第五章第4話 エルフと振袖と吸血鬼

センツル、それはおよそ 800 年続く女性向け着物店で、ミヤコでもダントツに長い歴史を持つ老舗中の老舗だ。「スイキョウ様御用達」の看板を掲げる超高級店で、当然のごとく一見いちげんさんお断りだ。その敷居は途轍もなく高い。


さて、大量の食料品や調理器具、そしてお土産などを大量に買い込んだ私たちはそのセンツルへとやってきた。鶴をモチーフにした紋が縫いつけられた暖簾を掲げた立派な建物の着物店だ。


ちなみに、呉服店ではなく着物店で正しい。何故ならこの世界には今も昔も呉という国は存在しないのだ。当然、呉服などという言葉は生まれるはずもない。


さて、なぜそんなお店にやってきたかというと、それは仕立てていた着物を受け取るためだ。アーデから私への贈り物としてスイキョウ経由で浴衣を貰ったわけだが、更に振袖を仕立ててくれるというのだ。


私だけ素敵な着物を着ることに何となくうしろめたさを感じた私はその打ち合わせにルーちゃんを連れていった。そしてそのままルーちゃんの分も一緒に仕立てて貰い、それが今日出来上がったのだそうだ。


ちなみにクリスさんとシズクさんにはいらないと拒否されてしまった。


ちっ、残念! 着飾った二人も見てみたかったのにっ!


さて、センツルの中に入った私はそのまま VIP 専用ルームへ案内される。何せ、スイキョウ様直々のご指名で支払いもスイキョウ様持ちなのだ。


何となく国の財政を私物化しているような気がしないでもないが、水龍王の復活の阻止と封印の強化というお仕事はしたのでこのくらいは許されるだろう。別に、私は聖人君子なわけではなく、成り行きでなんとなくやっているなんちゃって聖女様なのだから。


ま、そう言い訳しつつも後ろめたかったのでルーちゃんという共犯者を作ったんだけどね。


さて、テッサイさんとソウジさんには外で待っていてもらい、女子だけで出来上がった着物を着付けてもらった。クリスさんが真剣な表情で着付けのやり方を覚えていたが、どういうことだろうか?


「クリスさん、どうしてそんなに真剣に覚えているんですか? あ、もしかして。やっぱりクリスさんも着ますか?」

「いえ、そうではなく。そのお召し物は着るのに手間がかかるようですのでフィーネ様のお手伝いが出来ればと」

「あ……その……ありがとうございます」


私は自分の軽率な発言を恥ずかしく思った。


私の場合、収納から出せばそのまま着た状態になるので忘れていたが、確かに着物のように複雑なものでもそれが上手くいくとは限らない。


それに、ルーちゃんはそういったことができないのだから着付けの技術は必要だろう。


だからこうやってクリスさんが配慮して裏方を買って出てくれたというのに。


本当に恥ずかしい。


「いえ。フィーネ様がこのようにオシャレをなさることは珍しいですから。こんな時くらいお手伝いさせてください」

「ありがとうございます」

「あー、クリスさん。あたしのも手伝ってくださいね!」

「ああ、ルミア。もちろんだ。それにシズク殿もいるしな」

「え? ああ、まあ、そうでござるな」


シズクさんの返事は何とも歯切れの悪いものだが、こうして私たちは真新しい振袖に袖を通した。そして早速テッサイさんとソウジさんも呼んでお披露目タイムだ。


ルーちゃんは深紅の生地に飛鶴文という羽ばたく鶴があしらわれたとても華やかな装いだ。その緑色の美しい髪をアップにまとめ、金で作られた花細工のかんざしがそこに彩を添えている。


「ルーちゃん、すごくかわいいですよ。とっても似合っています」

「えへへ、本当ですかっ? やったぁ」

「そうね。私のフィーネには負けるけど、あなたもなかなかカワイイじゃない」

「そうですかっ? ありがとうござ……え?」

「うん?」


ここにいるはずのない人物の声に私は後ろを振り返る。


「はぁ、やっぱり。今はお昼ですけど起きていて大丈夫なんですか? アーデ」

「もちろんよ。わたしの婚約者が着飾るっていうのに、見に来ないわけないでしょう?」

「ええぇ」


まあ、アーデがそういう人、いや吸血鬼なのは知っているけどさ。


「なんと! フィーネちゃんは女性と婚約しておったのか!? 」

「ええっ! そんなぁ。婚約者がいたなんて聞いていないでござるよ!?」


テッサイさんは単純な驚きなんだろうけれどさ。ソウジさん? それは一体どういう意味なのかな? 確かもう三十近いって言ってなかったっけ?


もしかしてソウジさんはロ……いや、ここは聞かなかったことにしておこう。


「そうよ。わたしの大切な大切な婚約者なの。だからね。そこの男、手を出したら許さないわよ?」


アーデから凄まじい殺気が放たれソウジさんを貫く。


「ひっ」


その殺気にあてられたソウジさんは尻もちをついてしまった。


「ほら、アーデ。そのくらいにしておいてください。それと、何度も言いますが婚約のお話はお断りですからね?」

「今は、でしょ?」


そういってアーデはお茶目にウィンクして見せた。


「はあ。全く。それとアーデ、浴衣とそれに振袖、ありがとうございます。大切に着ますね」

「ふふ、そう、気に入ってくれた? ふふ。嬉しいわ。それにしてもやっぱりあなたは素敵だわ。この振袖という衣装もよく似合うわね」

「そうですか?」


ちなみに私の振袖は淡いピンクをベースにした花柄だ。桜だけではなく種々の花々が咲き誇っており、その生地を見ているだけでも華やかでそして可愛らしいと思う。


大きな姿見に映る自分の姿を確認してみたが、自分で言うのも何だがものすごく可愛いと思う。


いや、まあ、自分の事なので恥ずかしいのだけれど。


そうだ、どうせだからリーチェにも見てもらおう。


私は杖を取り出すと軽く振ってリーチェを召喚した。


「あら? その子があなたの精霊なのね? フィーネに似てとっても可愛いわ」


しかし召喚されたリーチェは周りをキョロキョロと見渡し、そしていつもと違う格好をした私をまじまじと見つめてきた。


「リーチェ、ちょっとオシャレをしてみたんです。リーチェのお花のような柄でかわいいので、特に何かするわけではありませんが呼んでみました。どうですか?」


するとリーチェは私の周りをくるくると飛び回って全身を確認し、そして親指を立てて笑顔で満足げにサムズアップをした。


「あら、この子よくわかっているじゃない。さすが、私のフィーネの精霊ね」


そんなサムズアップしたリーチェを見てアーデはご満悦の様子だ。


それから私とルーちゃんはくるくると回ってみたり、色々なポーズを取ったり、更にはマシロちゃんを召喚してとコスプレタイムを満喫した。この世界にカメラがないのが残念でならなかった。


そして追加で小物を買ったりして私たちが満足したころにはすでに夕方となっており、テッサイさんとソウジさんは何故かげっそりしていた。


あれ? 二人とも一体どうしたんだろうね? 何かあったのかな?


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ちなみにテッサイさんとソウジさんは龍神洞では気絶していたためアデルローゼとは今回が初対面です。

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