第四章第34話 生贄の巫女

シズクさんのキリナギを奪還した私たちは、イッテン流の道場を脱出するとソウジさんの先導で龍神洞へと辿りついた。龍神洞は御所の北の山にある洞窟で、八頭龍神が封印されているのだという。


生贄の儀式はその龍神洞内部にある地底湖に浮かぶ祭壇で行われるのだという。


私たちが龍神洞の前に辿りついた時には既に日は落ちており、警備の兵士たちの焚いていたであろう松明の灯りのみが闇を照らしている。


どうやらテッサイさん達は既に侵入した後なのだろう。龍神洞の周りを警備していた兵士たちは粗方倒されており、私たちを止めるものは誰もいなかった。


私たちはそのまま洞窟の中へと歩を進める。洞窟の中は一本道になっており、特に迷うことはなさそうだ。


そして私たちの目の前には長い階段が現れる。私たちは足元に注意しながら長い階段を降りていく。


すると、下のほうからかすかに声が聞こえてきた。


「……ク…………ろ……じゃ……」


その後金属同士がぶつかるような音が聞こえてくる。そして何回かその金属音がし、そして最後に断末魔のような声が聞こえるとそのまま静かになった。


「今の声は、テッサイさん!? 急ぎますよ!」

「はい!」


私たちは階段を慌てて駆け降りる。そして階段を降りた先で私たちが見たのは地底湖に浮かぶ巨大な祭壇とその前で大量の血を流して倒れるテッサイさん、そして巫女服に身を包み鮮血に染まった刀を持つシズクさんの姿だった。


「シズクさん! テッサイさん!」


階段のある場所から祭壇までは石の橋がかかっており、私たちはその橋の上を祭壇目指して走っていく。だが橋の中ほどまで来たところで見えない壁に阻まれて進めなくなってしまった。


「シズクさん!」

「シズク殿!」


私たちはシズクさんに呼びかけるがまるで反応がない。これは一体どういうことだ?


「ほほほ。聖女フィーネ・アルジェンタータよ。遠路はるばる、ご苦労じゃったのう」


シズクさんの隣に黒髪の女性が姿を現す。年のころは二十歳くらいだろうか? ずいぶんと色気のある美女だ。しかし、私はこの女を知らない。


「……あなたは?」

「そなたたちが面会の申し込みをしてきたというに、つれないのう」

「まさか、スイキョウ?」

「その通りじゃ。妾がこの国の女王スイキョウじゃ」

「え?」


こいつ、在位三十五年じゃなかったっけ? なんでこんなに若いの?


「この娘を救うためにそこで転がっておる愚か者と手を組んだようじゃが、ちと遅かったのう。こやつは既に妾の思うがままじゃ」

「な?」

「せめてもの情けじゃ。こやつが生贄に捧げられる様をそこから見届けることを許してやろうぞ。ほほほほほ」


スイキョウがいやらしい顔で私たちを見下ろし、勝ち誇ったように高笑いをしている。


「さあ、シズクよ。命令じゃ。祭壇に上がり【降霊術】を使うがよい」


シズクさんはその命令に従いゆっくりと祭壇の方へと歩き出す。シズクさんの表情は凍り付いており何の生気も感じられない。


「シズクさん! ダメです! シズクさん!」

「ほほほほほ、無駄じゃよ。そこで黙って見届けるがよい」


そう言い残すとスイキョウも祭壇へと歩き出す。


ガキィィィィン


クリスさんがセスルームニルを突き立てるが見えない壁はびくともしない。


「く、それなら」


私はキリナギの封印を解いた時の要領で聖属性の魔力を見えない壁に無理やり浸透させていくが、この見えない壁はなかなか崩れてくれない。


私がもたついている間にシズクさんは祭壇へとあがり、祈りを捧げるような姿勢を取る。


そしてシズクさんの周囲に灰色い靄のようなものが徐々に集まってくる。その靄は徐々にシズクさんの体を包み込み、やがてシズクさんの体は淡い光に包まれた。


そしてその光が眩い光へと変わり、洞窟内を明るく照らし出た。


その光が収まると、そこには黒い耳と尻尾を生やしたシズクさんの姿がそこにあった。


「ふむ、黒狐じゃったか。まあ、悪くはないの」


そう言ってスイキョウはシズクさんの髪を、そして頬を、そして新しく頭の上に生えてきた黒い耳を撫でつける。


その手は黒い靄に包まれており、撫でつけるたびにその黒い靄がシズクさんに塗りこまれていくかのように見える。


シズクさんは最初に一瞬だけピクリと眉を動かしたが、その後は特に抵抗する素振りも見せずされるがままにしている。


ええい、これ以上好き勝手にやらせるもんか!


私は全力で見えない壁に聖属性の魔力を叩き込む。


ピシッ


壁にひびが入ったかと思うと次の瞬間、見えない壁は粉々に砕け散った。


クリスさんがその瞬間に駆けだしてテッサイさんを庇うような位置を取る。私はその後ろに隠れるように入るとすぐに治癒魔法をかける。


「テッサイさん、今治しますからね」


治癒魔法で傷が治っていく。ピクリとも動かなかったため心配していたが、どうやらまだ生きていてくれたようだ。これなら助けられる!


「……キキョウ……すまぬ……」

「キキョウ?」


そう呟いてテッサイさんはそのまま意識を失った。キキョウとは一体誰のことだろうか?


しかし私はそれを頭から追いやるとすぐに指示を出す。


「ソウジさん! テッサイさんを安全な場所へ! シズクさんは私たちが助けます!」

「わ、わかったでござるよ」


私は一命を取り留めたテッサイさんをソウジさんに託す。


「ほほほ、妾の結界を破るとは、やるではないか。聖女フィーネ・アルジェンタータ。そんなにこの娘を助けたいのかえ?」

「シズクさんは私たちの大事な仲間です。返してもらいます」

「ほほほ、じゃがこの娘は自らの意思で八頭龍神様の御許へ旅立ちに来たのじゃぞ? そなたらに止める権利なぞないと思うがの?」

「私は認めません」

「ならば、そなたが代わりに生贄になるかえ? そなた一人の命で何十万人という民の生活が守られるのじゃぞ?」

「な? 何を?」

「ほほほ、そうじゃ。良いことを思いついたぞえ。これから妾の国では八頭龍神様へその身を捧げる女のことを聖女と呼ぶことにしようぞ。ほほほほ」

「生贄によって守られる平和などまやかしです。私はそんなものは認めません!」


そう叫ぶように言い、そして私はスイキョウを睨み付ける。


「ほほほ。ならば仕方ないのう。そなたたちもこの娘と仲良く生贄としてくれよう。それだけの魔力があればさぞ良い糧となろうて。シズクよ、命令じゃ。あの者たち倒して拘束するじゃ」


一切表情のないシズクさんがテッサイさんの血がこびりついた刀を手にこちらへと歩いてくる。


「フィーネ様、シズク殿は私が止めます。必ずや止めて見せます! ですのでフィーネ様とルミアはスイキョウを抑えてください。どうか! よろしくお願いします!」


クリスさんはそう言うとシズクさんの前へと進み出た。


私は沈黙のうちにそれを見送った。


「我が名はクリスティーナ、ホワイトムーン王国聖騎士にして聖女フィーネ・アルジェンタータ様の盾なり。シズク殿、約束を果たしに来た。さあ参られよ!」

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