第五章第32話 謎の施設

将軍が蹴破った扉の向こう側からはもちろん、大量の死なない獣たちが飛び出してきた。


「ふんっ! ふんっ! ふんっ!」


将軍は狭い通路にもかかわらず巧みに槍斧を振り回して獣たちを殲滅していく。私は浄化魔法で援護しているが、他の三人は狭い通路のためやることがない。


「ところでシズクさん」

「何でござるか?」

「シズクさん、【狐火】で灯りを作ることはできませんか? あの炎があればみんな戦いやすいと思うんですけど」

「……すまないでござる。確かにスキルはあるのでござるが、拙者は使い方がさっぱり分からないでござるよ」

「え?」


どういうことだろうか? スキルって、念じればできるんじゃないの?


「ほら、龍神洞で青白い炎を出していたじゃないですか。あ、浄化」


私は浄化魔法を放ちながらシズクさんと会話をする。


「フィーネ殿、申し訳ないでござるが拙者は――」

「あっ、そうでした。記憶がないんでしたね。ごめんなさい。でもスキルが生えているんですから、そのスキルを使うように念じれば炎が出るんじゃないですか?」

「そ、そうなのでござるか? むむむむむむ」


私がそう言うと何やら難しい顔をしてシズクさんが唸りはじめる。しかし、あの時見た青白い炎が現れることはなかった。


その様子をみたクリスさんが私に助言をしてくれる。


「フィーネ様、魔法を使う時のように正しい詠唱を覚える必要があるのではないでしょうか?」

「え? 私詠唱なんてしてませんよ?」

「それはフィーネ様だからです。普通の者は正しい詠唱を行う必要があるのです。フィーネ様に頂いた書物にもそのように書いてありました。詠唱を行わずに魔法が行使できるのは、その魔法をよほど深く理解していない限りは不可能なのだそうです。ですので、まずは詠唱を正しく覚えることが重要である、と書かれております」

「……そうだったんですね」


それは初耳だ。どうやらこんなところでもスキルレベルが MAX な弊害が出てしまったようだ。


あれ? でも別に私、他の属性魔法を使うときも別に詠唱なんてしていないよ? どういうこと?


「おい! さっさととどめを刺せ! これで最後だ!」

「あ、はいはい。浄化」


思考の途中で将軍から怒声を浴びせられ、私は浄化魔法で再生しようとする獣たちを塵へと変える。


「行くぞ」

「はいはい」


私たちは将軍の後に続いて彼が蹴破った扉の先へと進む。


すると、私たちの目に飛び込んできたのはあまりにも異様な光景だった。


元々は整然と並んでいたであろうオフィスワーク用ではない机やその残骸、割れたガラスや陶器の破片、更に小さな檻の中にある動物か何かのものと思われる骨、そういったものが雑然と散らばっていた。壁際には壊れた棚のようなものもあるが、そこに資料のようなものは見当たらない。


私はこの光景をみて何かの動物を使った実験施設という言葉が思い浮かんだ。


「酷い、光景ですね……」


シズクさんも顔をしかめている。


「おい、聖女。明かりを強くしろ。この暗さではお前にしか見えておらん」

「ああ、はい」


見えていないくせに何故ぶつからずに歩けるのか疑問でならないが、そこはもう将軍だからと自分を納得させるしかないのだろう。


私は浄化魔法の灯りを強くした。


すると動物実験室跡(仮)が白い光に照らし出され、その惨状が露わとなる。


「なっ! これはっ!」

「ひどい……」


クリスさんとルーちゃんが驚きの声を上げる。そんな二人とは対照的に将軍は眉一つ動かさずにあちこちを調べ始めた。


「これは一体何なんでしょうね?」

「姉さま、ここはとても嫌な感じがします。それに、あの谷の時から変だったんですけど、ここには精霊が一人もいないんです」


ルーちゃんが不安そうな表情で私に訴えかけてきた。


なるほど。そうだったのか。どうやらずいぶんと怖い思いをさせてしまったようだ。


精霊の見えるルーちゃんの目から見ると、森の中なのに精霊が一人もいないというのはきっとものすごく不安になることだったんだろうに、それを我慢して私たちと一緒に来てくれていたのか。


私はルーちゃんの肩をそっと抱き寄せると安心させるように優しく語り掛ける。


「大丈夫ですよ。何かあれば私がちゃんと結界で守ってあげますから」

「……はい、姉さま」


そうしてルーちゃんが落ち着くのを待ってから私も室内を調べる。しかし、手がかりになりそうな資料のようなものは一切見当たらない。


「降りる階段があるな。ここには何もない。行くぞ」


そう言って将軍はずんずんと歩いていく。


「あ、ちょっと待ってください」


私たちは急いでその後を追い階段を降りる。そして降りた先には大量のケージが積み上げられていた。そしてその中にはもちろん、動物たちの遺体が残されていた。


「……酷い」

「おい、聖女。これは一体何だ? あの妙な獣は骨は残さないはずだが?」

「おそらく、ですが、ここで動物を使って何かの実験をしていたのではないでしょうか?」

「実験、だと?」

「フィーネ殿、それはやはりあの死なない獣は何者かの手によって作られた、と?」

「はい。おそらくそうだと思います。そして何の資料も残っていないところを見ると、この施設を放棄したんだと思います」

「何故だ?」

「それは分かりません。作ったあの死なない獣が手に負えなかったのかもしれませんし、別の場所に移動したのかもしれません」

「こいつを作ったのは何者だ?」

「……将軍、それこそ私たちが知っているわけないじゃないですか」

「そうか……」


そう言うと将軍は何かないかと探し始めた。私たちもそれに倣い探すが、これといって手掛かりになりそうな何かを見つけることは出来なかった。


「ふん、どうやらこれで全てのようだな」

「そのようですね。将軍、あの動物たちがアンデッドにならないように送り、そしてここを浄化したいのですが良いですか?」

「好きにしろ」


証拠を残せ、などと言われるかと思ったが将軍はあっさりと許可してくれた。


私は許可を得たので動物たちの遺体に葬送、そして浄化魔法をかけてあげる。そしてこの施設全体を浄化するようにイメージして浄化魔法を放つ。


「浄化!」


浄化の光が大きく広がり、施設内、そして洞窟内にへばりついたドロドロした何かを浄化していく。


「う、く、結構ありますね」


そのまま私は五分ほど浄化の光を放ち続け、手応えが無くなったところで光を放つのをやめる。


そして私は努めて明るい声で語り掛けた。


「さあ、戻りましょう」

「フィーネ殿、さすがにこれは暗いでござるよ」

「えっ?」


心外だ。なるべく明るい声で言ったつもりなのに。


「姉さま、灯りがないと暗くて見えませんっ!」

「あ、そうでした」


私は気恥ずかしさから頭をかきつつ浄化魔法で灯りをつける。そして私たちは来た道を引き返すのだった。

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