第三章第43話 決着、そして……

2021/12/12 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました

================


私はフェルヒを逃がさないように集中する。


「ぐっ、こんな……はずでは……」


フェルヒがハッとした表情で近くの親子を見る。


「待て、動くな! 動いたらこいつの首を――」

「浄化」

「!」


私が浄化魔法を放つとフェルヒの足元から浄化の光が立ち上り、フェルヒはすんでのところでそれを避ける。


「あ、ありがとうございます。その、あなたは……?」

「危ないので皆さん、下がっていてください。あいつは私が浄化します」

「は、はい」


人質となっていた親子がぞろぞろとロビーの隅へと移動していく。


しかし、この前の時もそうだったが私の浄化魔法はほぼノータイムで発動しているはずだ。それなのに、どうしてこいつは毎回避けられるんだ?


「浄化!」


やはりフェルヒはぎりぎりで避ける。どうも浄化の光が発生する前に動いている気がするんだけど、どういうことだろう。


フェルヒはあたりをちらちらと見回して脱出の機会を伺っているようだ。


「じょう―」


フェルヒが飛び退る。


なるほど。口に出して言っていたからいけないのか。


──── 浄化!


フェルヒの足元から浄化の光が立ち上る。フェルヒはその光に反応して飛び退ったが避けきれていないようだ。私の浄化魔法はしっかりと浄化の光はフェルヒの体を焼いている。


「ぐぅぅぅ」


フェルヒの左手、そして下半身の左半分が灰となり、そしてその傷口からは血が流れるとともに白い煙がしゅーしゅーと立ちのぼっている。


「さあ、終わりです」

「ぐっ、ならばせめて何人かだけでも道連れにしてやる。血よ!」


そうフェルヒが叫んだ瞬間、血が矢じりのような形となりロビーの隅に避難した親子達の方へと飛んで行った。


「あ! 防壁!」


私は慌てて親子の前に防壁を作り出して血の矢じりを受け止めた。なるほど。初めてみたが、これが吸血鬼のユニークスキル【血操術】か。


うーん、怪我しないと使えないとなると使い勝手は悪そうだ。


私はフェルヒの倒れていた場所に向き直ると、そこにはフェルヒの姿は既に無かった。


「!?」


どうやら私が視線を外したその一瞬の隙をついてフェルヒは姿をくらませてしまったようだ。


「逃がしませんよ」


ドアや窓は閉じていて出ていった様子はないし室内に霧も見えない。それに部屋の内装は清潔感のある明るい木目調なので黒い蝙蝠の姿は逆に目立つだろう。


ということは影に潜んだのだろう。だったら浄化魔法で焼いて炙り出してやる。


「浄化!」


私は自分を中心に浄化の光を立ち上らせると、そのまま光の柱の半径を大きくしていく。


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ」


ドアの向こう側からフェルヒの悲鳴が聞こえた。


なんと、もう外に逃げていたとは。


あ! そうか、ドアの隙間か! 自分でも同じことをしたことがあるのに忘れてた!


私は急いで宿の外へと飛び出した。


そこにはフェルヒの姿は無かったが、何かを引きずったような跡が血痕と共に続いている。どうやらもう影に潜る力も残っていないようだ。


私は血痕を辿りフェルヒを小走りで追いかける。そして私は細くて暗い路地へと辿りついた。


するとそこには這いつくばって逃げようとするフェルヒの姿があった。どうやら先ほどの私の浄化魔法で右足を焼いたらしい。


そしてその前には一人の女性の姿があった。


「あ、危な――」

「ひっ」


私は一瞬彼女の身を案じたが、私の心配をよそに彼女の姿を見たフェルヒは逆に小さく悲鳴を上げた。


彼女はおもむろにフェルヒの頭を掴んで持ち上げると、そのまま流れるような動作でフェルヒの首筋に噛みついたではないか!


