第三章第14話 花乙女の奇跡
「おねえちゃんすごい!」
ダーギル君はシズクさんをキラキラとした目で見ている。どうやら戦いを遠くから見ていたらしい。
戦前はクリスさんの鎧を見てかっこいいとキラキラした視線を向けていたが、幼ない子供というのは素直な分残酷なものである。
「いや、拙者だけではああは出来なかったでござるよ。フィーネ殿、クリス殿、それにルミア殿が協力したおかげでござるよ」
「そうなんだ、おねえちゃんたち、ありがとうでござる」
口調の真似までし始めた。まあ、子供はこんなものなのかもしれない。ぷしゅー、しゅーなどと奇声をあげながらダーギル君はシズクさんの抜刀術の真似をして走り回っている。
ふふ、かわいいものだね。
クリスさんがちょっと寂しそうにしているが、仕方ない。子供の目線からだと、クリスさんは役に立っていなかったように見えたのかもしれない。
実際はタンクとしてしっかりと受け止めてくれていたからシズクさんがあれほどまでに綺麗に尻尾を斬れたのだが。
「問題は、泉の水をどうするかですよね」
「フィーネ様の解毒魔法ではダメなのですか?」
「うーん、【回復魔法】は肉体を正しい状態に戻す魔法なんですよね。だから水に毒が溶けていたとしても取り除くことはできないんですよ。誰かが泉の水を全部飲んでくれたらそれを解毒することはできると思いますけど……」
「そ、それは無理ですね。では、浄化魔法はいかがでしょう?」
「別に毒があるからといってアンデッドが迷っているわけでも瘴気があるわけでもありませんからね。これもまた管轄外です」
「そうですか……」
原因を取り除いたので雨でも降って毒が薄まるのを待つしかないのかもしれない。そう思っていたところにルーちゃんが口を開いた。
「姉さま? 姉さまは恵みの花乙女でもあるんですから、リーチェちゃんにお願いすればいいんじゃないですか?」
「リーチェに?」
「そうですよ。リーチェちゃんは世界で唯一の花の精霊なんですから。毒の浄化はお手の物のはずですっ!」
「なるほど。そういえばインゴールヴィーナさんがそんなことを言っていたような気がしますね」
私は泉の前に移動すると花乙女の杖を振るってリーチェを召喚する。
「リーチェ、この泉にデッドリースコルピが毒を混ぜて他の生き物が飲めない様になってしまいました。浄化を手伝ってくれますか?」
リーチェはニッコリと笑うと私にむかって両手の平を上に向けて差し出てきた。
この仕草は……ああ、そうか、きっと魔力が欲しいんだ。
私は手にした杖を媒介にして【魔力操作】を発動して聖属性の魔力をリーチェに渡す。
すると杖のつぼみが花開き、美しく花開く。
そしてリーチェとの間に淡い光を放つ細い糸の様なものが繋がったかと思うとリーチェは泉の上空に向かって舞い上がった。
リーチェは泉の上空をくるくると舞い踊るかのように飛行している。
そしてリーチェの飛んだその軌跡には光の帯が残され、その光はすぐに桜を思わせる白とピンクの美しい花びらへと変わり、そしてひらひらと舞い落ちてくる。
「素敵……」
ルーちゃんのものと思われる声が私の後ろから聞こえてくる。
きっと見ている分にはそれはそれは美しい光景なのだろうが、私としてはそれどころではない。
ものすごい勢いで魔力が吸い取られていく。
リーチェはくるくると泉の上を舞い踊り、その度にひらひらと花びらが水面に落ちていく。
──── ヤバい。早く終わって!
そんな私の祈りが通じたのかどうかはわからないが魔力が尽きるギリギリのところでリーチェは舞い踊るのを止めて私のところに戻ってきた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
私は肩で息をしながらがっくりと膝をつく。
そんな私に頬にリーチェはキスをしてくる。もしやこれはお疲れ様、と言ってくれているのだろうか。
「はぁっ、あり、がとう、はぁっ、はぁっ、リーチェ」
私は何とか微笑むとリーチェも微笑み返してくれる。そしてリーチェは私の目の前に直径 1 cm ほどの茶色い種を出現させた。
「これを、泉に……?」
リーチェはこくりと頷く。
私は杖を支えに力をふり絞って立ち上がると、種を下手でそっと泉に投げ込む。
ポチャっ
小さな水音を立てて種が泉の底へと吸い込まれていく。
ツンツン
私は不意に頬をつつかれた感覚に私が振り向く。すると、リーチェがまたしても魔力を要求していた。
ま、またか。私、もつんだろうか?
私は再び杖を通してリーチェに聖属性の魔力を渡した。
すると、水面を漂う花びらが一斉に眩い光を放った。
・
・
・
しばらくすると光が消え、水面に浮かんでいた花びらはすべて消え、そして泉には蓮のような植物が可憐な一輪の花を咲かせていた。
リーチェがやったね、と言わんばかりにサムズアップしている。
どうやら何とかなったようだ。
そう思って安心した瞬間、私の膝から力が抜ける。だが、倒れそうになった私をクリスさんが抱きとめて支えてくれた。
「フィーネ様、お疲れ様でした」
「あ……クリスさん……」
そんな私の額にリーチェがキスをし、ニッコリと笑顔で手を振ると杖の先端の花の中へ消えていく。
次の瞬間、開いた花は元のつぼみの状態へと戻っていたのだった。
「フィーネ殿、お見事でござった」
「姉さまっ、素敵でした!」
「……ありがとうございます」
「さあ、フィーネ様。集落へ戻りましょう」
そして私はクリスさんにお姫様抱っこされて集落へと運ばれて行くのだった。
「クリスさん、いつもありがとう」
私は彼女の腕の中で小さくそう呟いた。
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