第五章第42話 四人のチーム

私たちが伝令さんを何とかフリーズ状態から復帰させ、森の奥へと進もうとした丁度その時だった。森の奥から一本の矢が飛んできた。


「これは……ルーちゃん!?」


私の顔面を正確に射貫くように飛んできた矢は私の結界によって弾かれたが、その矢には確かに私の付与した浄化魔法が込められている。


「場所が分かったでござるな」

「はい! 急ぎましょう」


私たちは矢の飛んできた方向へと全力で走り出す。


ルーちゃんの矢が飛んできたという事は、精々数百メートルの距離のはずだ。


シズクさんが立ちふさがるゴブリンたちを次々と切り伏せ、私はその後ろを着いていく。


「せ、聖女様、置いて行かないでください~」


伝令さんが私たちの後ろ数メートルのところを情けない声を出しながら追いかけてくる。


「伝令さんはもう町に戻って大丈夫ですよ」

「そんなこと言わないでください、ひぃ、はぁ、は、速いです~」


鍛えているはずなのに女の私たちに置いて行かれるなんて、鍛え方が足りなんじゃないだろうか?


シズクさんの切り拓いた道を進み、私たちは開けた場所へとやってきた。そこで私たちが目にしたのは、辺りを埋めつくさんばかりの大量のゴブリンたちと山のようなゴブリンの死体、そして西日を背にニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべる巨大なゴブリンの姿であった。


「クリスさん! ルーちゃん!」


私は必死に呼びかける。


「フィーネ様! ルミアが! 胸に矢を!」


クリスさんの悲痛な叫び声が聞こえる。そのあまりの内容に卒倒しそうになるが、私は心を奮い立たせてシズクさんに指示をする。


「えっ! シズクさん! 道を! あっちです」

「任せるでござる!」


シズクさんが目にも止まらぬ速さでゴブリンたちへと切り込み、声の聞こえてきた方に向かって道を作ってくれる。


その後は私は追い、そしてその後ろを情けない伝令さんが顎を上げ口を開きながら必死に付いてくる。


そうして私はクリスさんのところへとたどり着いたのだった。


「ルーちゃん!」


私は急いでルーちゃんに駆け寄る。


左胸、丁度心臓の位置に矢が刺さっているのが見て息を呑む。


これはもう……って、あれ? 血が出てないぞ?


私は恐る恐るルーちゃんの左胸を観察する。すると、矢はルーちゃんの服を貫通し、そして下着に刺さって止まっている。刺さった矢は呼吸に合わせて小さく揺れている。


うん? 何で?


下着を指で触ってみるが、普通の下着だ。


「ルーちゃん、何で気を失ってるんですか? ルーちゃん? 怪我してませんよね?」


私はルーちゃんを揺するとむにゃむにゃと言いながら目を開けた。


「……あ、姉さま。らーめんは?」


まったくこの子は。どうやら人が心配している間にラーメンの夢を見ていたらしい。


ああ、よかった。


「はあ、ルーちゃんは相変わらずですね。ラーメンは夢ですし、今はゴブリンたちと戦闘中ですよ」


そう言って私はルーちゃんのおでこを人差し指で軽くつつく。するとルーちゃんは思い出したかのように起き上がり、そして自分の胸、というか下着に刺さった矢を見る。


「あれ? あたし矢を胸に受けて死んだはずじゃ……あっ、そっか! 姉さまの付与のおかげですっ!」


ん? あ、なるほど。そうだった。そういえばルーちゃんの下着にわざわざ銀糸を縫い込んで防壁を付与したんだった。


うん、やっててよかった転ばぬ先の付与。


私はルーちゃんをぎゅっと抱きしめると、顔をクリスさんの方へと向ける。


「さて、将軍に無理矢理別行動にさせられましたが、これで全員揃ったのでもう安心ですね。私の結界がありますから守りは気にせずに、いつも通り思う存分戦ってください」

「フィーネ様、はい! はい! お任せください! お前たち! ついにフィーネ様が駆けつけて下さった。これで勝ったも同然だ! 押し返すぞ!」


クリスさんが隊長らしく大きな声を上げてゴブリンの群れへと突撃していく。


「クリス殿、拙者も忘れないで欲しいでござるよ!」


そう言ってシズクさんもその後に続く。その様子を困惑した様子の兵士の皆さんたちが見守っていた。


兵士の皆さんは随分とボロボロのようだ。更に五人くらいの重傷を追った兵士が倒れている。


「ええと、とりあえず皆さん治癒しますね。えい!」


私は立っている兵士 7 人と倒れている兵士 5 人にまとめて治癒魔法をかける。


「お、おおお、すごい」


何だか兵士の皆さんが感動しているようだ。私はそんな兵士たちを尻目にルーちゃんに話しかける。


「ルーちゃん、ルーちゃんは戦わないんですか?」

「実はあたし、MP が切れちゃって。それに矢ももう一本も残っていないんです……」


なるほど。随分と都合のいいタイミングで誤射フレンドリーファイアが起きたものだ。


「それじゃあ、これを飲んでください。もう少しマシロちゃんに頑張ってもらいましょう」


私は収納から MP 回復薬を取り出すとルーちゃんに渡す。するとルーちゃんは渋い表情をしながらも一気に飲み干した。


うん、分かるよその気持ち。まずいもんね、それ。


「マシロっ! またお願いっ!」


気を取り直したルーちゃんがマシロちゃんを召喚する。召喚されたマシロちゃんは何故かルーちゃんの頭の上に乗っている。その姿がまるでルーちゃんが白い帽子を被っているみたいで何だかすごくかかわいい。


