第五章第31話 獣の住処

「これはまた、すごい数でござるな」

「うわぁ、谷底にいたのとどっちが多いですかね?」

「ふん、雑魚が数だけ集めても無駄だ! ふんっ!」


将軍は一気に獣たちの中に飛び込むと周囲の獣たちをまとめて薙ぎ払った。次々と切り刻まれ、そして壁に叩きつけられていく。


「何をぼさっとしている! さっさととどめを刺せ!」


私は浄化魔法を使ってよいものかと思案していたのだが、将軍の罵声に使うことを決意する。


なぜ思案していたかというと、私は同じ魔法を同時に複数使うことができないからだ。理由はさっぱりわからないのだが、浄化魔法と治癒魔法や結界などは簡単にできるのに浄化魔法を使いながらもう一つ浄化魔法を使うということはどうにも上手くできない。


「今から灯りが消えます。注意してくださいね。浄化!」


私は指先でライトの代わりとして灯し続けていた浄化の光を一度止めた。


そして私は部屋全体を浄化するように魔法を発動する。すると部屋全体が眩い光に包まれ、そしてその光が消えると地下のこの部屋はほぼ完全な闇に包まれる。


私は吸血鬼なので問題なく見えているが、将軍を含めて視界のない暗闇での戦闘は厳しいのではないだろうか?


と、思ったのだが……


「ふんっ! ふんっ! ふんっ!」


将軍はこの暗闇の中、まるで見えているかのように襲い掛かってくる獣たちを次々と切り捨てていく。


「浄化! 浄化! おっと、防壁」


将軍の切り捨てた獣を浄化しつつ私たちのほうに向かってきた獣を防壁でガードする。


「拙者も多少は見えるでござるよ」


シズクさんがそう言うと私がプレゼントした刀を手に獣たちの前へと躍り出た。だが、黒狐の目をもってしてもここまで暗い状況は厳しいようで、シズクさんはかなりやりづらそうにしている。いつもの鋭さはないものの、相手が弱いおかげか少しずつ死なない獣を倒していく。


「ルーちゃん! マシロちゃんにお願いして風の刃で死なない獣を攻撃できませんか? 致命傷を与えた後に浄化魔法を打ち込めば倒せることが分かりました」

「そうなんですね! やってみます。マシロ! お願いっ!」


ルーちゃんはすぐにマシロちゃんを召喚した。するとマシロちゃんも暗闇をものともせずに獣たちを風の刃で切り裂いていく。


さすがは風の精霊だ。見えなくても問題ないらしい。


「浄化!」


私は浄化魔法で深手を負って倒れた死なない獣たちを浄化していく。


その時、私の隣にある寂しげな気配に気が付いた。


「ええと、クリスさんは……ええと、私たちの背後を守ってもらえますか?」

「……はい」


暗くて視界の利かない中では戦えないクリスさんは少し、いやかなり悔しそうだがこればかりは仕方がない。無理に前に出れば怪我をしてしまうだろうし、最悪同士討ちの可能性だってあるだろう。


あれ? でもイルミシティで尾行をスッだかブワッだか忘れたけどそんな事を言っていたような? あれは明かりがないと無理、的なやつなのかな?


それから程なくして私たちは突入した部屋にいた獣たち全てを浄化した。多分、40 ~ 50 匹くらいは倒していると思う。あの狭い部屋の中によくもまああれだけの獣がいたものだと思う。


「まだまだ先はあるようだ。行くぞ」


将軍が進もうとするところに私は待ったをかける。


「将軍、MP を回復させたいので少し待ってもらえますか?」


そういうとそのまま私は壁を背もたれにして寄りかかると MP 回復薬を一気にあおる。


「ふう、相変わらずの味ですね。ところで将軍、どうして将軍はこの暗闇の中見えていない獣をあれほど正確に斬ることができるのですか?」


私は少しでも皆の助けになればと質問してみる。将軍、口からは暴言しか吐かないし性格もアレではだが実力は確かだ。


「ん? 何を今更。お前だってあの獣どもから従者たちを守っていたではないか。それと同じではないのか?」

「いえ。私は暗闇の中でも目で見ることができるのです。将軍とは違うかと」

「なるほど。聖女の特殊能力という事か」


いや、むしろ吸血鬼の能力だけどね。


「武人は鍛錬を積めば目で見ることなく敵がどこにいてどのような攻撃を仕掛けてくるかは正確に分かるようになるのだ。特に相手がこれほどの雑魚であればなおさらだ。もしお前の従者にそれが出来ていないのなら鍛錬が足りないという事だろう。ああ、才能がないだけかもしれんがな」


将軍はそう言うとちらりとクリスさんを侮蔑するような表情で見遣る。どうやら暗闇のなかでもクリスさんの位置は把握できているらしい。


「さて、もう良いだろう。行くぞ」


そうして将軍は奥へ向かうと思われる扉の前へと向かい、そしてそのまま蹴破った!


「えっ? あ、ちょっと!」


私は慌てて浄化魔法で灯りを作りだして明るさを確保する。


扉の向こう側は通路となっており、そして当然のごとく大量の死なない獣で溢れかえっていた。


****


あれから通路を進んでは大量の死なない獣を浄化し、部屋に突入しては死なない獣を浄化し、階段を降りては死なない獣を浄化しと久しぶりに浄化魔法を連発して何度も MP を使い切りそうになった。そのおかげであのまずい MP 回復薬を何度も飲み干す羽目になってしまったのだが、一日でこれほど大量の MP 回復薬のお世話になったのはあのミイラ病の件以降では初めてかもしれない。


「いや、凄まじい数でござるな。かれこれ 30 回でござるか? この洞窟に潜ってから獣の集団と戦ったのは。ああ、きっとあの扉の向こうにも大量にいるんでござろうな……」


シズクさんがうんざりとした表情でそう呟いた。個人的にはシズクさんが崖下にいる獣を G に例えたせいでこうなったという思いがないわけでもない。


「シズクさん、そういうことを口に出して言うと本当にいるっていう法則があるんですよ」

「そ、そうなのでござるか? で、では、あそこが最後でござるよ。だからもう獣もいないはずでござるよ」

「うーん、それを言うと最後じゃなくて獣もいるっていう法則も……」

「じゃあどうすれば良いでござるかっ!?」

「あはは、どうしようもないですね」

「……ふっ、フィーネ殿はさすがでござるな。感謝するでござるよ」


私が笑いながらそういうと、シズクさんの表情も綻んだ。何だかよく分からないがどうやら好意的に解釈されたらしい。


私たちの間に柔らかい雰囲気が漂い始める。


「おい! 無駄話をするな! 蹴破るぞ!」


しかし将軍のこの一喝で一気に緊張へと変わったのであった。

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