第三章最終話 別離

私たちはゆっくりと眠り、すこし遅めの朝食を取っていた。


「姉さまっ! 美味しいですねっ!」


朝からルーちゃんがいつものように食べている。


「ふふっ。ルーちゃんは相変わらず美味しそうに食べてますね」

「だって美味しいですから!」


幸せそうな笑顔で話すルーちゃんを見ているとそれだけで元気が出てくる。


「次は帝都でござるな。出発はいつ頃にする予定でござるか?」

「うーん、そうですねぇ。今日と明日は休養日にして明後日出発にしましょう」

「了解でござる」


そうこうしているうちにルーちゃんが食べ終わったようだ。私たちが席を立とうとすると宿の男性が私たちのところにやってきた。


「お食事中失礼いたします。フィーネ・アルジェンタータ様、シズク・ミエシロ様、クリスティーナ様、ルミア様でお間違いないでしょうか」

「はい」

「昨晩の件で皆様を町長様がお呼びでございます。今から二時間後に迎えの馬車が参りますのでロビーまでお越しください」

「わかりました。思ったよりも早かったですね」


こうなることは予想できていたし、明日出発にするとこれで引き留められるかと思っていたのだが、これなら明日出発でも問題なかったかもしれない。


「それと、シズク・ミエシロ様は」

「拙者でござる」

「こちら、お手紙をお預かりしております」

「かたじけない」


そう言って封筒を受け取ったシズクさんはそのまま懐にしまい込んだ。


だが、シズクさんが受け取った瞬間、表情が固まったように見えたのは私だけだろうか?


「シズクさん?」

「……ん? どうしたでござるか? フィーネ殿」


なんとなく気になって声をかけてみたが特に変わったところはない……かな?


「いえ。どなたからのお手紙ですか?」

「実家からでござるよ。いまだにこうして居場所を突き止めては手紙を送ってくるでござる。いやはや、付きまとわれて困っているでござるよ。ははははは」

「そうですか。ご家族に愛されているんですね」

「はは、どうでござるかなぁ」


うーん、なんか様子が変な気もするんだけどな。


「さて、拙者は一足先に部屋に戻っているでござるよ」


そう言うとシズクさんはそそくさと部屋へと戻っていった。


「うーん、少しだけお茶でも飲んで時間を潰しましょう。お手紙を読む時間もあるでしょうし」


こうして私たちは 5 分ほど時間を潰してから部屋へと戻った。


****


「フィーネ・アルジェンタータです。こちらから順にルミア、クリスティーナ、シズク・ミエシロです。本日はお招きいただき感謝します」


私は小さく礼を取り挨拶の口上を述べる。


「ようこそお越しくださいました。私は町長のルゥーチァォでございます。聖女様、そして従者の皆様、この度は吸血鬼を討っていただきありがとうございました。皆様のご尽力のおかげで我が町は吸血鬼の巣とされずに済みました。町を代表して心より御礼申し上げます」


痩せた中年の男性がそう言うって恭しく頭を下げた。


「当然のことしただけですから」

「またまたご謙遜を。こちらに、皆様方へとのお礼をご用意いたしました。どうぞお受け取り下さい」


町長さんがそう言うと、口を閉じた小さな布袋がお盆に乗せられて運ばれてきた。そしてお盆を運んできた女性と一緒に私たちの前まで歩いてくると、一人ずつに布袋を手渡していった。


チャラチャラと金属音がしているので中にお金が入っているのだろう。


「ありがたく頂戴します」

「ところで、聖女様はこの後ご予定はございますか?」

「いえ。特にこれといった予定はありません」

「それは良かった。是非、この町をご案内したく」

「ありがとうございます。お申し出、ありがたくお受けいたします」

「おお、ありがとうございます」


こうして私たちはそのまま町長さんの案内で町の名所を見て回った。そして今は昼食をご馳走になっている。


「なるほど。聖女様が武器に祝福を授けておられたのですか。衛兵たちの報告で、聖女様の従者の方が吸血鬼を斬ると浅い傷一つでも灰になったとの報告があったのですが、そのような理由だったのですね。いやはや、さすがは聖女様。おみそれいたしました」

「私たちの使う武器は全て浄化魔法が込められていますので、吸血鬼やアンデッドには効果が高いはずです。剣まで用意したのはフゥーイエ村で不死の獣と戦ったことが直接の理由ですが」

「不死の獣、でございますか?」

「はい。そうです」


私はフゥーイエ村と、そこからこの町までの道中での話をした。


「なるほど、そのようなことが。聖女様、もしよろしければ私どもの武器にも祝福を賜ることはできませんでしょうか? もちろん、お礼はお支払いいたしますので」

「はい、もちろんです。この町を守るのにも必要でしょうから」

「おおお、ありがとうございます」

「では、食べ終わったら早速お邪魔してもよろしいでしょうか?」

「今からやっていただけるのですかっ? ありがとうございます!」


こうして私は町長さんの依頼で衛兵たちの武器に付与をすることになった。これでフゥーイエ村との間道も多少は安全が確保できるだろう。


「私はフィーネ様と共に残るがルミアとシズク殿は?」

「あたしは屋台の食べ歩きに行ってきますっ!」


ルーちゃんは相変わらずだね。いつも通りルーちゃんにはリーチェにくっついていって貰おう。


「拙者も町をぶらついてみるでござるよ」

「分かりました。それではまた後で」

「……では失礼するでござるよ」


あれ? やっぱり様子がおかしいような?