そのマシロちゃんは次々と風の刃を作り出してゴブリンたちを切り刻んでいく。


うん、可愛いけれどその攻撃はなかなかに凶悪だ。


そうこうしているうちに兵士たちの怪我の治療が終わった。


「ええと、兵士の皆さん、あっちは大丈夫なので町の方面のゴブリン達を退治してくれませんか?」


私は兵士の皆さんがクリスさんの邪魔にならないように私たちが通ってきた方向のゴブリンの退治をお願いする。


だって、前線で思う存分暴れるクリスさんとシズクさん、そして結界の中から風の刃を飛ばしまくる固定砲台のルーちゃんがいれば大抵の敵は殲滅できる。


そう、私たちは 4 人で一つのチーム、誰か一人でも欠けてはダメなんだ。


「わ、わかりましたっ!」


意図が通じたのか、巨大ゴブリンとは反対側のゴブリンを倒しに向かってくれる。その時だった。


あのニヤニヤと気持ち悪い笑顔を貼り付けていた巨大なゴブリンが動いた。


兵士たちを目掛けて火球を打ち込んできたのだ。


「防壁!」


私はそれを防壁で防ぐ。


「ゴブリンのくせに【火属性魔法】が使えるんですね。随分低レベルですけど」


私のその台詞を聞いた巨大ゴブリンの顔に憤怒の表情が浮かぶ。


「グルルルル、ゴブリンの王たるワシを低レベルと言うか」

「うーん? でも図体だけで全然大したことなさそうですけどね。ゴブリンの王じゃなくて、自称ゴブリンの王、といったところですかね? ふふっ、恥ずかしくないんですか?」


私は小馬鹿にしたような口調で巨大なゴブリンを挑発する。


「抜かせ!」


私の安い挑発に乗せられてこのゴブリンはあっさりと私のところに突っ込んできた。


うん、やはりこんなやつの呼び名はゴブリンの王(自称)で十分だ。


そして近くに生えていた大きな木を引っこ抜くと私に向けて叩きつけてきた。


ドォォォン


このゴブリンの振り下ろした木は大きな音を立てて激しく私の結界を打ち付ける。しかし、木のほうがその衝撃に耐えきれずにぽっきりと折れた。


「ルーちゃん」

「はいっ! マシロっ!」


マシロちゃんの風の刃がゴブリンの王(自称)の顔面を襲う。慌てて顔面を腕で覆ってガードするが、その隙にシズクさんが背後から目にも止まらぬ速さで突っ込んでくる。そして、一撃で正確に左膝の裏を切り裂くとそのままゴブリンの王(自称)の左前方へと走り抜けていった。


「グルァァァァァ、おのれ!」


痛みに顔を歪めたゴブリンの王(自称)はシズクさんを捕まえようと体を捩る。しかし左膝裏の腱を斬られて踏ん張りの利かないゴブリンの王(自称)はバランスを崩し、無様にも顔面からその場に突っ伏した。


「オノレェェェェェ!!」


ゴブリンの王(自称)が憤怒の表情を浮かべると右足と腕を使って立ち上がろうとする。私はその後頭部の位置に防壁を作り出してその行動を邪魔してやる。


ゴチン


ものすごく痛そうな音と共にゴブリンの王(自称)が再び地面に豪快なキスをした。


「はっ!」


その隙にクリスさんが気合を入れて跳躍し、そして体重を乗せてゴブリンの王(自称)の左胸へと剣を力強く突き立てた!


そして何やら剣をぐりぐりとしてから引き抜くと、素早く跳び退った。


「ゴッ、ガッ、ハッ」


ゴブリンの王(自称)はその胸から大量の血を噴き出し、そしてそのまま倒れて動かなくなった。


うん、所詮はゴブリンの王(自称)だね。大したことのない雑魚だったようだ。


「ゴブリンキング、討ち取ったぞぉぉぉぉ!」


クリスさんが大声で勝利の雄たけびを上げる。すると兵士の皆さんがクリスさんの雄たけびに呼応して雄たけびを上げる。


「「「「「「うおおぉぉぉぉ」」」」」」


そしてその雄たけびにビビったのか、ゴブリンたちは一気に統制を失い、一部は攻撃してきたり一部は逃げまどったりとちぐはぐな行動をするようになった。


そんなゴブリンたちをクリスさん、シズクさん、そしてルーちゃん、というかマシロちゃんがものすごい勢いで狩っていく。


その様子を私は結界の中からぼんやりと眺めるのだった。

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