第五章第3話 爆買い
「今日は、買い物に行きます。爆買いです」
私は朝食前の鍛錬を終えてクリスさんとシズクさんが戻ってきたので、テッサイさんとソウジさん、そして山盛りのご飯を前によだれを垂らしそうなルーちゃんにそう宣言した。
五月も中ごろに差し掛かろうという今日この頃だが、私たちは未だにシンエイ流道場でだらだら過ごしている。クリスさんとシズクさんは修行しているので良いが、私とルーちゃんは食っちゃ寝生活に近くなっているのでよろしくない。
あまりに居心地が良いのでこのままここでずっと過ごしたいという誘惑に駆られるが、私たちにはルーちゃんの妹さんを探すという大事な目的があるのだ。そろそろ旅に出る頃合いだろう。
「買い物、ですか?」
どうやらクリスさんはあまりピンと来ていないようだ。いや、この表情を見るに誰もピンと来ていないようだ。
「はい。このままここで食っちゃ寝生活を続けているもどうかと思いまして、そろそろ出発しようと思うんです」
おや? 何故か全員の視線が私に突き刺さっているような?
いやいや、ルーちゃんはこっち側でしょ? 何をさも、私は違います的な顔してるのさ!
私はこほんと咳払いを一つすると宣言する。
「というわけで、今日はミヤコの名産品、特に食材や調味料を大量購入します!」
「行くっ! あたしも行きますっ! 姉さま大好きっ!」
ルーちゃんが食い気味で賛成してきた。いとも簡単に掌を返したルーちゃんは私サイドに戻ってきたようだ。
「ふぉふぉふぉ、そういう事なら今日の稽古はお休みにして皆で行くとするかのう」
「ありがとうございます」
テッサイさんの神の一声で今日は道場の皆さんと一緒に買い物に行くことになった。
****
私たちはシジョウミクラにやってきた。スイキョウとの一件があってあまり気にしていなかったのだが、どうやらこのミヤコは碁盤の目のような構造になっていて、北から順にイチジョウ、ニジョウ、サンジョウと続き、ジュウジョウまで東西に延びる大通りがある。そこに南北に伸びる通りが交差していて、それだけで住所になっている。
なので、シジョウミクラというのは、北から四番目の東西の大通りとミクラ通りという南北の通りが交差する辺り、ということになる。
これって、前の世界の京都もそうだったりするのかな? 四条烏丸とか、聞いたことあるし。
「さて、まずミヤコと言えば味噌じゃのう」
私たちはテッサイさんに連れられて味噌店に入る。〇にヤと書かれた暖簾がトレードマークのこのお店はヤマダ味噌店というそうだ。その名の通りヤマダ家が先祖代々やっている味噌店で、何と 500 年もの歴史のあるお店だそうだ。決してヤから始まるアウトローな方々ではない。
「んー、いい香りがしますっ!」
店内はお味噌の何とも言えない良い香りが充満していて、その場に立っているだけでよだれが出そうだ。
売り物は三つだけのようだ。赤いお味噌、白いお味噌、黒いお味噌だ。
「いらっしゃい。おや、外国人とは珍しいね。何か探しているのかい?」
お店のおじさんが早速声をかけてきた。
「はい。お味噌を買おうと思っているんですが、教えてもらえますか?」
「ああ、いいとも。まず材料が違う。こっちの赤い味噌と白い味噌は大豆と米から作るんだが、こっちの黒い味噌は豆から作るんだ」
へぇ、知らなかった。
ルーちゃんも興味深そうに聞いている。
「で、同じ米なのに色が違うのは作り方と使っている麹の違いだな」
「そうなんですね。味はどう違うんですか?」
「ああ、まずこの白い味噌、これはミヤコ味噌っていってこのミヤコでしか作っていない味噌なんだがな。かなり味噌としては甘い味になるな。だが、あんまり長くはもたないから保存には注意してくれ。そんで赤味噌のほうはコクが強いのが特徴だな。こっちの黒い豆味噌は甘みが少なくて渋いけど旨みが強いのが特徴だな」
「おおー、すごいっ! 同じお味噌なのにそんな違いがあるんですねっ!」
ルーちゃんの目が輝いている。
「そうだぞ、緑の別嬪なお嬢ちゃん。特にミヤコの味噌は巫国一だからな。さ、ちょっと味見してみるかい?」
「はいっ!」
おじさんの話し相手がルーちゃんに移ったが、気にせずに私たちは試食をする。順々にお味噌をほんのひと少しずつ舐めていく。
「んっ、美味しいですっ。この白いのは西京焼き
「おお、お嬢ちゃんすごいね。その通りだよ。この赤味噌は何に使うかわかるかい?」
「んんっ? うーん? お味噌汁の味に近い気がするんですけど、ちょっと違いますよね? あれれ?」
おお、あの食通ルーちゃんが分からないで困っている。
え? 私? 味の違いは分かるけどさすがに美食家みたいなことは無理かな。
「ははは。ちょっと意地悪だったかな。赤味噌はそのまま味噌汁なんかに使ってもいいんだが、白味噌や豆味噌と混ぜて使うとより美味しくなるんだ。ミヤコの料理人たちは腕がいいからな、独自の調合で混ぜて使っているのさ」
「そうなんですねっ!」
なるほど、知らなかった。味噌といってもずいぶんと奥が深い。
「それで、どれを買っていくんだい?」
「全部っ!」
え? 全部買うの?
