第四章第35話 クリス vs. シズク

私の名乗りにも答えずに無表情のシズク殿が一気に踏み込んできた。


速い! だが、反応はできる。


私はその一撃を受け流すとカウンターの一撃を合わせる。しかしシズク殿はひらりと躱すと距離を取る。


「はっ!」


私は気合を入れてシズク殿との距離を詰めると納刀させる間もなく攻撃を加えていく。シンエイ流の極意である居合を潰すためだ。


キイン、キイン、キイン


私の攻撃をシズク殿が刀で裁いていく。シズク殿の表情は凍り付いているため何を思っているのかを読み取ることはできないが、ユルギュで試合をした時ほどの差は感じない。


これは私が強くなったのか、それともスイキョウに操られているせいで精彩を欠いているのかはわからない。だが、あの様子を見るにここでシズク殿はお師匠様を斬ったのだろう。だとすると、ここで私が止めなければその刃がフィーネ様に向くことだってあり得るだろう。


フィーネ様が斬られるなど、そんなことがあってはいけない。世界のためにも、そしてシズク殿のためにも、それだけはさせてはならない。


シズク殿が反転攻勢に出てきた。シズク殿の上段からの袈裟斬りをセスルームニルで受け止めてそのままかち上げる。そしてそのまま前蹴りを入れてシズク殿を吹き飛ばして距離を取った。


「私も強くなったのだ。シズク殿、今度はユルギュの時のように行かぬぞ?」


その心に届くかは分からないが、私はあの時やられたように挑発をし返す。シズク殿は無表情のままだ。すっと棒立ちの姿勢をとり、そして刀を軽く一振りした。


すると次の瞬間、青白い炎がシズク殿の周りに一、二、三、四つ現れた。


「な?」


そしてシズク殿が刀をもう一振りするとその青白い炎が私に向かって襲い掛かってきた。


「くっ」


私はすんでのところでその炎を躱すと一気に間合いを詰める。


しかしそこにはシズク殿が居合の構えで私を待ち構えていた。


私は全身全霊の力を込めて急停止し、シズク殿の抜刀からの二連撃を躱す。ギリギリで躱したため、私の前髪が何本かはらりと落ちたのを感じる。


「操られていてなおこの強さ、か。しかしあの炎は一体?」


私は思わず呟く。


「クリス殿! 気を付けるでござる。それはシズクの降ろした黒狐の使う【狐火】という術でござる!」


橋の向こう側からソウジ殿がそう叫んでいる。


なるほど。どうやらシズク殿は黒狐という悪霊のようなものに憑りつかれているということのようだ。それならば倒した後にフィーネ様の浄化で救えるかもしれない。


そう頭の中で思考を巡らせていると、シズク殿が再び狐火を打ち込んできた。


「シズク殿! 同じ手は通用しないぞ!」


私は体の軸だけずらして躱すと再びシズク殿との距離を詰める。当然のようにその先には居合の構えでシズク殿が私を待ち受けている。


私はあえてシズク殿の間合いへと入り込む。


音もなく神速の抜刀からの斬撃が私を襲う。


だが私はそのシズク殿の刀を目掛けてセスルームニルを叩き込む。


セスルームニルとシズク殿の刀がぶつかり合う。


そして激しい音を立ててシズク殿の刀が砕ける。


シズク殿は慌てて後方へと飛び退った。


「シズク殿、シンエイ流の奥義はこのクリスティーナが破ったぞ! さあ、もう目を覚ませ! シズク殿は魔物になるためにここに来たわけではないはずだ!」


しかしシズク殿の表情は凍りついたままでなんの反応もない。


「くっ、ダメか」


シズク殿は刀の鞘を投げ捨てると予備の刀を抜いた。シズク殿の残る刀はその一本だけだ。あれを何とかすれば取り押さえられるかもしれない。


シズク殿は刀を振り狐火を私に打ち込んでくる。


「シズク殿! 何度やったとしても同じだ! その程度の炎は私には当たらない」


打ち込まれた炎をかいくぐり再びシズク殿に近づく。


しかし私の予想とは反してシズク殿はその持ち前の素早さで距離を取ると再び狐火を打ち込んできた。


なんと、シズク殿は剣での勝負をやめ炎による攻撃を主体とすることに切り替えてきたのだ。


「シズク殿!」


再び 10 メートルほどの距離を保って私はシズク殿と対峙する。


「ならば!」


私は一直線に突っ込むのではなく弧を描くように移動しつつ、徐々にシズク殿との距離を詰めていく。


シズク殿は刀を砕かれたことで斬り合いを避けるようになっている。この状況ならばいけるはずだ。


狐火による攻撃を躱し、時にはセスルームニルで受け止めその動きを少しずつ誘導していく。


そして私はついにシズク殿を隅の水際へと追い詰めることに成功した。


「さあ、もう後はないぞ? シズク殿」


シズク殿は覚悟を決めたかのように納刀すると居合の構えを取った。恐らくもう一度同じやり方をしても刀を砕くことはできないだろう。


「さあ、最後の勝負だな」


私は地面を蹴って走り出すとシズク殿との距離を詰める。そして私はセスルームニルを振り上げ上段から面を打ち込む構えを取る。


シズク殿は先ほどよりも一瞬遅れたタイミングで抜刀からの一撃を繰り出してきた。


ふ、読み通りだ。


私はセスルームニルを振り下ろすのではなくその柄をシズク殿の刀に討ち当てる。


バキイィン


金属音と共にシズク殿の斬撃が逸らされ、そして私はセスルームニルを弾き飛ばされる。


シズク殿が崩れ体勢から二撃目を振り下ろしてくる。


私はその振り下ろしの一撃を地面に転がって躱す。そしてやや崩れた体勢ではあるがフィーネ様の浄化魔法が付与された剣で抜刀からの居合切りをシズク殿に打ち込む!


パキッ


シズク殿は私の居合切りにも反応して刀で私の抜刀からの一撃を受け止めた。だがその瞬間、私の剣とシズク殿の刀は共に折れてしまい、その破片が飛び散った。


そして、フィーネ様の浄化魔法が付与された私の剣の破片がシズク殿の肩口に突き刺さる。


その瞬間、その破片から白い光が迸った!


「ああああああああ」


シズク殿が初めて大きな声を上げて苦しみだす。


私はその間にセスルームニルを拾い上げて構え直した。


そしてその光が消えた後には、肩口から血を流しつつもなおも戦闘を続けようとする無表情のシズク殿の姿があった。

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