか様子がおかしくないですか?」
私はルーちゃんに言われて将軍の方を見る。相変わらず顔を真っ赤にしているが、確かに様子が少しおかしい。
何だか脂汗が垂れてきている気がするのは気のせいだろうか?
「クリスさん、あれって」
「はい。あれは大変危険な兆候です。聖剣はもともと将軍を殺す気はなかったようですが、あまりにもしつこいので最終警告をしている状態のように見えます」
「そうですか……」
私は立ち上がるとやめさせるべく声をかける。
「将軍、もうそれくらいで終わりにしてください。それ以上やると命に関わりますよ?」
「ぐっ、まだだ。俺は……」
将軍は脂汗を垂らしながらも剣を離そうとしない。だが、限界が近いのかがっくりと膝をついてしまう。
「どうして誰も止めないんですか!」
私は声を荒らげるが誰も動こうとしない。皆私と視線が合いそうになると目を逸らす。
「陛下!」
私は皇帝に止めるように呼びかけるが、皇帝は鋭い眼差しで将軍を見ているだけだ。
その時、私たちの座っていた席の後ろで控えるイーフゥアさんが心配そうに将軍を見つめている。
「イーフゥアさん! 早くこっちへ!」
「っ! は、はいっ!」
弾かれたようにイーフゥアさんが私のところへと駆け寄ってきた。それと同時にクリスさんたちも駆け寄ってくる。
「将軍! このままでは将軍のお体が!」
イーフゥアさんが心配そうに声をかける。普段はいう事を聞くイーフゥアさんの説得にも将軍は応じてくれない。
「ルゥー・フェィ将軍、あなたは選ばれなかったのだ。諦めて聖剣を手放せ」
「だ、黙れ! 雑魚が選ばれてこの俺が……ぐっ」
将軍はクリスさんの説得を当然のように拒絶する。
「ぐっ、くそっ。俺は……き……を……」
それだけ言い残すと将軍はそのまま失神してしまった。
「ああ! もう!」
私は将軍の手から七星宝龍剣をむしり取ると慌てて回復魔法をかける。意識がないどころか脈もほとんどない。
「あ、ヤバい。これは……」
そのまま全力で回復魔法をかけ続けた私は MP を使い果たしてしまった。そして無理をしすぎた私は気が付くとそのまま動けなくなってしまった。
「フィーネ様!」
クリスさんが悲痛な声を上げて私を優しく包み込んでくれる。クリスさんの腕のぬくもりと鎧の硬さを感じて安心した私は何だか気が抜けてしまった。
「ちょっと疲れちゃいました。後はお願いしますね」
私はそう言うと強烈な眠気に襲われ、そしてそのままゆっくりと意識を手放したのだった。
****
私が目を覚ますと、そこは豪華なふかふかのベッド上だった。天蓋付きのベッドだが四方を真っ赤なカーテンに囲まれており何とも落ち着かない。
私は起き上がりカーテンを開ける。
辺りは暗く、部屋には月明かりが差し込んでいる。どうやらもう夜になったようだ。
「フィーネ様!」
クリスさんの心配そうな声が聞こえてきて申し訳ないなと思いつつも少し安心する。クリスさんは私のベッドサイドへと小走りにやってくると私の手を優しく握ってくれた。
「クリスさん、心配をおかけしました。私はどれくらい寝ていましたか?」
「およそ 8 時間ほどです。フィーネ様はルゥー・フェィ将軍の治療を終えた後、そのまま気を失われました」
いや、眠っただけのつもりだったんだけど、まあいいか。
「将軍は助かったんですか?」
「命に別状はないと聞いておリます」
「それは何よりです」
そう言って微笑んだ私を見てクリスさんも微笑んでくれた。
「あれからどうなりましたか?」
「はい。あのまま聖剣七星宝龍剣に選ばれた者はおらず、聖剣の担い手は現れませんでした。それと、報酬として請求したお金は私が代理で受け取っておきました。金貨 234 枚と銀貨 4 枚です」
「ありがとうございます」
チィーティエン太守から付与のお代として受け取った金貨 400 枚と合わせると 3,000 万円以上に相当する大金だ。これで当面の旅費は問題ないだろう。
「それと、皇帝陛下がフィーネ様との会談を望んでいるそうです。いかがなさいますか? 体調が優れないのでしたらお断りすることも可能ですが」
「いえ。ただの MP 切れですから大丈夫です。それに私もあの皇帝には聞かなければいけないことができましたから」
「かしこまりました」
そう言ってクリスさんは優しく笑ってくれた。その笑顔を見て安心したからか、私は急に喉が渇いてしまった。
「あの、クリスさん。悪いんですけど久しぶりに血を貰えませんか?」
「はい。フィーネ様」
クリスさんはいつものようにカップに自分の血を注ぐと私に差し出してくれる。こうして私は数週間ぶりにクリスさんの生き血を堪能したのだった。
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