あ、いや別にいいのか。収納に入れておけば腐らないみたいだし。
「そうですね。全部買っていきます。量はそうですね、その樽をそれぞれ 5 個ずつお願いします」
「はっ?」「ひ?」「ふ?」「へ?」「ええと、ほ?」
順に、お店のおじさん、テッサイさん、ソウジさん、クリスさん、シズクさんだ。シズクさんはちょっと恥ずかしそうにしているので空気を読んだだけのようだ。
しかし、そんなに驚くような事ではないと思うのは私だけだろうか?
だって、ここで買っておかないと次はもう買えないと思うのだ。であれば、私は買えるときに買っておく方が良いと思う。
「ですよねっ!」
ルーちゃんは嬉しそうにしている。
「いやいやいやいや、お嬢ちゃんどうやって持っていく気だ?」
「私の収納に入れておけば大丈夫です」
「はあ? 腐っても知らんよ?」
ルーちゃんは小声で「あ」と呟いたので保存のことを忘れていたようだ。
「大丈夫です。今まで腐ったことないですから。昔、そこの三人は私の収納に入っていた大体半年のシチューを食べたことありますけど、おなか壊しませんでしたよ?」
「「「えっ?」」」
うん? 三人とも何を驚いているのさ?
「ほら。ユルギュから三日月泉に行く時ですよ。あの砂漠で食べたシチュー、大体半年くらい前に作ってもらったやつですよ。ホワイトムーン王国の王都でお世話になった人に作ってもらったシチューなんですが、美味しかったでしょう?」
「え? あ、も、もしかして、あの薬師の親方の?」
「そうです。奥さんが作ってくれたシチューなんです。前に食べさせてもらったときにすごく美味しかったので、その時にお願いしてお鍋ごと分けてもらったんです」
クリスさんが口をパクパクしている。
あ、何だかこの口パクパク、久しぶりに見た気がするな。前に見たのはいつだっけ?
そんなどうでもいいことを考えているとシズクさんとルーちゃんがフォローしてくれる。
「ま、まあ、確かに腐っていなかったでござるし、味も問題なかったでござるな」
「そ、そうですよね! あの時のシチューも美味しかったですもんねっ!」
「はい。というわけで、問題ないので買っていきます」
「お、おう。わかったよ。じゃあ、どの味噌も樽一つは金貨 1 枚、それが 5 樽ずつだから、ええと……」
「15 枚ですね」
おじさんが指折り数えている先回りして答えてあげる。さすがにこのくらいなら暗算できる。
大体 75 万円くらいか。うん、この量なら十分安いね。
「ええと、そ、そうだな。金貨 15 枚だ。15 枚も!?」
おじさんは一体何を驚いているというのだろうか?
「じゃあ、これでお願いします」
私は金貨 15 枚を手渡すとそのまま倉庫へ行き、お味噌の樽を収納に次々と放り込むのだった。
その後も醤油やお酒、みりん、鰹節や昆布、乾燥シイタケなどの乾物、それにうどんやお米などの主食、ネギなどの野菜、さらにおそらくネギナベ川で泳いでいたと思われる鴨肉などを大量に買い込み、更に調理用の鍋や包丁なども一通り買い込んだのだ。もちろん、お土産用の小物を買うのも忘れていない。
「ま、まさかここまで沢山買われるとは」
「クリスさん? 私ちゃんと言ったじゃないですか。今日は爆買いしに来たんですよ」
「これが……爆買い……」
クリスさんが何故か唖然とした表情をしているが、もしかして無駄遣いとでも思われたかな?
うーん、別に無駄遣いをしているわけではなくて後でちゃんと食べるし使うんだから良いと思うんだけどなぁ。
正直、どっかの誰かさんに連れていかれた高級ホテル三昧よりもよっぽど有意義だと思うよ?
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※)西京味噌がないのに西京焼きとは如何に、と思われた方がいらっしゃるかもしれませんがそこはスルーして頂けるとありがたいです。現在「西京味噌」は普通名称となっており商標としては効力を持たないようですが、特定の味噌蔵の商品でもありますので作中では敢えて別の名称としました。べ、別にサキモリで西京焼きの名前を出したときに忘れてたとか、そんなんじゃないんだからねっ(汗
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