第五章第5話 ユカワ温泉(1)

私たちはショッピングを楽しんでから三日後、遂にミヤコを旅立った。そして一路南へと進路を取る。目的地はミヤコの南にあるナンイ半島の突端に近い場所にあるユカワという場所を目指している。


このユカワという場所、何でも知る人ぞ知る温泉地なのだ。険しい地形の半島にある小さな町で、そのあちこちに間欠泉があり、そして何と暖かい川が流れているのだそうだ。


これは行ってみるしかない、と思った私たちは一路、南へと進路を取ったというわけだ。


え? ルーちゃんの妹探しはどうしたって?


いやいや、それもちゃんと考えているから。


このユカワのすぐ近くにはミサキという港があり、そこからサキモリへと行く船便があるのだ。つまりちょっと寄り道をしているだけで的外れなルートというわけでもないのだ。


それにユカワもミサキも港町なので、新鮮な海の幸も干物もたくさん買えるのではないかと踏んでいる。あの不愉快なマツハタ宿を通る山越えルートよりもはるかに楽しい旅になるのではないか、そう考えた私たちはユカワ経由のルートを選んだのだ。


****


そうしてミヤコを出発した私たちは十日ほどかけてユカワの温泉街へとやってきた。道中は至って安全で、私が水龍王の封印を修復したことによる影響は今のところはないように見える。


「姉さまっ!見てくださいっ! 本当に川から湯気上がってますよっ! それに、あちこちから煙が上がっていて、まるでシルバーフィールドみたいですっ!」


ルーちゃんの声に川を見るが、うっすらと川の水面から白いものが立ち昇っている。


「はは、ユカワは川が暖かいことでも有名でござるよ。それに、間欠泉も有名でござるな」

「間欠泉? ってなんですか?」

「間欠泉というのは、たまに温泉が噴き上がるでござるよ」

「ふーん?」


ルーちゃんはよく分かっていない様子だ。首をこてんとかしげている。


私も間欠泉の実物なんて見たことがないのでちょっと楽しみだったりする。


と、その時だった。


ブシュー、と凄まじい音を立ててすぐ近くの建物の敷地内から煙が立ち昇った。


「なっ! 魔物の襲撃か!?」

「今のはっ? マシロっ!」


クリスさんが剣を抜き、ルーちゃんが慌ててマシロちゃんを召喚して弓を手に取る。


「あ、いや、あの? 二人とも?」

「「え?」」


声をかけた私にクリスさんとルーちゃんは揃って不思議そうな顔をする。


「ははは、クリス殿、ルミア殿、今のは間欠泉が噴き出しただけでござるよ」

「「えええええ?」」


シズクさんのセリフに二人が声を揃えて驚いている。


私も間欠泉を見るのは初めてだが、中々にすさまじい音がするものだ。


少し遅れて温泉の湯気が私たちのほうに漂ってきた。


「私もはじめてみましたが、すごいものですね。もっと近くで見ることはできるんですか?」

「この町はそこら中に間欠泉があるでござるからな。その中には近寄れる場所もあるはずでござるよ」

「それは楽しみです」


そう言いながら私はちらりと湯気の立ち昇っている川を見遣る。その時だった。


ん? 今何かおかしなものがいたような?


私はもう一度、しっかりと川のほうを見た。だがこれといった異常は見当たらない。


うーん? 気のせいかな?


「フィーネ様、どうされました?」

「いえ、川に何かがいたような気がしたのですが、気のせいだったようです。まずはお昼にしましょう」

「わーいっ! あたし、お魚が食べたいですっ!」

「そうですね。まずは食堂を探しましょう」


そうして私たちは町の中心部を目指して歩き始めたのだった。


****


タカイソ亭。


それはこのユカワで最も美しいオーシャンビューが楽しめる旅館の一つと言われている海沿いの崖の上に建つ有名旅館だ。


食堂を探していたら何故か旅館にいた。


何を言っているのかわからない、ということはないだろうし頭がどうにかなりそうなこともないだろう。一応念のために言っておくが別に催眠術とか超スピードなわけでもない。


理由は簡単で、町中でルーちゃんのセンサーに反応する食堂がなかったのだ。そこで、ルーちゃんのセンサーに任せて歩いていたところ、町から少し離れた場所にあるこの旅館併設の食堂に辿りついたのだ。


