第三章第18話 経営危機の石窟寺院

「え! チェン大師様!?」


白い布の中から出てきた人物を見てユーエンさんが驚きの声をあげる。


「あ、いや、その……」

「ええと? 関係者、なんですか?」

「はい。この方は当院の最高責任者です」


は? なんでそんな人がこんな下らないことを?


「大師様! どうしてこんな幽霊の真似事なんかをされているんですか! おかげで信徒も獲得できず、一般の参拝客も受け入れられていないんですよ?」

「だ、だって……」

「理由を教えてください!」


ユーエンさんが大師様とやらに怒りをあらわにしながら詰め寄る。


そりゃあ、怒るよね。意味不明だもの。


「その……」

「その?」

「実は、客が来なくて赤字だからいっそ人を減らして補助金だけで食べていこうかと!」

「「「「「は?」」」」」


私たち全員の声が揃った。それはもう見事にピタリと揃った。


「だから、参拝客が全然来ないから開ければ開けるだけ赤字なの! このまま行くと破産するの! でも、補助金だけ受け取って何もしなければ黒字になるの!」


な、何という情けないことを。


「あの、私たち帰りますね?」


流石に付き合っていられないと帰ろうとしたところ、案内してくれたお坊さんに泣きつかれた。


「待ってください。帰らないでください。大師様を何とかしてください!」

「何とかって、何すればいいんですか! 無茶言わないでください。本人にやる気がないんだから救いようがありませんよ」

「じゃあ、やる気があれば救ってくださるんですね?」

「え? ええ?」

「大師様、やる気を出してください。ほら早く! 今すぐ! さあさあさあさあ!」


ユーエンさんがものすごい形相でチェン大師に迫っていく。


それに対してずるずると後ろに下がる大師だったがすぐに壁際に追い詰められてしまう。


「大師様、やる気はでましたか?」

「も、もちろん。すごいやる気出てきた。早く信徒を獲得したい気持ちで一杯だよ」

「というわけで、やる気が出たそうなのでお願いします」


め、めんどくさい……


無理やり言わせた感しかない。


「どうか! どうかお願いします!」


さて、どうしたものか。


「で、チェン大師はどうしたいんですか?」

「そりゃあ、何もしなくても参拝客がどっさり来て、信徒も右肩上がりで増えて寄進もバンバン貰いたいに決まってるじゃない。そうしたら酒池肉林だよ?」


いっそ清々しいまでの生臭坊主だ。やっぱり助けなくていいんじゃないか?


「すみません。すみません。この石窟寺院は 3,000 年前に建てられた特別な寺院なので、どうしても残したいんです。大師様も性格はアレですけど、本当はいい人なんです」


性格がアレだけどいい人は一体どういうことなのか。ユーエンさんもユーエンさんでおかしい気がする。


「はあ。でもこの生臭大師をチェンジすれば立ち直るんでは?」

「それはそうなんですが、って、そうじゃなくて、こんなのでもこの寺院の大師を務められる唯一の血筋の人なんです」


なんと! お坊さんのくせに血縁で地位を継ぐのか。面倒くさい。


「じゃあ、真面目に神様にお仕えするしかないですね。頑張ってください」

「そんな!」

「それでは、失礼します」


いくらなんでもこんなもののヘルプはできない。そう思って寺院を出ると、外は既に日が落ちていた。


「あーあ、下らない騒動で思ったよりも時間がかかっちゃいましたね」

「姉さま、助けないんですか?」

「いくら何でも自業自得です。それに私たちがここで何とかしてもまた同じことを繰り返してしまいますから。助けないことも優しさです」

「なるほどっ!」


ルーちゃんが納得してくれた。


うん、私は今すごく良いことを言ったと思う。


実際は面倒くさいのと報酬が期待できなそうだからなのだが、私の言っていることもあながち間違ってはいないだろう。


そんな会話をしていると、白いもやが目の端にちらりと映った。


「うん? あれは?」


振り返ると白い靄はそのままちょうど私たちの居た部屋の方へと向かっている。


「あれは、幽霊でござるな」

「ひっ」

「うーん、一応助けに行きますか。禍々しい気配はありませんでしたが放っておいて悪霊になられても困りますし」


気乗りしないながらも私たちは石窟寺院へと引き返した。


そして部屋に戻った私が見たのは想像していた通りの情けない光景だった。


「ひいぃぃぃ」

「く、来るな!」


生臭大師が部屋の隅に丸まって震え、その前でユーエンさんが白い靄に向かって箒を振り下ろしている。


「はぁ、やっぱり。幽霊さん、お帰りはあちらですよ。葬送」


そうして白い光に包まれて幽霊は天へと還っていった。


「あ、ありがとうございました」

「一応、幽霊退治は中を見せてもらう条件でしたからね」

「フィーネ様! 流石です!」


幽霊がいなくなった途端にクリスさんは元気になった。いつもながら現金なものだ。


いっそ、クリスさんの聖剣を幽霊を斬れるように改造できたりしないものだろうか?


「フィーネ様? え? え? もしかして君ってあの聖女フィーネ・アルジェンタータ様だったりする?」


突然生臭大師が元気になって復活してきた。


「え? え? え? ええと、まあ、一応世間ではそんな風に呼ぶ人もいますね」

「なんだって! よし、ウチも運が向いてきたぞ。あ、これ幽霊退治のお礼ね」


そういって私は袋を手渡された。中を見ると金貨がたくさん入ってる。これだけのお金があるならこのお金を使って慈善事業でもすればいいんじゃないかと思うのは私だけだろうか?


「やる気出てきたから何とかするよ。あ、お礼にユーエンに宿まで送らせるから。ユーエン、馬車で送って差し上げて。じゃ、私は大事な仕事があるからこれで」


そういってこの生臭大師は奥へと走っていったのだった。先ほどまでの生臭ぶりが何だったのだろうか。


「ええと、それではお送りしますね」


私たちはそのままユーエンさんに送られて宿まで戻ったのだった。


****


「え? 石窟寺院で幽霊退治をしてきた?」

「そうなんですよ。しかも責任者がものすごい生臭坊主だったのでびっくりしました。それに、幽霊退治の報酬で渡された袋に金貨 30 枚も入っていて。もう、本当に何が何だか」


私たちはマルコさんたちと食卓を囲みながら今日あったことを話した。


「あー、あそこの大師様はね。会っちゃったなら仕方ないね。きっと面白いことになるんじゃないかな?」


うん? どういう事だろうか?


幸せそうにご飯を食べるルーちゃんを横目に見ながらマルコさんの言葉の意味を考える。


「まあ、そのうち分かると思うよ」


そこはかとなく悪い予感を抱きつつも、イァンシュイの初日は終了したのだった。

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