第五章第40話 ゴブリンの王

「さあお前たち! 帰還するぞ!」

「「「「おおー!」」」」


私が勝どきを上げ、兵士たちは勝利に沸き立つ。そんな中、ルミアだけが暗い顔をしている。


「どうしたんだ、ルミア? そんな暗い顔をして」

「あの、早く戻りましょう。まだ、とんでもなくおっきい害獣が……」

「まだロードがいるというのか?」

「あ、いえ、その、さっきのよりももっと大きいのが……」


そう言ってルミアは青い顔をしている。


「なるほど。ロードよりも大きいゴブリンというのは聞いたことはないが、そうだな。一度戻るとしよう」

「はいっ。早く! 早く!」

「分かった。総員、チィーティエンへ帰投する。日が沈む前にチィーティエンへと戻るぞ! 急げ!」

「「「はっ」」」


青い顔をしているルミアを支えつつ、私たちはチィーティエンの街へと駆け足で戻ろうとした丁度その時だった。


ズシン、ズシン


何か巨大なものが恐ろしいほどの殺気をまき散らしながらこちらへと迫ってきている。


「は、早くっ! 逃げないとっ!」


ルミアが完全に怯えた様子で慌てて駆け出していく。


「急げ! ルミアを追え! ルミア! 町へ急げ! 町にはルゥー・フェィ将軍もいる! フィーネ様もいる! 皆、生き延びるぞ!」


ここまでくれば私でも分かる。あれは恐らく、ロードなどとは格が違う。戦って勝てるかどうかは分からないが、少なくとも兵士たちは無事では済まないことは確かだ。


私は走りながら少し開けた場所で後ろをちらりと振り返る。するとそこには、恐ろしいほど巨大な、それこそ 10 メートルはあろうかという筋肉質なゴブリンがニヤニヤと笑いながら私たちを追ってきていた。


「ひっ」


私以外にも同じことをした兵士がいたようだ。あまりの巨体に驚き、そして恐怖で体が硬くなったのかつまずいて転んでしまう!


「立て!」

「ひぃ、た、たすけ――」


助けを求める彼の声は、飛んできた火球によって最後まで発せられることは無かった。


「くっ、こいつ魔法まで使うのか!」


そう、あの巨大なゴブリンが転んだ彼を殺すために火球を飛ばしてきたのだ。それはつまり、この巨大なゴブリンはいつでも私たちを攻撃できるのに、遊んでいるかのように私たち追い回していたということだ。


「あっ!」


ルミアが声を上げて急停止する。


「どうした!」

「ううっ、囲まれています……」


森の中の開けた場所へと到達した私たちを待ち構えていたのはおびただしい数のゴブリンやその上位種、そして複数のゴブリンロードたちであった。


「なっ……」

「だから早く逃げようって……」


ルミアが涙声になりながら私に文句を言ってくる。


「ああ、すまない。だが、文句はこの場を切り抜けてフィーネ様のところへ戻ってから聞こう」


とはいえ、この状況を打開する手段は思いつかない。


「グルルルル、どうだ? ゴブリンに罠に嵌められて狩られる気分は?」

「ゴブリンが……喋る、だと!?」

「グルルルル、ワシはゴブリンキング。ゴブリンを統べるゴブリンの王だ」

「ゴブリンキング、だと!?」

「グルルルル、美味そうなメスは二匹だけか。だがこれなら楽に食えそうだ。南の囮に釣られて少数でこちらに来たのが運の尽きよ」

「囮、だと!?」

「偵察に来ていたのは分かっていたからな。グルルルル、ロードが一匹だけと見せかけて多くをこちらに回してやったのだ。あの妙な獣もいなくなっておったからな」


そういってニタリと笑うとグルルルル、と再び喉を鳴らした。


「くっ、そういうことか」

「グルルルル、全てはワシの掌の上よ。万を超える飢えた我々の血肉となるがよい」


ゴブリンキングがそう言うと、おびただしい数のゴブリンたちが一斉に私たちに襲い掛かってきたのだった。


****


「伝令! 伝令! 北西の森にてゴブリンロードと遭遇! 聖騎士クリスティーナ様率いる部隊が現在交戦中です。 ルゥー・フェィ将軍と聖女様をお呼びするようにとの事です! また、北西の森にて多数のゴブリンと遭遇、私以外の伝令はゴブリンと交戦中であります!」

「えっ! クリスさんは無事なんですか!」


私は救護所を離れて指令室で戦況を聞いていたのだが、驚きの伝令が飛び込んできた。


ゴブリンロードを倒したらこのゴブリンの群れは瓦解するんじゃ無かったのか?


「ロードが複数いる、だと? 一体どういうことだ?」


その報告を聞いた将軍は腕組みをし、眉根を寄せている。


「行きます。クリスさんのところへ案内してください。シズクさん!」

「分かっているでござる!」

「待てっ! 聖女、お前は救護所に残れ! 回復役を外に出すわけにはいかん!」


将軍が反対してくるが、今回は私も引くわけにはいかない。


「いいえ、行きます。クリスさんは私も呼んでいます。それはきっと私の力が必要と判断したからに違いありません」

「ダメだ! お前にはお前の役目がある!」

「そうですか。でも、私は押し通りますよ。結界!」


私はルゥー・フェィ将軍を中に閉じ込めるようにしてフルパワーの結界を張る。


「さあ、そこの方、案内してください。シズクさんも、行きますよ!」

「ああ、任せるでござる」

「え、え? あ、でも将軍も一緒にって」

「大丈夫です。私たちが城門を出る頃には結界は解かれます。そうすればどうせ勝手に追いかけてきますよ。さあ、行きますよ」

「え、あ、はい。ええと、将軍、すみません」


私はそのまま将軍の脇を通り過ぎると指令室を飛び出す。


「おい! 待て! おい! クソッ! 何だこれは!」


将軍が結界を思い切り叩いているようだが、私のフルパワーの結界はびくともしない。あのスイキョウですら正攻法では破れずに言葉で私の心を折りにきたのだ。いくら将軍が規格外だからってそう簡単に破られたりはしないはずだ。


私たちは指令室や救護所の置かれた建物を飛び出すと、そのまま西門を目指してひた走る。


「クリスさん、ルーちゃん、どうか無事で!」


西の空は少しずつ茜色に染まりつつあり、そしてすぐに夜の帳が降りるだろう。私はその夕日に二人の無事を祈りながら走り続けるのだった。

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