「あたしは、この鯵たたき丼、生しらす丼、それから金目鯛の煮つけ定食、あとイサキの塩焼き! あ、それからそれからっ、このお刺身盛り合わせもお願いしますっ!」


どうやらルーちゃんは相当お腹が空いていたらしい。いつもより少し品数が多い気がする。


「私は、そうですね。このタカイソ定食というのをご飯少なめをお願いします」

「拙者は刺身定食にするでござるよ」

「クリスさんは?」

「う、そ、そうですね。私は……天ぷら定食にします」


クリスさんはいまだに生魚の食わず嫌いを続けている。


「そういえばクリスさん、生の魚はまだダメなんですね」

「はい。やはり火を通さずに食べるというのはちょっと……」

「えー? 食わず嫌いはもったいないですよっ!」


これに関しては私もクリスさんは損していると思うが、こればかりは本人の好みの問題なのだから仕方がない。


そうこうしているうちに料理が運ばれてきた。相変わらずルーちゃんだけ量がおかしい。


「いただきます」


私たちは運ばれてきた料理を堪能する。私のタカイソ定食は、鯵のたたき、金目鯛、鰯、アオリイカ、サザエのお刺身、イサキの塩焼き、えび天、烏賊の塩辛、ひじきの煮物、それにあおさのお味噌汁とご飯がついてお値段なんとたったの小銀貨 2 枚、約 2,000 円相当と信じられないほど安い。


「美味しいですね」

「美味しいですっ!」

「やはりこういった場所で食べる魚は新鮮でござるな」

「……くっ、やはりこのお箸と言うものは……」


クリスさんだけお箸の扱いに苦戦しているようだが、天ぷらを頬張るその顔はほころんでいる。


よかった。お刺身はダメでも新鮮な魚介の天ぷらのおいしさを楽しんでくれているようだ。


私もつられてえび天を食べる。サクサクの衣のしたからプリプリのえびの食感とそのうま味、そして甘みが口の中にじゅわっと広がる。


最高だ! 私も天ぷら定食にすれば良かったかもしれない。


私が食べきれない分の料理を次々とルーちゃんにパスしていると、女給さんが何かを持ってやってきた。


「はい。こちらサービスでございます。お一人様にお一つずつお召し上がりください。それでは、失礼いたします」


運ばれてきたものをみると、唐揚げのようだ。


「わーい。ありがとうございますっ!」


そう言うとルーちゃんは早速その一つ口に放り込む。


「んんっ? とり肉? の、むね肉? あっさりしていて美味しいですっ!」


それを聞いた私も食べてみる。


うん、確かに鶏のむね肉のようなあっさりとした淡白な味わいだ。


「確かに、鶏のむね肉っぽい味がします。美味しいですね」


私たちの感想を聞いたクリスさんとシズクさんも鶏むね肉の唐揚げらしきものを口に運ぶ。


「む、あっさりしていて美味しいでござるな」

「本当ですね。このお肉ならホワイトムーン王国でポッシェ として出てきてもおかしくはなさそうです」


うん? ポッシェって何?


私が聞こうとしたところでまたまた女給さんがやってきた。


「こちら、デザートでございます」


そう言って運ばれてきたのは皮を剥かれて一口サイズに切られたバナナだった。


「うん? バナナがなんでこんな気候の場所に?」

「姉さまっ! この果物甘くて美味しいですよっ!」


いつの間にかあれほどあった食事を全て平らげたルーちゃんがバナナを美味しそうに頬張っている。


私は残りの食事を食べ終えるとバナナに手を付けた。すると口の中にはバナナの豊かな甘みと芳醇な香りが広がる。


うん、幸せ!


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※ポッシェというのはフランス料理における「煮る」調理方法の一つです。沸騰しないように温度を調整する、余熱を利用するなどして低温でじっくりと時間をかけて煮込む料理方法です。こうすることで出汁がでてうま味たっぷりのスープとなり、素材も柔らかくしっとりとした仕上がりになります。

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