第三章第15話 オアシスの夜は更けていく
「フィーネ・アルジェンタータ様、シズク・ミエシロ様、クリスティーナ様、ルミア様、本当にありがとうございました。おかげでこの三日月泉は救われました」
ハーディーさんが代表して私たちにお礼を言ってくる。
デッドリースコルピを退治して泉の毒による汚染を浄化した後、私たちはお礼にと集落で開かれた宴に参加してささやかなご馳走を頂いていた。それほど裕福な暮らしをしているわけではなさそうなので少し気が引けるが、これを断るのも悪い気がしたので素直に申し出を受けることにした。
「お役に立てて何よりです」
別にお礼が貰えるとは思っていなかったわけなので、こうして食事に宿まで提供してもらえる時点でありがたい。
「それにしても、フィーネ様が三日月泉を浄化して下ったあの秘術は一体何だったのでしょうか? 私、あまりの美しさに感動してしまいました」
そう話してくるのはハーディーさんの奥さんのシンイーさんだ。堀の深いハーディーさんとは対照的にシンイーさんは醤油顔だ。ちなみに息子のダーギルくんはハーディーさん似でウルファちゃんはシンイーさん似だ。
「あれは花の精霊の力を借りた浄化の術です」
「フィーネ様は精霊を使役できるのですか?」
「いえ、使役しているというか、私のパートナーというか、家族のような存在なんです」
「あの、フィーネさま。あのちいさなせいれいさんにあわせてくれませんか?」
ウルファちゃんが私たちの話に割り込んできた。
「こら、ウルファ! フィーネ様に失礼でしょ!」
「いいですよ。怒らないであげてください。もう魔力も回復したので召喚しても大丈夫ですから。ウルファちゃん、今から呼び出しますけど、とても小さい子です。叩いたり強く握ったり、嫌がることをしないと約束できますか?」
ウルファちゃんはこくこくと頷くので、私は杖に軽く魔力を通してリーチェを召喚する。
「リーチェ、このウルファちゃんがリーチェに会ってみたかったそうです。ウルファちゃん、この子が私の契約精霊のリーチェです」
ウルファちゃんは目をキラキラと輝かせている。リーチェはニッコリと笑ってウルファちゃんに手を振ってあげている。
部屋中の視線がリーチェに集まっている。
「あの、失礼かもしれませんが、もしやフィーネ様はハーフエルフでらっしゃるのですか?」
「いいえ。違いますよ」
流石にトゥカットでの惨劇を見ているので自分で吸血鬼を名乗る気にはなれない。
今まではなんとなく恐れられているという感覚はあったが、そう名乗ったとしても私に対しては好意的に接してくれていた。だから、町一つが滅ぶなんて話も聞いてはいたがどこか遠い話しな気がしていたし、私自身も真剣には受け止められていなかった。
「姉さまは、聖女様な上にエルフ族の伝説にうたわれる恵みの花乙女様なんですっ!」
あー、色々とおかしなことになりそうだから自分から言い出さない様にしていたのに。
「せ、聖女様でらしたのですか」
予想通りというか、集落の大人たちだけでなく商隊の人たちまで全員私に平伏してしまった。
「ルーちゃん? こうなるのが嫌だったから言わない様にしていたのに」
「あ……ごめんなさい……」
ルーちゃんは私に叱られてしゅんとなってしまった。
「あの、そういうわけですので、皆さん普通にしてください。どちらも行きがかり上やっているだけで私が偉いとか、そういうことはありませんので」
「で、ですが……」
「お願いします」
「わ、わかりました」
なんとかテーブルに戻ってもらった。
「あの、あたしもふぃーねさまみたいになれますか?」
「うーん、そうですね。お父さんとお母さんの言うことを聞いていい子にして、それでお勉強も頑張ればなれるかもしれませんよ」
「ほんとう? あたしいい子にする!」
ウルファちゃんが花のような笑顔を咲かせ、私はそんなウルファちゃんの頭を優しく撫でてあげる。
「それじゃあ、まずはお行儀よくご飯をちゃんと食べましょうね」
「はーい」
私がそう促すとウルファちゃんはご飯をお行儀よく食べ始めた。
「やはりフィーネ様は子供の相手がお上手ですね」
「孤児院で沢山相手しましたからね」
クリスさんとそんなことを話しながらちらりとシズクさんを見遣る。やはり、というか、ダーギルくんがしつこく言い寄られている。
「ねえ、そのけん、みせてーござるー」
「だ、ダメでござるよ。触ったら怪我するかもしれないでござるよ」
「やだー、みたいー、しゅー、するーでござるー」
「え、いや、その」
さすがのシズクさんも三歳児には敵わないらしい。
「こら、ダーギル! シズク様がダメと言っているだろうが!」
ハーディーさんが無理やりに引きはがす。
「やーやー、やー、ごーざーるー」
そのままハーディーさんは外へダーギル君を連れていった。まあ、我慢のできる年齢ではないのだし、これは致し方ないのかもしれない。
嵐が去ってシズクさんは明らかにほっとしている様子だ。そんなことを思っているとマルコさんが私に話しかけてきた。
「なあ、フィーネさんが聖女なんじゃないかっていうのはなんとなく思っていたんですけどね。恵みの花乙女っていうのは何なんだい?」
ああ、マルコさんから聞かれたくない恥ずかしいところの質問が来てしまった。
「あ、ええと、その、何というか、私のリーチェ、花の精霊というとても珍しい精霊なんです」
「花の精霊? 確かに聞いたことないかな」
「昼間に見てもらった通り、瘴気や毒の浄化なんかができるんです。それで、世界を旅して瘴気や毒の浄化をして回る役割なのが恵みの花乙女、ということなんです。名前が死ぬほど恥ずかしいので嫌なんですが……」
「あっはっはっ、やっぱり恥ずかしいんだ。じゃあ、ツィンシャに行くのはそっちの花乙女様のお務めってことなのかな?」
「はい。そうですけどどうして?」
「だって、ツィンシャの大森林には毒沼地帯があるって有名だもの」
「ああ、なるほど。それでツィンシャに行けと言われたんですね。理解しました」
「なんだ、知らずに行こうとしてたんだ。あっ、そうそう。ところでさ、あのデッドリースコルピの外殻なんだけどさ、金貨 100 枚払うから売ってくれないかなぁ?」
さらっと商談を挟んでくるあたり、この人は生粋の商人なんだろう。
「あれはお売りしませんよ。ご覧の通り私には収納がありますのであれを持ち運んでも問題ないんです。そのうちブルースターに行く機会もあるでしょうから、その時にでも売ろうと思っています」
「ブルースターで、ですか? ああ、そうか。確かにあそこならね。あーあ、折角大儲けできると思ったのになぁ」
「マルコさん、やっぱり足元見ようとしていましたね?」
「いやぁ、だってほら。商人ですから。それにしても聖女様で精霊に認められて、【収納魔法】まで持っているなんて、神様は不公平だなぁ」
ええ、まあ、その、ね? はい。なんかごめんなさい。
私は曖昧に微笑んで誤魔化す。
外はいつの間にか夜の帳が降りており、冷たい空気が流れ込んでくる。窓の外には美しく輝く月が輝いていた。
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