第四章第36話 女王スイキョウ

「ほほほ、たった二人で妾と戦うのかえ?」

「……十分です」


強がりだ。でも弱みは見せられない。クリスさんがシズクさんを止めるまでの時間稼ぎさえすればいいんだ。


「ほほほ。ではその力を見せてもらうとするかのう」


スイキョウはそう言うと水の矢を作り出して私たちに向かってと飛ばしてきた。私は防壁でそれを受け止める。


「マシロっ!」


マシロちゃんの風の刃がスイキョウを襲う。それは確実に首筋を捕らえた!


「おや? こんな地下で心地よいそよ風が吹いておるとはのう」


しかしスイキョウには全くダメージが入っていないようだ。


「そんなっ!」

「ほほほ。そんな生まれたばかりの精霊が妾に傷をつけることなどできるはずがないであろう? エルフの小娘よ」

「くっ」

「攻撃とはの、こうやるのじゃよ」


次の瞬間、次々に水の刃が打ち込まれてくる。延々と打ち込まれ続けるそれを私はそれを防壁で受け止め続ける。


そうして五分くらいたっただろうか。スイキョウがふと攻撃の手を止めた。


「ふむ。守っているだけかえ? それとも、誰かが助けに来てくれるのを待っておるのかのう?」


私たちを挑発しているかのような口調だ。


「例えば……」


次の瞬間スイキョウの姿が消える。いや、高速で移動したのだ。


私は慌てて私とルーちゃん、そしてマシロちゃんを守るように結界を展開する。


「ほほ、良い反応じゃのう。じゃが、ハズレよ」


私は声の聞こえてきた橋のほうを振り返る。


そこには、片手でスイキョウにのど輪をされて首を締められているソウジさんの姿があった。


ソウジさんは「カハッ」と苦しそうに呻いている。


「ふむ。こ奴では弱すぎて生贄とする価値はないのう」


そう言ってスイキョウはそのまま片手でソウジさんを洞窟の壁へと投げつけた。壁に背中から思い切り叩きつけられたソウジさんは力なくその場にへたり込んでしまった。


「あそこの死にぞこないのジジイにも最早価値はないのう。戯れで生かしておいてやったが、やはり五十年前のあの時に一緒に生贄にしてやればよかったかのう?」


スイキョウは底意地の悪い声でそんなことを喋っている。


「ああ、じゃがあの娘を妾の生贄としてしっかりと育ててくれたのじゃ。やはり生かしておいて正解じゃったかの。のう? 聖女フィーネ・アルジェンタータ。そう思わぬか?」


スイキョウは嫌らしい笑みを浮かべている。


「な、何を言って……ん? 『妾』の生贄? 生贄は八頭龍神という魔物が喰らっているんじゃないんですか?」

「ほほほ、そうじゃのう。じゃが妾でもあるのう」

「……まさか」

「ほほほ。ようやく気付いたのかえ? 案外聖女様は頭が鈍いのじゃのう」


いや、そんなことでディスられてれても……。


「つまり、あなた自身が八頭龍神だと?」

「そういうことじゃ」


そう言ってニヤリと笑う。


「いや、でもスイキョウが即位したのは三十五年前のはずです。何であなたが五十年前の話をしているんですか!」

「ほほほ、やはり聖女様は頭が鈍いのう。こんな馬鹿が聖女様では人類の未来は危ういのう」


嫌味たっぷりにそう言って挑発してくる。どうやら答える気は無いようだ。私は話を変えてみる。


「む。ではマツハタ宿のヤシチ、という男を知っていますか?」

「マツハタ宿? ああ、あの馬鹿どもの村か。ほほほ、呪いの岩を置いて馬鹿どもを騙すのも一興であったぞえ? 最近どうもあそこから力を吸いだせぬと思っておったが、そなたの仕業であったか」

「な! それじゃああのオタエヶ淵の呪われた岩はあなたの仕業だったんですか!」

「ほほほ。よくできていたであろう? 恋人を思って身を投げた娘の魂を媒介に集めた力は美味であったぞよ。しかも男のほうは身を投げたその女の情念によってとり殺されるのじゃ」

「な……」

「ほほほほほ、素晴らしいからくりじゃとは思わぬか? 女は男を想って死に、その想いによって男は死ぬのじゃ。そしてそのような愚かな事をした女は男を探して 5 年間彷徨い、そして最後は岩に閉じ込められてその罪を未来永劫償い続けるのじゃ。そしてそれは妾の糧となるのじゃよ」


スイキョウは心底楽しそうに喋っている。なんて性格の捻くれた奴なんだ。


「……悪趣味ですね。恋人を想う女性を呪って無理やり自殺させたのはあなたじゃないですか!」

「妾は手助けをしてやっただけよ。それに、あの村に災害が起きぬようにしてやっていたのは事実じゃよ。妾の力が無ければあの村なぞとうの昔に谷底よ」


そう言うとスイキョウは私たちのほうへと歩いてきた。そして私の結界を手で触る。


「さて、その厄介な結界を破壊させてもらうとするかの」


スイキョウが私の結界を砕くために闇属性の魔力を流し込んでくる。


「くっ、負けません」


私は闇属性の魔力を聖属性の魔力で拒絶し、結界を維持する。


「ほほほ、中々やるのう。じゃが、魔力はもつのかえ?」

「このっ、程度っ」


私はキッとスイキョウを睨みつける。その時だった。眩い光が洞窟内を照らし出す。


「ああああああああ」


シズクさんの悲鳴が聞こえる。ちらりと声のした方を見遣ると、シズクさんが肩から血を流していた。


「何っ!?」


スイキョウが驚いてそちらを振り返る。


今だ!


私はありったけの力でスイキョウの腹を思い切り殴りつけた。


「ガハッ」


スイキョウの体がくの字に曲がり祭壇の中央へと吹っ飛んでいく。そして地面に落ちて三回ほど転がると停止した。


いてて。殴った拳が痛い。


だけど、あそこまで吹っ飛ぶとは私も予想外だった。やはりステータス的にもパワーはある方のようだ。剣の才能はゼロみたいだけどね。


「おのれ。その滅茶苦茶の素人丸出しの拳で妾を吹き飛ばすとは、聖女のくせに何という馬鹿力じゃ。ええい、こうなったらあの娘を!」


私が痛む拳に治癒魔法をかけているとスイキョウはそう叫び、そしてその体から黒い靄のようなものを発した。その靄はシズクさんの全身を包み込んでいく。


「シズクさん!」


私は慌ててシズクさんの周りに結界を張りその黒い靄からシズクさんを守ろうとする。


「ほほほ、もう遅い。これであの娘はもう戻らぬ。ほほほほほ、ほほほほほほほほ」


スイキョウの不快な高笑いが響き渡る中、黒いオーラを立ち昇らせたシズクさんが私の張った結界の中からゆっくりと出てきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る