するとあっという間にフェルヒの体から血の気が失せ、そしてそのまま灰となって消滅した。


「え?」


私は思わず間の抜けた声を上げてしまった。


その女性はこちらを見てにっこりと笑った。美しいプラチナブロンドの長い髪を靡かせ、薄暗い路地で月明かりに照らされた彼女はとても美しかった。


「はじめまして。あなたが聖女フィーネ・アルジェンタータね?」


彼女が私に笑顔で微笑みかけてきた。


シズクさんよりも更に高いかもしれないスラリとした長身、そして女性ならば誰もが憧れるであろうメリハリのある痩せ巨乳体型をしており、腰の位置も驚くほど高い。


そしてその整った顔立ちを構成するパーツの中でひときわ大きな存在感を示しているのが彼女の赤い瞳だ。気の強そうなその赤い縦長の瞳は彼女が吸血鬼であることを如実に物語っている。


その肌もまるで陽の光を浴びたことがないかのように真っ白だ。


「わたしはアデルローゼ・フォン・シュテルネンナハト。吸血貴族よ」


自信に満ちた表情で彼女は私にそう名乗りを上げた。


「吸血、貴族!?」


私は反射的に浄化魔法をいつでも放てるように準備する。


「あ、ちょっと待って。別にあなたと戦いに来たわけでも町を荒らしに来たわけでもないわ」

「じゃあ、一体何をしに来たんですか?」


私は警戒を解かずに聞き返す。


「この愚か者のフェルヒを始末しに来たのよ。だから、あなたとわたしは共通の敵を相手にしていたってことよ。といっても、わたしは遅すぎたみたいだけれどね。ねえ、もしかしてあなたの獲物を横取りしちゃったかしら?」

「いえ、そんなことは」

「そう。それなら良かったわ。ところで、あなたがフィーネ・アルジェンタータよね?」

「はい、そうです」


ううん。どうやら害意は無さそうには見えるが……どうなんだろうか?


「わたし、あなたに聞きたいことが一つあるの。いいかしら?」

「なんでしょう。答えられることでしたら」

「あなたって吸血鬼よね?」

「え?」


私は心臓が大きく跳ねるのを感じた。


なぜ初対面の吸血鬼、いやその上位種族である吸血貴族がそんなことを知っているのだろうか?


「そんな顔で睨まないでちょうだい」


意識をしていなかったが、どうやら私は睨み付けるような表情をしていたらしい。


「あなた、西のほうの何とかって町で【影操術】を使って影に潜ったでしょう? あれは吸血鬼しか使えないスキルのはずなのよ」

「なんで、そのことを?」

「わたし、あの愚か者が町を乗っ取って派手に馬鹿な事をやり始めた時からずっと監視していたのよ。さすがにそろそろ潰そうかなって思っていた時にあなたがやってきたのよね。それで監視を続けていたのだけれど、聖女様のはずのあなたが影に潜ってフェルヒの拘束から逃れたってその監視の子から聞いてね。それはもう、びっくりしたわよ?」


なるほど。あの場面を見られていたのか。


「しかもあなた、その後町を丸ごと浄化しちゃったじゃない? それでわたしの手下たちまで浄化されちゃったのよ。おかげでフェルヒもあなたもどこに行ったか分からなくなっちゃって。本当、見つけ出すのが大変だったわ」

「はあ……。じゃあどうしてフェルヒは浄化されなかったんでしょう?」

「あれだけでたらめな範囲を浄化したから、その力が弱まったんじゃないかしら? そもそもあんな範囲を普通に浄化できるなら世界中から吸血鬼がいなくなってしまうわ。そんなことよりあなたは吸血鬼なの? どうなの?」


これは正直に答えて良いのだろうか?


私は吸血貴族なんていう存在と単独で戦って勝てるのか? 浄化魔法で先制すればあるいは……


いや、そもそもこの人、というかこの吸血鬼に何かされたわけじゃないしいきなり倒すっていう発想もどうなんだろうか?


「答えられない事情でもあるのかしら?」

「……いえ、そういうわけでは。ええと、はい。私はたぶん吸血鬼です」

「そう、ふふっ、そう! そう! そうなのね? そうなのね?」


アデルローゼさんが満面の笑みを浮かべている。


一体何がそんなに嬉しいんだろうか?


彼女は私の目の前までつかつかと歩いてやってくるとそのまま跪いた。そしておもむろに私の左手を彼女の右手が下から優しく握ってきた。


そして私の左手の甲へ小さく口付けを落とすと衝撃の一言を発した。


「フィーネ・アルジェンタータ、わたし、あなたに一目惚れしたの。ねえ、わたしと結婚してくれないかしら?」





「は?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る