第三章第13話 デッドリースコルピの脅威(後編)

ガギイイイィィン


クリスさんの剣は乾いた金属音を響かせてサソリの殻に受け止められてしまった。


「くっ、固い」


クリスさんは剣を引くと地面を蹴って素早く後ろに飛び退る。その直後、クリスさんのいた場所にデッドリースコルピの毒針が激しく叩きつけられた。


うーん、この展開は前にもあった気がするんだけど、大丈夫かな?


サソリにかじられるのはノーサンキューなわけだが。


そうこうしている間にルーちゃんはデッドリースコルピから距離を取る。


「クリスさん?」

「いえ、その。少し狙いがズレてしまいまして」

「ええと、作戦続行ですか?」

「クリス殿、拙者が最後の一撃を入れるでござる。フィーネ殿はルミア殿の守護を頼むでござる」

「くっ、わかった」


どうもこのところクリスさんのプライドがポキポキと折れていそうなのが少し気になる。大丈夫かな? よし、ここはひとつ。


「わかりました。クリスさんは敵の隙を作る危険な大役ですね。頼りにしていますよ」

「フィーネ様……! お任せください!」


うん、よしよし。単純で助かるね。


「ルーちゃん!」

「はい、姉さま!」


ルーちゃんが再び矢を放つ。そしてそれを合図にクリスさんとシズクさんの二人は散開する。


ガキン


ルーちゃんの矢は硬い外殻に弾かれる。デッドリースコルピは先ほどと同じようにルーちゃんへと襲い掛かる。


良かった。こいつは冥龍王の分体ほどは賢くないようだ。


私は結界でその攻撃を受け止める。先ほどのリプレイのような光景が繰り広げられる。


そしてデッドリースコルピの左側からクリスさんが攻撃を仕掛ける。だが、その攻撃はやはりハサミによって防がれてしまう。


デッドリースコルピはクリスさんを先ほどのように弾き飛ばそうとするが、クリスさんは弾き飛ばされずに受け止め、その場にデッドリースコルピを足止めすることに成功した。


クリスさんを吹き飛ばせないことに苛立ったのか、デッドリースコルピは毒針を突き刺そうと尻尾を動かす。


その瞬間、デッドリースコルピの背後に回ったシズクさんが凄まじい勢いで突進し、抜刀からの一閃で尻尾を斬り飛ばした。


ギギギギギ


デッドリースコルピが苦しそうに、かどうかはわからないが奇声をあげる。その隙をついてクリスさんがデッドリースコルピの左目に剣を突き立てると大きく飛び退る。


更にそれで怯んだ隙をついてシズクさんが右のハサミを斬り飛ばすと飛び退り、大きく距離を取った。


ギギギギギギチギチギチギ


デッドリースコルピは残った左のハサミをめちゃくちゃに振り回しながらこちらに突撃してくる。


「防壁」


私は進路上に防壁を作り出してデッドリースコルピの突進を受け止める。


デッドリースコルピは私の防壁に怒ったのかハサミを押し当てると無理やり突っ込もうと力を込めている。


そうしてハサミの動きが止まったのをみたシズクさんが突っ込み、残った最後のハサミを斬り飛ばした。


更にトドメとばかりにクリスさんが右目に剣を突き立てて潰す。


ギギギギギ


攻撃手段と光を失ったデッドリースコルピは滅茶苦茶に暴れ始めた。


「うーん、結界」


私はとりあえずデッドリースコルピの周りに結界を張って外に出られない様にする。


「すごい生命力ですね。これ、どうしましょう? シズクさん、トドメを刺せますか?」

「節の部分ならまだしも、さすがにあの背中の殻は斬れないでござるよ」

「フィーネ様、こういったサソリ型の魔物は腹が弱点と聞きます。ひっくり返す事ができればあるいは」

「どうやって?」

「それは……これから考えます」


うーん。どうしたものか。


「姉さま、このまま待っていればいいんじゃないですか? あれだけ血を流している獲物がずっと元気でいることなんてないと思うんですけど……」

「「「確かに」」」


こうして地味ではあるがデッドリースコルピが動かなくなるまで私たちは待つこととなった。その時間はおよそ一時間ほどではあったが、血を流した魔物が息絶えるのを待つというのはあまり気分の良くない待ち時間だった。


****


「フィーネ様、やはり素手は危ないのでは?」

「大丈夫ですよ。クリスさん。私は毒には強いんです」


私はデッドリースコルピの尻尾から毒液を回収している。この毒液、実は血咳病という病気の特効薬の原料となるのだ。シズクさんがかなり根元から綺麗に斬り飛ばしてくれたおかげで尻尾の毒腺は丸ごと残っている。


私の目の前であれば病気治療魔法で何とかなるが、私がいる場所にしか患者がいないわけではない。親方にお土産で持って行ってあげればきっと喜ばれることだろう。


「クリス殿、ひっくり返すのを手伝ってほしいでござる」

「ああ、わかった。フィーネ様、どうかお気をつけて」

「はい」


クリスさんがシズクさんの手伝いに行ったのを見送ると、私は自分のナイフを尻尾の節に差し込んで切断した。


やはりステータスが上がったおかげか随分と力が強くなったことを実感する。昔だったら切断できずにクリスさんに泣きついていた事だろう。


そして毒腺と毒針が繋がっている部分をナイフで切り取ると素早く瓶に入れる。そして汚れを洗浄魔法で綺麗にしてからしっかりと蓋をして収納にしまいこんだ。


図書館で勉強しただけだったが中々上手くできたんじゃないだろうか。


「クリスさん、ほら、ちゃんと取れましたよ。そちらも手伝いますね」

「ありがとうございます」


クリスさんとシズクさんはデッドリースコルピの外殻を剥ぎ取るためにお腹の柔らかい部分に剣を入れている。


何でこんなことをしているかというと、この外殻、マルコさんが金貨 100 枚で買いたいと申し出てきたのだ。私はもちろんその申し出は断った。


だって、こんな砂漠のど真ん中で嵩張るのに金貨 100 枚出すということは、おそらくその 10 倍くらいでは売れると思うのだ。


輸送費、今のラクダで運んでいる荷物の一部を捨てる、商隊の普段取り扱っている商品でない、これだけの否定的な材料が揃っていても欲しいということは相当な希少品であることは間違いないだろう。


と、言うわけで後々売却益が得られる様に素材として私の収納に入れてストックしておくのだ。


それこそ、アスランさんのところなら結構な値段がつくんじゃないか?


え? がめついって? 聖女様らしくしろ?


いやいや、私無職ですから。


宿代に馬車代に食事代に、出費ばかり嵩んで毎月大赤字なのだ。


稼げるときに稼いでおかないと破産してしまうでしょ?


「じゃあ浄化しますね。浄化!」


私はクリスさん達が穴をあけたデッドリースコルピのお腹に手を入れて浄化魔法をかける。インゴールヴィーナさんによると瘴気は体に良くないそうなので、これは念のための措置だ。


しっかりと浄化した手ごたえがある。この間トゥカットであの吸血鬼を浄化したときよりも手ごたえがあった気がする。


なるほど、魔物の体内の瘴気というのは随分と強力なようだ。


試しにもう一度浄化してみたが今度は手ごたえが一切ない。


「うん、もう大丈夫そうですよ」

「フィーネ様、ありがとうございます」


その後も柔らかい、と言ってもかなり硬そうなお腹側の外殻をバキバキと音を立てて砕き、背中側の外殻を剥がしていく。


剥がした背中側の外殻、それに取り出した魔石は洗浄魔法で綺麗にしてから私の収納にしまっていく。


そうして、一時間ほどかけて解体が終了したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る