こうしてルーちゃんとシズクさんは町へと繰り出していった。


「クリスさん、なんだかシズクさんの様子がちょっと変だと思いませんか?」

「そうでしたか? 私は特には感じませんでしたが……」

「うーん、それなら良いのですが」


私はこの時シズクさんにちゃんと声をかけなかったことを心の底から後悔することになった。


****


そして夕方、私たちが町中の武器に浄化魔法をありったけ付与してから宿に戻ると、顔面蒼白のルーちゃんが私たちをロビーで出迎えた。


「姉さまっ! 姉さまっ!」

「ルーちゃん、落ち着いて。何があったんですか?」

「シズクさんが、シズクさんがっ!」

「それだけじゃ分からないですよ」

「シズクさんがいなくなっちゃったんです!」

「えっ?」

「あたしがさっき戻ってきたら部屋に荷物が無くて、それで、それで……」

「と、とりあえず部屋へ行きましょう」


私たちは急いでルーちゃんとシズクさんの部屋へと向かった。そこにはシズクさんの荷物は無く、この町で買ったシズクさんの刀と封筒が置かれていた。


「シズクさん、やっぱり何かあったんじゃ……」


私は不安に駆られながらも封筒を開け、手紙を読む。


────

親愛なるフィーネ・アルジェンタータ殿、クリスティーナ殿、ルミア殿


このような形で出ていくことになった事、大変申し訳なく思っているでござる。


拙者が今朝受け取った手紙は本家からの召喚状でござる。拙者には生まれた時より定められた使命があり、ついにその使命を果たす時が来てしまったでござる。それ故、フィーネ殿のパーティーを抜けさせていただく事を決心した次第でござる。


ほんの数か月という短い間ではござったが、拙者一人で旅をしていた時とは比べ物にならぬほどの体験ができたこと、心より感謝しているでござる。


ルミア殿、妹君を共に探すとの約束を違えてしまうこととなり申し訳ないでござる。無事に妹君が見つかることを心から願っているでござる。それと、食べすぎには注意するでござるよ?


クリス殿、再試合の約束を果たせずに去ること、申し訳なく思っているでござる。拙者も楽しみにしていたでござるが、それが果たせなかったことを残念に思っているでござる。もし来世があるのなら、その時こそはまた手合わせをお願いしたいでござる。


そしてフィーネ殿、聖女、そして恵みの花乙女という二つの重責を担いながらも謙虚で穏やかで、そして困っている者たちに自然と手を差し伸べ続ける優しさと時として突き放す強さを、貴女自身に与えられた試練にも負けずに持ち続けるその生き方を心より尊敬しているでござる。


もっと早く出会えていれば、このような時がずっと続けばと、どれほど願ったかは分からぬでござる。しかし貴女のその懸命な姿を見て、拙者も逃げずに使命を果たすことを決意したでござる。


貴女殿と出会うことが出来なければ使命を果たす勇気も持てなかったかもしれないでござる。


ありがとう。


貴女の、そして皆の顔を見れば決心が鈍ってしまうかもしれぬ故、この手紙を残して拙者はゆくでござるよ。


拙者が貴女をもうお守りすることができない事は心残りではござるが、貴女の旅の無事と今後の活躍を心から祈っているでござる。


感謝を込めて。


シズク・ミエシロ

────


手紙の最後のほうの文字はところどころ滲んでいた。


「なんですか! これは! 内容がまるっきり遺書じゃないですか!!!」

「シズク殿……」

「姉さま……」

「あーもう。私はこんなの認めませんよ。仲間だって言ったのに。勝手に死ぬようなことはしないって約束したのにっ! どうしてみんなそうやって勝手に勘違いしてっ!」

「フィーネ様、落ち着いてください」


思わず声を荒らげてしまったところをクリスさんに窘められる。


「とにかく、急いで追いかけましょう!」

「フィーネ様、もう日が沈んでおり門も閉じております。危険ですので明日に」

「……」


確かに、こんな置き手紙を残した以上はもうこの町にはいないだろうし、このまま闇雲に飛び出しても意味がないだろう。


「わかりました。明日の朝一で出発しましょう」


シズクさんの果たすべき使命とは何なのか。


そしてシズクさんは無事なのか。


私はこうして眠れぬ一夜を過ごすこととなったのだった。


================

もしよろしければ、★で応援していただけると嬉しいです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る