第三章第44話 プロポーズ

我ながら間の抜けた声が出たものだと思う。


「フィーネ様っ! って、この状況は一体?」


丁度いいタイミングなのか悪いタイミングなのかよく分からない絶妙なタイミングでクリスさんたちがやってきた。


私がアデルローゼさんとクリスさんたちの間で視線を往復させているとアデルローゼさんが追撃をかけてきた。


「ねぇ、フィーネ。わたしは本気よ? わたしと結婚してちょうだい?」

「なっ?」

「えっ? 姉さま?」

「お、女同士でござるかっ?」


初対面の美女に結婚を申し込まれた驚きと、そしてそれをよりにもよってクリスさんたちに見られたという恥ずかしさで私は頭が真っ白になってしまった。





はっ!


すー、はー、すー、はー


よし、大丈夫。生きてる。ええと、なんだっけ?


ああ、そうだ。求婚されたんだ。


「あの、ええと、私と結婚したい、と?」

「そうよ。一目惚れなの」

「ええと、その、私は女性なんですけど」

「性別なんて愛があれば関係ないわ」

「あ、その、ええと、うーん?」


はっ!


そもそも何を迷ったんだ。初対面で結婚なんてあり得ないじゃないか。


「ごめんなさい。よく知らない人との結婚なんて考えられないです」

「ということは、お互いのことをよく知ったら良いってことよね?」

「はい?」

「やった! それじゃあ、ちょくちょく会いに来るわ。わたしはあなたと違って昼間は得意じゃないから夜に会いに行くわね?」

「え、えと? あの?」

「それと、大きめのベッドで寝るようにしてね? シングルだとわたしが一緒に入ったら狭くなっちゃうものね。あ、でも狭いベッドで密着するのも悪くないわね」


って、夜這いする気かい!


「いえ、来ないでください。い、いきなり同じベッドで寝るだなんて」

「じゃあ、いきなりじゃなければ良いのね?」

「そういうことじゃないです」


あまりの出来事にびっくりしたけど、要するにこいつは単なる変態さんじゃないか。


「えー、どうしてだめなの?」


首を傾げて可愛らしいポーズを取っているが騙されるもんか。そう、こいつは変態さんだ。


リエラさんといいこいつといい、どうして私の周りには定期的に変態が湧いてくるんだ!


「私が嫌だからです」

「でもぉ」

「いい加減にその手を放せ。フィーネ様は嫌がっておられる」


クリスさんが間に割り込むと私の手を握っていたアデルローゼさんの手を引き剥がす。


「ちょっと、何をしてくれんのよ!」


アデルローゼさんは怒りの表情を浮かべてクリスさんを睨み付けたので私は慌てて間に入る。


「待ってください。ここで暴れるのはやめて下さい。それとアデルローゼさん、彼女たちは私の大切な仲間です。彼女たちに何かしたら私はあなたを浄化しますよ」


私としてはすごんだつもりなのだが、アデルローゼさんはどこ吹く風だ。


「ええ? そうなの? 仕方ないわね。わかったわ。ええ、フィーネがそう言うなら何もしないであげるわ。でも、そのかわり、私のことはアーデって愛称呼んで? さんづけもなしよ?」

「え? ええと?」

「アーデ、よ」

「あ、アーデ?」

「ふふっ、フィーネ。いいわ。いいわ。今日のところは連れて帰るのを諦めてあげる。でもずっとずっとあなたのところに通うわよ? こんなに素敵なお嫁さんはいないもの。絶対に逃がさないわ。百年でも二百年でも、あなたの気が変わるまでアタックし続けるわ」


そう言うとアーデはするりと私たちから離れる。そして「それじゃあまたね」と言い残すと影の中へ溶けるように消えていった。


「フィーネ様、あの女は一体?」


クリスさんが慌てた様子で私に聞いてくる。


「アデルローゼ・フォン・シュテルネンナハト、という吸血貴族だそうです」

「「「吸血貴族!?」」」


三人が揃って驚きの声を上げる。すごい、ぴったり揃っていて私もびっくりだ。


「吸血貴族って、あの吸血鬼の上位種族の吸血貴族ですか!?」

「らしいですよ」

「フィーネ殿はそれに求婚されたでござるか?」

「……みたいです」

「姉さま、すごいっ!」


うん、そうだね。私もすごいとは思うけど意味不明で何が何だかさっぱりだよ。


「それで、フィーネ様はいかがなさるおつもりですか?」

「どうするもなにも、ちゃんとお断りしたじゃないですか」


何故にクリスさんは私をジト目で見てくるのだろうか?


「フィーネ様。端的に申し上げますと、なぜあの吸血貴族を浄化なさらなかったんでしょうか?」

「え? どうして浄化する必要があるんですか?」


私の返答にクリスさんは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。シズクさんも何故か少し驚いた表情を浮かべている。


「え? おかしいですか? だって、私たちを攻撃してきたわけでもないし、町の人たちに危害を加えに来たわけでもないんですから。存在しているだけで吸血鬼が悪というなら私も悪ですし浄化されなきゃいけなくなっちゃいますよ?」

「フィーネ様……まだそのようなことを……」


クリスさんが悲し気な表情を浮かべている。


うーん、フェルヒが私のことを同族って言い切っていたのを聞いていたはずなんだけどなぁ。


「フィーネ殿? それは一体どういう事でござるか?」

「シズク殿、ちょっとこっちへ」


クリスさんがシズクさんを連れて少し離れると内緒話が始まった。


それ、いつも通り全部聞こえているんだけどね。はあ。


そしてクリスさんの話を聞いているシズクさんの表情がみるみる曇っていく。そして、「そういうことでござったか」などと言いながら、同情したような表情で私のことをちらちらと見てくる。


うん、ルーちゃんの時と微妙に反応が違うのが中々興味深いね、って、私はいつの間に人間観察が趣味になった?


「フィーネ殿。事情は分かったでござる。拙者もフィーネ殿の力になるでござるよ」


なんだか真剣な目つきでしっかりと私を見据えそんなことを言ってきた。


ああ、だから違うんだって。そうじゃないから!


「さ、フィーネ様。もう宿に戻りましょう。あまり夜風にあたるのもお体に毒ですから」


この感じは過保護モードのクリスさんで、こうなってしまうともう何を言っても無駄なパターンだ。


きっと今ので厨二病とやらが再発したって思われたんだろうな。トゥカットの一件以来、私は吸血鬼発言をしていなかったし。


「はい。そうですね。それに人質の親子もロビーで待っているでしょうし。あ、そういえばフェルヒが眷属にした下級吸血鬼たちってどうなりました? フェルヒはもう灰になって消えましたけど……」

「暴れていた者は全て始末しました。そうでない者も主が死ねば死ぬはずです。奴はここに根を張っていたわけではないでしょうから、主が死んでも生き残るほどの力を持った眷属はいないはずです」

「なるほど。それにもし残っているならアーデが始末しているはずですね。彼女はフェルヒを始末しに来たそうですし」

「そうだったのですか?」

「はい。本人がそう言っていましたよ。では戻りましょう」


こうして私たちは宿へと戻り、人質とされていた母子たちに吸血鬼の消滅を告げた。すると彼女たちは口々に私たちへ礼を言い、それぞれの家へと戻っていった。


そして、夜が明けた……。

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