第三章第17話 イァンシュイ観光石窟寺院編

「ええ? 封鎖中なんですか?」

「申し訳ありませんが、当面の間は再開の予定はございません」


ワクワクしながら石窟寺院観光にやってきた私たちだったが、入り口で止められてしまった。


「そんな。折角遠路はるばるやってきたのに……」


まあ、これが目的で来たわけではないのだが。


「そうだ。折角フィーネ様が見学にいらしたのだ。ここは特別に解ほ――」

「あ、クリスさんはややこしくなるのでちょっと黙っててください」

「は、はい」


お、クリスさんのこの手の暴走は久しぶりに見た気がする。うん、私も止めるのがうまくなったものだ。


「で、何かあったんでしょうか? 私たちでできることならお力になりますよ」

「その服装は……西方の聖職者の方ですよね。うーん、わかりました。お話ししましょう。実は当院に幽霊が出るようになってしまいまして、何か決定的な悪さをするわけではないのですが、コップが飛んできたりという程度の軽いいたずらはありまして。それで流石にその状況では一般の方を入れるわけにはいかず……」

「なるほど。そういうことでしたら私たちの出番ですね」


私はこっそりと逃げ出そうとしていたクリスさんのマントを掴んで捕まえる。


「クリスさん?」

「ゆ、ゆ、ゆ、ゆ……」

「人助けの時間ですよ?」

「……はい」


クリスさんががっくりと肩を落とし、力なく返事をした。


****


「姉さま、珍しいですよね」

「うん? 何がですか?」

「だって、普段はこんなに積極的に人助けをするイメージなかったですから」

「ああ、こう見えても孤児院訪問とか病院のヘルプとか、結構やっていたんですよ? 旅をしているからあまりそういった機会がなかっただけです。孤児院なんかは面倒な大人たちと違って可愛い子供たちばかりなのでそれは癒しスポットですよ」


経験値を稼ごうと思って始めたらとんでもない大赤字を垂れ流したのも今となってはいい思い出だ。


「そうだったんですね」

「それに、幽霊退治だってやったことありますよ。倒せば倒しただけ増える人形の大軍団に半日の間ずっと追いかけまわされて大変でしたけど……」

「う、それはトラウマになりそう」

「はい。その後しばらくはあの手の人形を見たくなくなりましたよ」


私は悪霊ジョセフの事を思い出して苦笑いを浮かべた。ただ、悪霊というわけではなさそうだし、ジョセフの時のような悲惨な状況にはならないだろう。


それに、だ。この状況で中に入れば一般客が誰もいない貸し切り状態で見学できる。観光客としては最高の状態で見学ができるのだ。


「なるほど。フィーネ殿はこの世ならざる者の相手は得意でござるからな。安心して任せ、拙者は寺院を見学させてもらうことにするでござる」


おっと、シズクさんにイチ抜け宣言されてしまった。


「えーと、あたしは姉さまに浄化を付与してもらったこの矢で戦います!」

「申し訳ございません。当院は歴史的に価値のあるものがたくさんございますので、傷つけたり破壊したりすることなどないようにくれぐれもお気を付けください」

「う……はい……」


まあ、仕方ない。


クリスさんは……どうせ幽霊相手だと頼りにならないから数には数えないでおこう。


「とりあえず、一通り案内してもらえますか?」

「かしこまりました」


こうしてオフィシャル観光ガイド――名前はユーエンさんと言うらしい――をゲットした私たちは石窟寺院の中を案内される。


崖に張り付くように建てられた寺院、そしてその奥には洞窟が掘られている。その中には壁画、仏像が所狭しと並べられている。


そして、ここにもヤツはしれっと仏像の中の一体に紛れ込んで入っている。


「あの? この仏像は?」

「ああ、こちらは就職菩薩尊でございます。西方では職業の神と知られているそうですね」

「ええ、はい。そうですね」


本当に同じ神様を崇めているらしい。しかし、就職菩薩って、そんな安易な名前でいいのだろうか?


そうして私たちは一時間ほどかけてゆっくりと観光すると、入り口まで戻ってきてしまった。


「あの、何も出ませんでしたよね?」

「出ませんでしたね……その、よろしかったら裏側も見ていかれませんか」

「はい。わかりました」


クリスさんが早く帰ろうという視線を向けているが敢えて無視する。案内までさせておいて用が済んだのではい終わり、というのは性に合わないからね。


そうして職員専用通路を歩いていると、突然金属製の小さなコップが飛んできて先導してくれているユーエンさんの頭を直撃する。


コーン、と小気味のいい音が響き、そして地面に転がりカラカラを音が鳴る。


「いてて、出ました。きっと幽霊の仕業です。さあ、お願いします!」


私は飛んできた室内を覗くと、何やら白いものパタパタと揺れ、そしてすっと奥へと消えていた。


「ひぃぃぃぃぃ」


クリスさんが情けない悲鳴をあげている。


「む? クリス殿は幽霊が怖いでござるか?」

「ゆ、ゆ、ゆ、幽霊はき、き、斬れない、じゃ、ないか……」

「ははは。怖がりでござるな。クリス殿は」

「だ、だが……」


私はつかつかと部屋の中に入ると白い何かが消えた方向を見る。そちらには別の通路が奥へと続いている。


「シズクさん、あの幽霊、ちょっと捕まえてきてもらえますか?」

「拙者が、でござるか?」

「はい。多分一番の適任ですので」

「なるほど。承知したでござる」


そういうとシズクさんがすごい勢いで奥の廊下に消えていった。そしてすぐにぐぇっ、という男のくぐもった声が聞こえて来たかと思うと、白い何かをずるずると引きずって私たちの元へと戻ってきた。


「クリス殿、幽霊を捕まえてきたでござるよ?」


シズクさんが楽しそうに笑いながらそう声をかける。


「ひぃっ」


クリスさんは後ずさりながら私の後ろに隠れようとする。


おーい、聖騎士様。それでいいのか?


「ほら、クリスさん、よく見てください。あれは幽霊じゃありませんから」

「え? ほ、本当だ。貴様、よくも騙したな! 成敗してくれる!」

「わ、ちょっと、クリスさん待ってください。ダメですって」


幽霊の話になると驚くほどのポンコツになるな。相変わらず。


「もう布をとっていいでござるか?」

「はい、大丈夫ですよ」


そうしてシズクさんが布を引っぺがすと、小太りの年配のお坊さんが姿を現したのだった。

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