第三章第16話 イァンシュイ観光グルメ編
三日月泉の集落を出発して二週間でイァンシュイというレッドスカイ帝国の交通の要衝と言われる町にやってきた。もうここは砂漠ではない。多少乾燥した気候ではあるが、畑もあり川も流れている。
私たちも砂漠を抜けてからはラクダを預け、馬車を借りることで移動スピードは随分とアップした。
「さて、フィーネさんはどうするんだい?」
マルコさんがこう聞いてきたのには理由がある。ここから帝都であるイェンアンまでは馬車で東に一週間ほどだ。だが、私たちが目指すツィンシャは南西の奥深い山の中にある。
ツィンシャへ行く唯一の道はチィーティエンという町から伸びているのだが、その町はここイァンシュイの町から南に 10 日ほど山道を歩くことになるそうだ。
ちなみに、帝都からチィーティエンに行くには馬車で 10 日ほどだそうだ。安全快適な馬車の旅を取るなら帝都を経由したほうが良いだろうが、一週間のロスになる。それにマルコさんに聖女候補とバレてしまったので色々と面倒ごとに巻き込まれることになるかもしれない。最低でも数日滞在、最悪皇帝陛下のところへ、なんてことになったら大変だ。
「ここから直接チィーティェンに行こうと思います。ここまでありがとうございました」
「そうですかぁ、ちっ、残念」
そんなに小さく舌打ちしても私は耳がいいから全部聞こえますからね。
「じゃあ、今日はフィーネさん達の旅の成功を祈って、俺が夕食をご馳走するよ。三日月泉でも俺の友人家族を助けてくれたしね」
「そういうことでしたら、遠慮なく。ルーちゃん。今日はマルコさんが晩御飯をご馳走してくれるそうですよ」
「やったー! マルコさんありがとう!」
ルーちゃんの大食いは常識の範囲内だしまあ良いだろう。これがリエラさんだったら気が引けるけれどね。
「それじゃ、俺はちょっとこの町での用事を済ませてくるから観光でもしておいてよ。石窟寺院とかおススメだよ。この道をまっすぐ南に歩いていけば 1 時間くらいで着くよ」
また後で、と言ってマルコさん達はどこかへ歩いていった。
今は丁度お昼時だ。どこかで適当に食べてそのお寺を観光して帰ってくれば確かに丁度良い時間になりそうだ。
「じゃあ、折角ですし石窟寺院とやらを見に行きましょう」
私たちは通りを南に歩き出す。しかし、見れば見るほどこの町は中華風の建物が立ち並んでいる。瓦屋根の家が立ち並んでいて、これまで見てきた町とは随分と趣が異なる。
前の世界で例えるなら、シルクロードの中国側の玄関口的なイメージだろうか?
まあ、私はその玄関口がどこなのか知らないのであくまでイメージでしかないわけだけどね。
歩いているとお店からも美味しそうな匂いが漂ってくる。牛肉麺と書いてある。
「ルーちゃん、あそこのお店は美味しそうですか?」
するとルーちゃんはくんくんと匂いを嗅ぎ始めた。
「姉さま、あのお店じゃなくてあっちのお店にしましょう!」
そう言ってルーちゃんはご機嫌な様子で歩いていくのでその後をついていく。
私たちはルーちゃんの案内で少し小汚い、いかにも庶民向けの定食屋さんといった雰囲気のお店に入り着席する。
「いらっしゃい」
ぶっきらぼうに水がテーブルに出され、メニューが渡される。
「私はこの牛肉麺を」「私も」「拙者も」
私はよくわからないので牛肉麺を頼む。
「あ、あたしはこの牛肉麺、それからこっちの羊肉と野菜のラー油麺、それとこの羊のモツ煮込みスープ、それと鶏肉と野菜の豆板醬煮込みをお願いします」
相変わらずの食欲だ。そしてこれだけ未知のメニューなのに頼む料理が全て美味しいというのがすごいと思う。
しばらくしてどんぶりが運ばれてきた。おお、お箸にレンゲまである。
「いただきます」
私はフーフーと息を吹きかけると熱々の麺を少しだけ口に入れる。
独特の香りはあるが、あっさりとした塩味のスープが麺に絡んで美味しい。何のスープだかわからないがとにかく美味しいスープだ。
流石、ルーちゃんチョイスのお店だけある。
シズクさんはずるずると音を立てて食べている。
ああ、何だか懐かしいな、この啜るっていう食べ方。
というのも、今の私はクリスさんに徹底的に矯正され、このずるずると音を立てて麺を啜る習慣は完全になくなっている。
なぜならホワイトムーン王国やブルースター共和国では麺――といっても中華麺やお蕎麦ではなくパスタだが――をずるずると音を立てて啜るのはかなり恥ずかしいレベルのマナー違反になるのだそうだ。
私はお貴族様のところに顔を出すことも多いので、テーブルマナーを身につけることはある程度必須だったのだが、堅苦しいと思っていたテーブルマナーも慣れてしまえばそれほど気にならないものだ。
ちなみにルーちゃんはというと、明らかに熱い筈の麺をパクパクと食べている。
「ルーちゃん、今日のお店のチョイスも流石ですね」
「えへへ。なんかこう、このお店がおいしいってわかるんですよね♪」
幸せそうな顔でそんなことを言っている。
「姉さま、一口ずつあげますね!」
「ありがとう。ルーちゃん」
ルーちゃんが私に他の三つの料理を一口ずつ分けてくれる。その代金は私の牛肉麺の半分だ。
ラー油麺は、不思議な味だ。羊肉を使った濃くて辛い味つけ肉みそ、そうジャージャー麺を辛くしたような味噌の味、といった感じが近いかもしれない。それに野菜と麺が混ざっていて、大量のラー油がかかっている。
美味しいけれど、私にはちょっと辛かったかもしれない。舌がピリピリする。
そして鶏肉と野菜の豆板醬煮込みは、赤い。見るからに辛そうだ。口に入れるにはやや勇気がいるが、意を決してレンゲを口に運ぶ。
「~~~~~#@!#$&!?」
次の瞬間、私は急いで水を飲んで赤い危険物を胃の中に流し込んだ。
だがそれでも辛さがひかずに羊のモツ煮込みスープを一気に飲み干した。味は全く分からなかった。
「あ、姉さま、やっぱり辛かったですか? あたしもちょっと辛いかもなって思ってました」
そんな私の様子に気付いたルーちゃんが平気な顔をして豆板醬煮込みを口に運んでいる。
・
・
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あまりの辛さに悶絶していた私だが、それが少し落ち着いたところでようやく口を開く。
「ルーちゃんは、辛い物にも強いんですね」
「あたしは美味しい食べ物ならなんでも大好きですから」
「ルーちゃんが契約するならきっと食べ物の精霊ですね」
「あー、それいいですね。いつでも美味しい食べ物を出してくれる精霊と契約できるなんて夢のようです~」
「ルーちゃんは自分で料理できるようになると幸せだと思いますよ」
「えー? あたしは食べるのが好きなんですよ!?」
そう言って自慢気に胸を張るルーちゃん。
「いや、そこは胸を張る場面じゃんない気がしますけど……」
「姉さま、気にしちゃダメですよっ。だってこんなにご飯が美味しいんですから♪」
幸せそうにご飯を口に運ぶルーちゃんを眺めていると何だかどうでもよい気分になってくる。
私の食べきれなかった残りの牛肉麺も平らげてくれたルーちゃんはご満悦な様子だ。
「それじゃあ、行きましょう」
こうして小腹を満たした私たちは観光名所である石窟寺院に向けて歩き出したのだった。
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