第三章第8話 吸血鬼の被害

「本当に、誰もいませんね」


私たちは日の昇ったトゥカットの町を歩いている。昨晩、あれほどまでに賑わっていた通りを歩く人は誰もいない。


そう、サフィーヤさんの旦那さんだというあの若い主人も、宿への道を教えてくれたあの人も、町に入るときに話をしたあの衛兵さんも、誰一人としてこの町には残っていない。


そう、誰一人いないのだ。辺りは静寂に包まれ、聞こえるのは吹きすさぶ砂混じりの風の音と私たちの足音だけだ。


一夜明けて私は事の重大さに気付いた。否応なく気付かされたのだ。


「私は、罪もない人たちを殺してしまった……」


吸血鬼の眷属になっていたとはいえ、私は何もしていない人たちを問答無用で浄化し、命を奪ってしまったのだ。


「フィーネ様、それは違います。吸血鬼の眷属とされた時点でその者の人としての生は終わっているのです。残っているのは吸血鬼の都合の良い手駒として使い潰される運命です。吸血鬼の手駒として罪を重ねる前に還してあげることができたのですから、きっと天国でフィーネ様に感謝しているはずです」

「ですが、どうにかならなかったのでしょうか?」

「伝説の大聖女様とてそれは出来なかったと聞いております。眷属とされた者は人ではない別の種族となっているのです。呪いでも状態異常でもありません。たとえ大元となる吸血鬼を倒したとしても人間には戻らず、下級吸血鬼として彷徨い罪を重ねることになります。もし元に戻すことができる者がいるとするならば、それはきっと神だけでしょう」

「……」


クリスさんはそう言ってくれるが、私は彼らが暴れている様子を見たわけではないし簡単に割り切れるものではない。


「そうでござるよ。フィーネ殿の浄化の光があったから拙者たちは全員無傷でいられたでござるよ」

「シズクさん……」

「姉さま、リーチェちゃんの種を植えてあげたらどうですか?」


ああ、なるほど。それは確かにいい考えかもしれない。


私は花乙女の杖を振り、リーチェを召喚する。


「リーチェ、種を貰えますか?」


リーチェはニッコリと笑って小さな種を生み出す。これは、花の精霊が生み出す瘴気を浄化する花の種だ。せめてもの手向けとしてこの町に植えていこうと思う。


いつか、この町にまた人が戻ってきて、活気ある町ができるように、そんな願いを込めて私は中央広場の真ん中に設けられた芝生の中央付近に種を植えた。そして私はこの町の人たちの冥福を祈る。





「お待たせしました。行きましょう」


祈りを終えた私は三人に声をかける。するとクリスさんは何も言わずに手を差し出してきてくれた。私はその暖かい手を握り、そしてトゥカットの町を後にする。


風に吹かれて揺れる草木と無人の家々だけが私たちを見送っていた。


****


「そうでしたか、そんなことになっていたのですね」


ユルギュに戻ってきた私たちは宿のオヤジさんに事の次第を報告した。見つからなかったこと、状況的におそらく私がまとめて浄化してしまった事を告げ、そして謝罪した。


「いえ、お気になさらないでください。サフィーヤも吸血鬼のおもちゃにされてまで生きていたいとは願っていなかったと思いますから。娘を、そして婿殿をお救い頂きありがとうございました」


そう言ってオヤジさんは私のことを許してくれた。自分としては納得ができたわけではないが、少しだけ心の重荷が軽くなった気がした。


「さて、それでは娘の様子を見てきていただいたお礼なのですが――」

「いえ、受け取れません。私たちは娘さんの安否は確認できなかったわけですから」

「なるほど。そうですか。じゃあ、ええとたしか、皆さんはこのままレッドスカイ帝国へ行かれるんでしたよね? それでしたら明日からウチに宿泊予定の商隊への同行をお願いしてみましょう。それでいかがですか?」

「本当ですか? あ、でもシズクさんは……」

「いや、拙者も一緒に行かせてほしいでござるよ。今回の一件で拙者も未熟さを痛感したでござる。それに、拙者もフィーネ殿のことが気に入ったでござるからな。人類の希望、でござったか? クリス殿」


そう言ってシズクさんはクリスさんに気持ちのいい笑顔を向けると、クリスさんはその通りだ、と返す。何とも美しいやり取りだが、私としては人類の希望どころが種族的には人類の敵なわけで少しドキドキする。


「決まりですな。それじゃあ、お昼はご馳走しますから座って待っていてください。腕によりをかけて作りますから、楽しみにしていてくださいね」

「わーい、楽しみっ!」


ルーちゃんが喜びの声をあげる。


「おっと、エルフのお嬢ちゃんはよく食べるんだったね。たくさん用意するから楽しみにしててくれよ」


オヤジさんがいい笑顔でニッカリと笑い、親指を立てる。


「ありがとうございますっ!」


ルーちゃんの笑顔に見送られてオヤジさんが奥へと引っ込んだ。


「ところで姉さま。あたし今回でレベルが沢山上がりましたよ!」

「ああ、今回はルミアの矢が大活躍だったものな。たしか 14 体だったかの下級吸血鬼を仕留めたのは見事だった」

「へぇ。ルーちゃん頑張りましたね」

「そうなんです! なんか不思議なんですけど、あたしの矢が刺さると、下級吸血鬼はみんな傷口からしゅーしゅーと煙が上がって、灰になっちゃったんですよね」


うん? 傷口からしゅーしゅーと煙が上がるってどこかで見たような? あ、もしかして?


「ルーちゃん、もしかしてその矢は私が付与の練習台にしていたやつじゃないですか?」

「そうですよ。あたしの矢は全部姉さまの練習に使ってもらっています」

「それ、たぶん私がルーちゃんの矢に浄化魔法を付与していたからですね。刺さった瞬間に私の付与した浄化魔法が発動したんだと思います」

「おー、なるほどー。姉さまありがとうございますっ!」

「いえ。図らずも役に立ったようで何よりです」


さすが聖属性が致命的な弱点なだけあって低レベルの浄化魔法でもきっちり効くようだ。


そういえば、私のステータスは今どうなっているのだろうか?


確認してみようかと思ったところで料理が運ばれてきたので思考を切り替える。


「じゃあ、シズクさんのウェルカムランチですね。いただきます」


私たちは新しい旅の仲間の加入を祝い、オヤジさん自慢の料理に舌鼓を打つのだった。

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