第五章第41話 絶望の戦場

「円陣を作れ! ルミアと弓兵を守れ! 敵を近づけるな! ルミアと弓兵はメイジとアーチャーを優先して狙え! 気合を入れろ! 恐れるな! ここで我々が抜かれては町は蹂躙されるぞ! チィーティエンの命運はお前たちに掛かっていると思え!」

「「「はっ」」」


私は兵士たちに気合を入れる。だが、私たちは何匹いるのか分からないほど大量のゴブリンとその上位種に囲まれている。南の数千匹が囮という事は、ゴブリンキングが言った通り、万を超える数のゴブリンどもがこちらには来ていると考えて間違いないだろう。


そして、常識的に考えるならこの場から生きて帰れるものは私たちの中で誰一人いない。


だが、私は約束したのだ。フィーネ様の元に無事に帰ると!


だから、こんなところで死ぬわけには行かないのだ!


「来るぞ! 死力を尽くせ!」


私はゴブリンキングを警戒しながら飛びかかってくる通常のゴブリンどもを次々と斬り捨て、飛んでくる矢を叩き落とし、そして魔法をセスルームニルの腹で受け流す。


円陣の内側から矢が放たれ、マシロの風の刃が放たれ、メイジとアーチャーを狙い撃ちにしていく。


そんな様子をゴブリンキングは余裕そうな表情でニヤニヤと見守っている。


こうして私たちの絶望的な戦いの幕が上がったのだった。


****


少なくとも百匹は斬ったはずだ。もしかしたらもう千匹ほど斬ったかもしれない。私だけでも山のようなゴブリンどもの死体を積み上げたが、未だにその数が減る気配はない。


あまりにも多勢に無勢だ。私たちの敷いた防御陣形は外側から徐々に徐々に削り取られていく。そして弓兵の矢も尽きて彼らも剣で、そして槍で戦っている。


「諦めるな! じきに援軍が来る! それまで持ちこたえるんだ!」


私はそう言って士気を鼓舞するが、それが単なる希望的観測に過ぎないことは誰もが理解している。だが、そうでも考えなければやっていられないのだ。


「ぐっ……あっ……お、おかあさん……」


また一人、円陣の外側でゴブリンどもを食い止めていた兵士が腹を刺されて倒れてしまった。


「まだだ! 諦めるな! 陣形を崩すな! 倒れた者は円陣の中に引っ張りこめ! 穴を埋めろ!」


そう叫んだが、彼はそのままゴブリンどもの群れのほうに引きずられていってしまった。


「ぎゃあああああ……」


そして断末魔の声が聞こえてくる。そして私たちが彼の声を聞くことは二度となかった。


「戦え! 死にたくなければ戦え! 穴を埋めろ!」


必死に声をかけながら私は目の前のゴブリンどもを斬り捨てていく。


「はぁ、はぁ。あっ、MP がっ」


ルミアがそう呟くと、ルミアの頭の上に乗っていたマシロの姿が溶けるように消滅した。マシロを召喚し続けるだけの MP が無くなってしまったようだ。


「がっ……はっ……」

「た、たいちょう……」


風の刃による援護が無くなった影響で私たちの元へと到達するゴブリンどもの数が増え、そして攻撃を受けて倒れてしまう兵士が続出する。


気付けば立って戦っている兵士は私とルミアの他にわずか 8 人となっていた。


「あー、もうっ! あの一番大きくて気持ち悪い害獣を倒せばいいんですよねっ! あたしがあいつの眉間を撃ち抜いてやるっ!」


ルミアが癇癪かんしゃくを起こしたかのようにそう吐き捨てると、これまでニヤニヤと笑いながら一切手出しをしてきていないゴブリンキングに向かって矢を番える。


「待て! ルミア! 早まるな!」


私は慌てて止めようとするが、ルミアは集中して狙いを定める。そして西日を背に立つゴブリンキングに向けて矢を放った!


その矢はゴブリンキングの眉間を捉え……ることは無く完全に明後日の方向へと飛んで行ったのだった。


「おい、ルミア……」

「……てへっ」


ルミアはいつもように照れ隠しの笑いを浮かべる。


その時だった。ゴブリンどもの群れの中から矢が放たれ、そしてルミアの左胸に直撃した!


「あっ」


ルミアは下を見て、そして自分の左胸に刺さった矢を確認する。そしてそのまま声も出せず白目を剥いて仰向けに倒れたのだった。


「ルミアァァァ!」



****


クリスさんとルーちゃんを助けるために西門から飛び出した私たちは伝令さんの案内で北西の森へとやってきた。するとそこにはおびただしい数のゴブリンの群れがおり、まさに森から溢れんとしていた。


「聖女様! あの森の奥です!」

「シズクさん、行きましょう。クリスさんとルーちゃん、それに兵士の皆さんを助けましょう!」

「フィーネ殿、MP は大丈夫でござるか?」

「もちろんです。私と伝令さんは大丈夫ですから思いっきり暴れてください」

「承知したでござる」


私は自分と伝令さんを守る様に結界を張り、そしてシズクさんを守るための防壁を準備する。ここで結界を発動できたという事は将軍を閉じ込めた結界は既に消えているはずだ。どうせそのうち追いかけてくることだろう。


「さあ、ゴブリンども。押し通るでござるよ」


シズクさんが目にも止まらぬ速さでゴブリンたちの群れに突っ込むとあっという間に斬り捨てていく。あの洞窟で私もステータスが上がったはずなのにあまりの速さに目で追いきれない。


どうやらシズクさんもあの洞窟で随分とレベルアップしたようだ。


何やらやたらと大きなゴブリンも一匹紛れ込んでいたが、何の問題もなくシズクさんは一撃で斬り捨てていた。


そして百匹はいたと思われるゴブリンの群れをあっさりと殲滅したシズクさんが涼しい顔で私たちのところへと戻ってきた。ちなみに伝令さんはあんぐりと口を開けて驚いている。


「しかし、こんなところにもロードがいたでござるな」

「なるほど。城壁から見ていた奴よりは大きいなとは思っていましたが、これがゴブリンロードですか」

「そうでござるよ。拙者の 2 ~ 3 倍くらいの背丈のゴブリンがロードでござる」

「それにしても、ゴブリンロードは一体全体何匹いるんでしょうね? 将軍はゴブリンロードを倒せば終わりだなんて言ってましたけど、とんだ嘘吐きですね」

「しかし、これはきっとこちら側が本隊で南は囮でござろうな。ゴブリンどもにまんまとしてやられたでござるよ」


なるほど。将軍はゴブリン以下の知能という事か。なるほどなるほど。


って、そんなこと考えている場合じゃない。


「そんなことより、急ぎましょう! 本隊とかちあったのならクリスさんとルーちゃんが心配です」

「そうでござるな」

「伝令さん! ほら、伝令さん! 早く行きますよ!」


私たちはあんぐりと口を開けて先ほどの表情のまま固まっている伝令さんを急かすが、伝令さんはフリーズ状態から中々復帰してくれない。


「ちょっと? 伝令さん? 伝令さん!」


私はちょっと苛立ちながら伝令さんを復帰させるべく一生懸命に声をかけるのであった。

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